第3話 ネカマライフ~『攻略対象』のガイダンス

『結婚してしまえば、公私共にネカマ疑惑は解消される』



 ネカマ疑惑払拭のため一計を案じたわたしは、その具体的な方法として、結婚を考えるようになりました。


 結婚といっても未央との婚約を考えるような、恐るべきリアルの話ではなく、あくまでゲームの中の話であります。



 といいますのも、MMORPGのタイトルの中には、結婚というシステムが実装されているものもあり、この『五筒開花』もそのひとつであったのです。


 ネトゲの世界では、ゲームの中で結婚し、そのままリアルの世界でも実際に結婚した人もいるそうなのです。



 単なるチャットや相手を値踏みするような婚活と比べて、ゲームではクエストをはじめとする共同作業を強いられることもよくあるもので、そういった意味では、相手の信用が目に付きやすいといえるのかもしれません。


 つまり信頼の出来る殿方との婚約を交わし、公式に「自分は人妻である――」とアピールすることによって、わたしは他の無用な男性の『ログイン・キス』を封鎖し、あらぬ疑いや嫉妬の目から逃れようと画策した訳なのでした。



 ところで問題は「誰と結婚するのか――?」ということです。


 このことはリアルと同様に、極めて重要な問題です。



 結婚をしてしまえば、他の男性たちがわたしから相応の距離を置く――ということにつながりますし、そうなれば、わたしへのチヤホヤ感は薄れてしまうに決まっているからです。


 そうまでして、このネカマライフを継続していくだけのやる気の出る相手でないと、まるで無意味であるどころか、命取りにまで発展することは言うまでもありません。



 『五筒開花』でのわたしは、リアルにおける『キヨシ』と異なり、ある程度、よりどりみどりにその相手を選択できる立場ではあったのです。


 更に言えば、既に二人の男性から、求婚といっても過言ではないほどの言葉を、投げかけられてはいたのです。



 しかしその二人は、決して悪い相手という訳ではありませんでしたが、わたしの中で「本命」の地位に到達していると断言できるほどの人材――とはいえませんでした。


 このあたりは、リアルでもよくある贅沢な悩みのように思えます。

 しかし、このわたしにも実は「本命」といえる人物が、既に存在していたのです。



 わたしが所属していた派閥である「裏天国」の男性たちは、みな甲斐甲斐しく自分をお世話をしてくれたものですが、その中でも特に面倒見がよく、わたしを可愛がってくれた人物がいたのです。


 その人との関係は、「いつも一緒にいるね」とからかわれるほどのものであり、巷のラブソングにありがちな「極めて永遠好きな女子」のようなうざったらしさをもって、わたしは彼にまとわりついていたのでした。



 その傾倒ぶりといったら――彼がログインしていないと、その身の上が心配になってしまい、わたし自身の元気もなくなってしまうくらいのものでした。


 彼の存在は、まるで役者のように、「自分が演じるキャラに自分の魂を憑依させる――」といった芸当をしこませたといえるでしょう。



 そのときのわたしは、なんと自分が『梓燕』なのか『キヨシ』なのか、自身でも判らなくなるほどでした。


 それほど惚れ込ませておきながら、その人物がわたしに告白のようなものをしてきたことは、一度もなかったのです。



 ですから、その人物にわたしから告白して、もし失敗した暁には、身も蓋もない結果となってしまうことは一目瞭然でありました。


 そうなれば、わたしはそこらへんの優しくしてくれそうな男と、ついついセックスをしてしまったあとに、自分への言い訳を乱れたベッドの上でほざくような、ふしだらな女子(ネカマ)へと変貌するに決まっています。



 それこそ、わたしに対してネカマ疑惑をばらまいた――あの小娘や枯れた主婦どもの思うツボです。


 ヤツらの嘲笑う顔が目に浮かぶようです――。



 しかし本当に重要なことは、やはり彼の本当の気持ちであったといえるでしょう。


 彼もわたしのような考えで、自分に対するプロポーズを避けていたのか?

 それとも結婚という関係でつながるよりは、それなりの距離をとった状態で、わたしと接していたかったのか?


 結局のところ、わたしには判らなかったのです。


 つまり『梓燕』の立場でさえ、わたしは自惚れることにそこまで向いてはいなかったのでした。



 いずれにせよ、わたしは決断しなくてはなりませんでした。


 災いの女性陣に糾弾され追放されるまで、彼女たちにチヤホヤを見せつける毎日を送るのか?


 それとも妥協して、求婚されている男性のいずれかを選び、あくまでゲームを続けていくのか――?


 そして「本命の彼」にプロポーズし、一か八かの賭けに出るのか――?



 これからのわたしは、しばらくの間、この三人の男性の人物像についてお話していくことになりそうです。

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