第4節 北西の大洞窟
第28話 幻想魔人楽団
「ここが例の大洞窟か。意外と早くついたもんだな」
【カレキ山】の寂れた山肌にポッカリと大きな口を開けたそれはとても大きく俺の身長の2倍を優に超えているほどだった。まさに大洞窟と言うのに相応しい代物だろう。
「ていうか、ここまで来るのに遭遇した魔物たちのほとんどがニードルビーとシザービーばっかりで頭が痛くなりそうだ」
「これは明らかにおかしいレベルだぞ。それをあのフード女の野郎、帰ったら覚えていやがれ……」
ぐぬぬ……と唸るキリルを横目に俺はちょうどいい岩を見つけて腰を落ち着ける。改めて辺りを見渡すが周りは枯れ木と石と毒沼ばかりで碌な生き物を見つける方が困難だ。加えて夜は一層と深くなってきている。
ここまでの道中で唯一の幸運は普段の森と違い遮るものが何もないため、月明かりがしっかりと山道を照らしてくれていることだろう。
「キリルー。準備できた?」
「うっせぇな。――ったく、ほら。とりあえず、おまえの分だ」
キリルは雑に準備していたものを俺の方に投げてよこしてきやがった。
「あっつ! 火傷したらどうするつもりだよ」
それは木の棒に油をしみこませた布を巻きつけて火をつけたもの。
古典的な松明だ。この世界なら魔力を用いたランプもあるんだが、第一に扱うための条件が「魔力を扱えること」である。当然、俺はランプではなくこの松明を持つはめになるというわけだ。しかし、キリルは自分の分の松明も今この場で用意している。
魔力を扱えるキリルがなぜそんなことをするのか……理由は単純。キリルがケチだからだ。相棒曰く「ランプは故障すると金がかかるが、松明はタダだ。それに【カレキ山】ならよく乾燥した木の棒に困ることもないだろう」だ。
全く以て当然のごとく相棒は語っているが、ランプをしっかりとメンテナンスすればその手間は全部なしにできるのではないかというのが俺の見解だ。とは言え、このままならキリルは毎回俺の分まで松明を用意してくれそうなので、俺からは何も言わない。
「さて、確認するが洞窟内で俺の魔力感知は当てにならねぇから、カグラが先で俺が後だ。問題ねぇな?」
キリルの魔力感知が当てにならない。これは洞窟内などの閉所だと流した魔力が壁に反射して同じ生物を複数回認識してしまい実際の数と差が出てしまうからだ。
そのため、今回は俺がキリルよりも先を進み索敵をすることになった。
「大丈夫だよ」と答えてから俺たちはゆっくりと洞窟内を進んでいくのだった。
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カツ。カツ。カツ。と俺とキリルの足音だけが洞窟内に響いている。その中、時折ブーンという耳障りな羽音を立てて近づいてくる蜂の魔物であるシザービーは俺が見敵必殺の要領で対処していく。外の【カレキ山】に比べ、この大洞窟ではシザービーを多く見かける。つまり、この洞窟内部の方が【カレキ山】よりも
それにこれほど魔物が多い洞窟を調査の拠点にしていたとは考えにくく、明らかにあの龍の刺青の男は怪しい。
洞窟に入ってから30分ほどが経過した時だった。
「カグラ止まれ。分かれ道だ」
「ようやくお出ましか」
この洞窟に入ってから初の分かれ道だった。行き止まりになっている小道なら山ほどあった――魔力が反射することを応用したマッピング技術でキリルが対応――が、足を止めるほどということはどちらも長く続いているんだろう。
「どちらにも反応はあるが、俺の魔力感知じゃ訳が分からねぇ。何か怪しい音や臭いはしないか調べてくれ。俺は周辺で何か痕跡がないか探ってくる」
キリルは松明で足元をよく照らせるように屈みながら地面をよく見始めた。全くこういう危険な状況の時は普段のキリルのように感情で動くのではなく、真面目に考えて行動するのだからちゃんとした奴だ。
もちろんそれは俺も理解している。騎士団のキャンプを見つけた時やコカトリスの時のようなおふざけは無しだ。
洞窟内の淀んだ空気のせいであらやる臭いが混ざり合っていて臭いは当てにならない。もっと言うなら、洞窟内に入った瞬間から鼻が曲がりそうな強烈な異臭が漂っていた。
次に音だがこれも微妙なところだ。耳が良くなったからと言って、いきなり音の聞き分けが出来るかと言われれば答えはNOだ。つまり、よく分からない。
「俺の方はダメみたいだ。そっちは?」
「こっちは上々だ。来て見てみろ」
キリルの指さす先、そこには無数の靴跡が右の道に続いていくのがしっかりと刻まれていた。その数は無数でとてもではないが数えられる様なものではなかった。かたや、もう一方の道にはその様な跡は見られなかった。
「左の道は捨てて考えていいだろう。問題はこっちの道なんだが、足跡は一方向だけではなく往復してつけられている。つまり、ここを往復した奴がいるってわけだ」
「あの男か」
「そう考えて間違いねぇだろうな。先は任せた」
「OK。任せられた」
足跡を立てないように慎重に歩みを進めていくと、程なくして曲がり角の先から明かりが見えてきた。さらに、複数人の会話も漏れて聞こえてくる。このまま松明を持って近づいていくとバレる危険があるのでキリルに渡し、明かりを消してもらう。
俺は曲がり角ギリギリまで近づきながらこっそりと聞き耳を立ててみる。
「団長。我々までこんなにあっさりと捕まってしまってよかったのですか?」
「仕方あるまい。今は私たちのことよりこの子供たちの安全の方が大事だ」
「ですが……」
「サルバンくどいぞ」
今、会話しているのは2人だけか。少し顔を出して確認してもいいかもしれない。
チラッと顔だけを覗かして様子を伺う。曲がり角を曲がった先はこれまでの剥き出しの岩壁などではなく、通路として舗装されている道だった。その中でも目を引くのは壁一面の鉄格子だ。そこはいわゆる、牢屋だった。
牢屋の中には鎧と外套を纏った連中が多く、彼らに囲まれる形で牢屋の中心に5人の子供と他の連中に比べ汚れの目立つ外套を纏っている者が1人いた。また、夜も深いというのに睡眠をとらずに起きていた2人組がいたため、彼らが先ほど会話をしていた人たちだろう。
1人は長い金髪の女性だ。見た目だけで言えばアイルたちのパーティーにいた僧侶のシャロンに似ているが、彼女に比べ髪が長く腰の辺りまで伸びている。
もう1人は黒髪の男性で爽やかな好青年という印象を受ける。それぞれ団長とサルバンなのだろうか。
そして見える限りでは牢屋番のような見張りが確認できないので、より顔を出した時だった。
「それに……ッ!」
「メイリー団長いかがなさいました?」
長い金髪の女性、メイリー団長と目があった。俺は咄嗟に身を隠そうとしたが、その必要はなかったようだ。
「いや、なんでもない。それより向こうにいた見張りはまだいるか?」
「ッ! そうですねー。3人とも元気に通路の奥で見張りしていますよ」
サルバンは団長のアイコンタクトを受けて、こちらに相手の情報をバレないように教えてくれた。
「キリルッ!」
「あぁ、言われなくても分かってる。『
地面との接吻をかまして起きられると困るため、俺は魔法発動と同時に通路を駆け抜けて、魔法の効果によって眠りに落ちた見張りを受け止める。1、2、3人。
ちゃんと全員が眠りに落ちている。その確認をしていると横の脇道から見張りと同じ黒いローブを着た奴がやってきた。
4人目だ。そう判断し、俺は即座に両手を構えて踏み込む。その動作から事態を把握した黒ローブは俺に応戦するのではなく、仲間にこのことを知らせようと動いていた。
悲しいことに黒ローブがいる位置は僅かに俺の間合いの外、このままでは増援を呼ばれる。
「―――、――――――!」
しかし、そいつの口から音が出ることはなかった。
「『
「言われなくてもッ!」
下段蹴りで逃げようとする相手の態勢を崩す。そこから組み付いて即座に首を絞める。
しばらくして黒ローブが動かなくなったことを確認して手を放す。死んだわけではなく意識を失っただけだと思うので、4人全員まとめてキリルに再度『
通路の先は扉があったのでひとまず、近くの重しになりそうなものを扉前に置いておき黒ローブの仲間が来れないようにしておく。その間にキリルは黒ローブたちの荷物を漁って、牢屋の鍵を見つけていた。俺がメイリー団長とサルバンのところに戻るころにはもう、キリルは事件の核心を掴んでいたようだ。
「さて、これでてめぇらの牢屋を開放してやれるわけだが……。あんたらカルダッカ騎士団の所属だな」
「……。」
「まぁ、その格好で団長って呼ばれてれば分かる。さしずめ子供たちは龍の刺青の男が言っていた【首都ブルノイユ】での事件で誘拐された貴族のボンボン共といったところか」
「……そうだ」
「で、そこのオッサンがサーズの親父ってわけだな?」
「…………そうだ。彼には私たち騎士団の先遣隊と共に予め【カレキ山】に赴き、調査拠点の設立と現地の情報を入手するために手伝ってもらっていた。それがこんなザマで申し訳ない」
そう言って頭を下げるカルダッカ騎士団の団長メイリー。彼女に続いてサルバンも頭を下げた。
「謝るなら後でサーズに謝るんだな。それで? 蜂共の大量発生とこの黒ローブ共、貴族のボンボン共が誘拐されたのはどういった関係があるんだ?」
「……。」
ここにきて団長のメイリーは固く口を閉ざしてしまった。キリルは「そんな奴にかまってやる暇はない」と言うと次々に彼らが閉じ込められていた牢屋を開けていった。
サルバンが寝ていた皆を起こし、カルダッカ騎士団は部隊長を中心に子供たちとサーズのお父さんを入れたメンツで部隊を再編していった。その途中だった。サーズのお父さんが俺たちの方に近づいてきた。
「貴方たちには感謝しても感謝しきれません。ありがとうございます。きっと騎士団の方々も気持ちは俺と同じです。ですが、今は子供たちの安全を守ることに必死なんだと思います。後で彼らの元を訪れてあげてください。それでは私は失礼します」
サーズのお父さんを呼びに来た部隊長が軽い会釈をして共に去って行き、最後までこの場に残っていたのは俺たち2人とメイリーにサルバンの4人だった。
「それでは、お2人も早く撤退を私たちはまだやることがありますのでこちらに残ります」
俺はサルバンの言う通りに牢屋を後にしようするとキリルに止められた。
「悪ぃが、俺たちもまだやることがあるんだ。ここは1つ『幻想魔人楽団』を倒すために力を合わせるってのはどうだ?」
幻想魔人楽団。
なんだそれは。初めて聞かされたし、なんならいつの間にか俺も幻魔団を倒すための頭数に数えられているのか?
いや、そもそもメイリー団長とサルバンはその団体のことを知っているのか?
「『幻想魔人楽団』。通称、幻魔団は大量殺人、快楽殺人を主とし、他にも闇霊崇拝、魔王崇拝、堕天、魔人化など人を殺せることに繋がれば何でもいいイカレ狂った連中のことだ」
キリルは淡々とした口調で喋っているが、その表情は苦痛に満ちている。それを聞いているメイリーも依然と口を閉ざしたままで、それを見ているサルバンは困惑しているようだった。
どうやら、この話に俺とサルバンはついていけていないらしい。
「今回の件は幻魔団がらみなんだろ? じゃなきゃ、あの龍の刺青の男が出張ってくるわけがねぇ」
「……私には答えられない」
メイリーがそう答えた瞬間、キリルはメイリーの外套の襟を引っ掴むと勢いそのままに鉄格子に叩きつけた。
「おい……てめぇ、今なんつった?」
今にもその喉笛を噛み千切らんとする気迫でメイリーに襲い掛かる相棒の姿は恐ろしかった。
「もう一度だけ……もう一度だけ聞く。これは、幻想魔人楽団の仕業だよな?」
恐ろしいはずだった。しかし、それと同時に彼の背中にあるはずの両翼の羽はボロボロに焼け落ちていて満身創痍に見えた気がした。
「すまない。私には答えられない」
するりとキリルの手から力が抜けていきメイリーは解放された。だが、彼女はそこで蹲って「すまない、すまない」と謝罪を述べるだけで立ちあがろうとはしなかった。そんな彼女に目もくれずキリルは通路の奥、俺が塞いでいた扉をありったけの魔力と感情を炎に変えて全力で殴りつけた。
「くっそがあああああああああッ!」
それと同時、キリルの感情が爆発した。押さえに使った木箱などは跡形もなく消し飛ばし、扉さえも吹き飛ばして通路に存在していたものその一切をキリルは吹き飛ばした。
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