第30話 雷鳴

「ギジャジャジャジャッ!」


 女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットが耳障りな鳴き声を上げながら、2本の鎌を振り上げて突っ込んでくる。

 当然、構ってやる必要もない俺は一目散に左の道へ逃げていく。


 暗い洞窟の中をキリルが用意してくれた灯りを頼りに駆け抜ける。

 先も見えないほどの暗闇だった洞窟も少しは心が安らぐ気がする。


 とはいえ、俺はかなりの速度で走っているというのに蜂カマキリもどきの女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットと距離を離すことが出来ない。それどころか耳障りな羽音は徐々に俺の背後へと近づいてくる。


 チラッと後ろを振り返り蜂カマキリもどきとの距離を測るが、あと少しもすればあいつの鎌が届く間合いになってしまう。そして、目の前には長く続く一本道。


「……このままだと追いつかれるな」


 俺はもう一段階速度を上げて走るが、わずかばかり引き離すだけで女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットはジワジワとその距離を詰めてくる。


「ギシャッシャッ!」


 女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットは俺の背中に追いつき鎌を振り下ろした。



 土煙を上げて地面深くに突き立つ鎌。

 しかし、その先に俺の姿はない。


「ギギギ?」


 女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットが視線を上げた数メートル先に俺はいた。


「どうした? そんな程度で俺を捉えたと思ったか。俺だって伊達に脳筋勇者をやってるわけじゃないんだ。まだまだ楽しいことはこれからだよな」


 俺は弓にかけた矢を奴の頭に放つ。当然、硬い外骨格に阻まれるが、ダメージを与えることが目的ではない。


「ギギギ……ギシャァァァァア!」


 女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットは鎌を振り上げて再度追いかけてくる。


 そして追いついては振り下ろし、空を切る。

 また追いついては振り下ろし、空振りに終わる。


 何度も、何度も、何度もそれを繰り返した。


 ……あいつからすると俺は悠々と行動しているように見えるのだろうか。それとも起きている事態を把握できていないのだろううか。


 そうであってほしい。

 俺がやっていることはひどく単純だ。

 緩急をつけて走るだけ。危なくなった時だけ全力で逃げる。ただそれだけだ。今ではもうその体力も底をつき、剣を巧みに操ってその場を凌いでいる。


「ギジャジャァァァァア!」


 振り下ろされた鎌に剣を当ててほんの数センチ横にずらす。それによって、足りなかった俺の一歩が生み出され、即座に転がり込み回避する。

 

 実際、何度も危ない場面があった。今もそうだ。あと一瞬でも剣を添えるのが遅かったら、地面へ磔にされていた。それに額に浮かぶ汗の量は尋常ではなく、俺の体はとっくの昔に限界を超えていることが分かる。


 それでも俺は――


「たとえこの命を失ったとしても勝つためなら厭わないッ!」


 両の鎌によるなぎ払いをひらりと跳躍して躱し、顎による噛みつきは鎌を踏み台に再度の跳躍の後、天井を蹴って凌ぐ。そして、トドメの振り下ろしは着地と同時に走り出し、剣を上段に構えて受け流すことで防ぎ切る。

 しかし、だめ押しとばかりにもう片方の鎌が振り下ろされる。


「くそっ、キリルのところまで持たせられなかったか……」


 痺れている両手は言うことを聞かず、疲労でパンパンになった両足ではすぐに回避できるはずもない。


 ここまでか。女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの動きがスローに見える。あぁ、これが走馬灯というやつなのかもしれないな。


 そう感じていた俺の視界の端に大盾を持ったメイリー団長が写り込んだ。

 団長は手慣れた動きで振り下ろしの力を外へと逃がしながら受け止めた。それと同時に相棒の叫びが俺の耳をうった。


「轟けッ! 稲妻ァァァァア!」


 迸る雷が暗い洞窟を一瞬だけ真昼のように照らした。その次の瞬間――激しい爆発音と熱、女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの叫び声が聞こえた。


「ギギギッイギギイギイギギァァァァアッ!」


 遅れて俺の背後から――


「相棒はお疲れのようだが、本番は始まったばかりだろ。気合い入れていけよ『中級回復魔法ハイ・ヒール』」


 相棒キリルの声が聞こえた。

 同時に俺が負っていた傷や疲れを魔法で回復させてくれた。


「ははは……さすがキリル。ナイスタイミング。それで手応えの方は?」


 手の痺れや足の疲れの回復具合を確認しながら立ち上がる。全快とはいかないが、6〜7割ほどは回復しているように感じる。これなら、まだ戦える。


 俺は土煙立ち込める視界の先に剣を構えた。


「手ごたえはあったが、あと同じのを2発もブチ込めれば倒せるんじゃねぇか」


「それは朗報だね。で、魔力を練るのにかかる時間は?」


「一発撃つのに10分はかかる。単純計算であと20分。多く見積もっても30分は欲しいところだ」


 視界が開ける。そこには雷に打たれてなお立ち上がる女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの姿があった。口から涎を垂らしていたり、鎌が下を向いていたりと多少のダメージが入っていることはわかるが、羽などには一切の傷がついていないように見える。


「前言撤回だ。しばらくはテメェらの援護に回る。その後でどデカいのをぶち込む」


「ギジャジャジャザザザァァァア!」


 女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットは怒りのままに声を張り上げた。


「そういうことなら了解。頼んだぜ相棒」


「くっくっく、そっちこそヘマするんじゃねぇぞ相棒」


 互いに拳を突き合わせる。


 そこに女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの大鎌が振り下ろされる。が、それは間に割って入ったメイリー団長の大盾によって防がれた。


「お熱いところ悪いが、相手は待ってくれないようだぞ」


 澄ました顔でそう言ったメイリー団長は静かに拳を突き出してきた。


「……あと、私も援護を頼みたい」


 それに対して俺もキリルも拳を合わせた。


「こちらこそよろしく。メイリー団長」


「チッ……死なねぇ程度にはこき使ってやるから覚悟しておけよ」


「ギジャジャジジジジャジャァァァア!」


 再度、振り下ろされた鎌をメイリー団長が受け止める。その間に俺は脇をすり抜けて蜂カマキリもどきの懐に入り込むために動く。


 奴の注意がメイリー団長から離れそうになったタイミングでキリルの炎魔法が女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットの顔面に直撃した。それが目眩しとなって俺は簡単に足元へと潜り込むことができた。


 そして、足の付け根――関節の部分を狙って剣を振り切った。


「食らいやがれッ!」


 一閃。


 女王殺しの将軍蜂キラークイーンホーネットに4本あった足のうちの1本を切り飛ばした。

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