第31話 交錯

「ギジャァァァァア!」


 女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットは洞窟中に響き渡る悲鳴を上げ、残りの3本の足を器用に使って後退りをし――


「ギギギギッ……」


 グルリと首を回して元凶である俺の方へと視線を向けてきた。奴の顔に浮かぶのは怒り。顎を絶えずカチカチと鳴らし、口の端からは涎が零れ落ち、目はギョロギョロと動き焦点が定まっていないように見える。


「ギギッググガガガガァァァァア!」


 咆哮を轟かせ、俺に対して大鎌を振り下ろした。


 回避しなければならない。

 だが、女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの放つ圧倒的な殺意に当てられてしまって、俺は一瞬。ほんの一瞬だけ足が止まってしまっていた。


 その一瞬は戦いの場では命取りだった。

 俺は逃げていた時と同じように振り下ろされる大鎌を受け流そうとする。


(――ッ! さっきに比べて断然早い。これじゃあ間に合わないっ!)


 咄嗟に俺は剣を両手で横に持った。


 直後、剣に大鎌が触れた。

 衝撃で周りの土煙は巻き上がり、地面はひび割れた。そして、俺は大鎌の一撃を全て受け止めた。


「うぉぉぉぉぉお!」


 しかし、両手にかかる重みは想像を超えていた。

 受け止めたはいいものの女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットはそのまま押しつぶしてやるとばかりに押し込んでくる。


「ギャギャギャギャァァァア!」


 伸ばしていた肘は曲がり、踏ん張っていた膝は地面に沈み込んでいる。剣はミシミシと悲鳴を上げながら両手に食い込み、流れた血は腕を伝って肩口まで落ちてきている。

 俺は剣を一瞬で引き戻し、体を駒のように一回転させる。


「くっ……そ、がぁぁぁぁぁあ!」


 支えを失ってバランスを崩した女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネット。大鎌を杖代わりに体全体が前のめりになっている。

 今ならガラ空きになった胸部に攻撃することができる。


「これでもくらえ!」


 回転の勢いを乗せて振るった一撃に手ごたえはない。弾かれたならまだ理解できる。

 だが、俺の剣は空を斬り裂いただけで――


「なんで……」


 目の前に女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの影は一つもなかった。代わりに聞こえてくるのは耳障りな羽音だけ。


「あいつは一体どこに消えたんだッ!」


「カグラ! 上だ!」


 キリルに言われ、見上げるとそこには羽を使って宙に浮かぶ女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットがいた。奴は回避の勢いそのまま、針を俺に向かって突き刺してきた。


「キリル! カグラを頼むぞ!」


 俺はメイリー団長に首根っこを掴まれて後方へと放り投げられた。

 針は俺を見失ったことでメイリーへと標的を変えた。


「墳ッ!」


 しかし、大盾で女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの針を受け流すと、続けざまに迫り来る2本の大鎌の攻撃すらも強引に受け流した。


「ははは、あの人はすごいな」


「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろうが、回復してやるから早く援護してやれ。あいつを相手に1人で耐えるのが辛いのはテメェが一番知ってるんだろ」


 言いながら『中級回復魔法ハイ・ヒール』を掛けてくれるキリル。


「それより、飛ばれるのは厄介だがそう何度も出来るとは思えない。適当に体力を奪うか、何かしらのダメージで飛べなくするのが手っ取り早いかもな」


 しっかりと俺の目を見て話をしたキリルは最後に「馬鹿女の援護も忘れるなよ」と付け加えて戦闘に戻っていった。


 俺も痛みに痺れる体を動かして戦闘に戻った。


   ■■■


 メイリーは大盾で敵の攻撃を捌いているが、実際にはそれだけで攻撃ができていない。腰に帯びている剣は抜く暇すらなく、いまだに鞘に収まったままだ。

 キリルも女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットが動きにくいように魔法を撃って援護をしているが、最初に放った雷の魔法を打つほどの余裕はないように見える。

 俺はメイリーが捌いた敵の攻撃の中で僅かにも隙があれば、潜り込んで足を斬ろうとしていた。しかし、女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットに警戒されているために、潜り込んだとしても飛んで逃げられてしまう。


 ならばと思いつき、俺はメイリーと背中合わせになりながら会話をした。


「……どう? これなら、今の状況を打破できると思うんだけど」


 メイリーに対して大鎌を振り下ろす女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの出足を挫いて、十分な体勢で打たせない。


「ふむ、だいたいの流れは理解した。ならば、先に……」


 大鎌を防ぎ、針の攻撃が来る前に2人で後退する。


「わかった。それでいってみよう」


 キリルにハンドサインを出し、次のチャンスの時の援護をいつもと変えてもらう。




 メイリーが女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットが振り下ろした大鎌を大きく弾いた。すかさず俺は懐に入り込むが奴も学習しているため、飛んで逃げる。そこにキリルが地面から大きな火球を放った。


 女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの視界は火球の爆発によって遮られているため、俺たちの姿は見えていない。


「行くぞカグラ!」


 助走をつけて俺に向かって走ってくるメイリー団長。


「団長死なないでね」


 俺は構えて彼女を待つ。


 そして、飛び込んでくる彼女の一歩を手で支え、上空の女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネット目掛けて吹き飛ばす。


「キリル!」


「行ってこいカグラ!」


 続けて俺の足元で小さな爆発が起きる。その爆風に乗って俺も上空へと打ち上げられた。


 爆煙の先、そこには囮として先に打ち上げられたメイリー団長が、女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの大鎌を受け止めている光景が広がっていた。


「あとは任せるぞ」


 そう言って団長は攻撃の影響で地上に戻っていった。


 残るは体勢を崩している女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットと俺だけ。任されたのだから、それなりの仕事をしないと彼らに怒られるというものだ。


「うるさい羽だな。半分よこせよ」


 俺は空中ですれ違う間に剣を一振りした。

 その一撃はひどく軽く斬ったという感覚はなかった。それでも、手ごたえは確かに存在した。俺は上昇速度が緩やかになってきたのを感じながら、体を反転させると地面には片方の羽を失った女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットがいた。


 奴は叫び声を上げながらこちらの方を睨んでいる。


 その目には未だ怒りの炎が灯ったままだ。女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットは低く地鳴りのような呻き声を上げながら、俺が落ちてくるのを今か今かと待ちわびている。

 僅かにキリルへと視線を移すと相棒は作戦通りに事を運んでくれているようだ。それを確認した俺は大きく息を吐いて深呼吸をする。


 この着地までの一瞬、ここが勝負の分かれ目だ。

 メイリーの援護も俺が空中にいては意味がない。つまり、俺一人でこの状況から突破して地上に戻らなければならないという事だ。


 体は万全に動かせる体力は少なく、空中では得意な機動力を活かせず、相手はこちらを待ち構えている。


 辛い状況だ。



 ……だというのに俺の心はどうして昂っているんだろうか。


 今はこれが何なのか分からないが、俺はこれから始まる永遠のような一瞬を想像して感情のままに笑みを浮かべた。


「上等だ! 最後の大勝負、女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネット!」


 俺はアイテムボックスから全ての装備を取り出し、空中へと放り投げた。


「俺は全身全霊をかけてお前を倒す!」


「ギジャザジャザジャザジャザッ!」

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