第26話 作戦会議―その2

「あっ!」


 食事中、唐突にマリアが声を上げ、自然と全員の視線が集まった。俺もスプーンを置いてマリアの方に気を向ける。


「団長が率いていった隊は何をしに行ったのでしょう。マリアたちとは合流していませんし、遭遇もしていないです」


「大方、山頂付近の調査でもしているんじゃないか。新人の僕たちをこっちに集めたのも足手まといにしないためだろう」


「なんだ別動隊がいるのか?」


「そーなんですよ。団長を含めベテランたちはみんなそっちに駆り出されてて、こっちは戦力不足なんです。ちなみに、彼らはマリアが出るよりも5日くらい前に出発していきましたよ」


 キリルが話に加わり、ようやく4人全員で話が出来るようになった。ジェシーもキリルが加わったことについて嫌な顔をせず黙々とカレーを食べている。


 そして、マリアちゃんの答えから考えると団長の隊は10日前には【カレキ山】についていることになる。それよりも前にサーズのお父さんが所属している【ブルノイユ】の冒険者ギルド・スラム支部に不正な依頼を紛れ込ませることは不可能ではない――


「カグラ」


 そのときキリルに優しく呼びかけられハッと我に返った。「……なに?」と一拍遅れた形で返事をするとうちの相棒の金髪ヤンキーはただ優しく俺に忠告をしてくれた。


「あんまり周りを疑いすぎるのはよくねぇ。考えようによっては協力を頼まれたのかもしれねぇしな」


 相棒はそう言い切りカレーを流し込むと、今度はそっぽを向くのではなくちゃんとこちら側に姿勢を向けてくれた。


「あらかた事情は把握した。次は異常の確認だが、シザービーは普段ならあそこまで枯れた森には棲みつかないはずだ。ニードルビーも同じで草原に多く出現するような魔物ではなく森に出現する魔物だ」


 いつもの調子を取り戻した相棒は冷静に状況を分析していく。限られた情報の中で関連しそうなものを考えているのだろうか。相棒は喋り始めたかと思うと次は考え込むそぶりを見せて沈黙する。

 その間に俺たち3人はカレーを食べ進めていく。マリア、ジェシー、俺と3人が食べ終わったときだった。キリルが話しの続きをした。


「道中、枯れ木を寝床にしているニードルビーに遭遇した。そっちのフード少女が調査したところでも似たような異変はなかったか?」


「ありましたよー。シザービーが枯れ木や地中から出入りをしているのをマリアは見たんです」


「奴ら蜂系の魔物は肉食だ。主食は森に棲む兎や鹿のはずだが、ここ【カレキ山】ではそれらの生物は確認できねぇ。なら、ここに巣を作っている蜂共は何を主食にしていると思う?」


 キリルの問いかけに俺が何か返そうかと考えていたら誰かが呟いた。最初の一言は聞き取れなかったが、そいつはもう1度同じ言葉を繰り返し呟いた。


同胞とも喰い……そうか同胞とも喰いだ!」


 そいつはジェシーだった。苦手なはずのキリルの問いかけに対しても真剣に考えて答えを出す。キリルもその答えに満足がいったのか「そうだ」と少し笑みをこぼしながら応えている。

 お互いに少しは気持ちの整理がついたのだろう。互いに今の状況を打破するために協力し合う。なんて素晴らしいのだろう。


「2人とももう仲直りしたんですね。マリアも嬉しいです!」


 何気ないマリアちゃんの一言によって先ほどまでにこやかだった2人の表情に陰りが見えた。彼女は本当に心の底から嬉しく思っているのだ。だって、俺にはマリアちゃんの背後に花が見えるのではないかというほどひしひしと嬉しい気持ちが伝わってくる。

 だが、2人は違う。

 彼らはとても気難しい性格なのだ。他人からその事について真っすぐに指摘をされたらどうなるか。答えは簡単。


「「俺が? こいつと? ありえねぇ……」」


 即座の否定である。だが、マリアちゃんは止まらない!

 いや、止まれない!


「またまた~。そんなこと言って2人とも~。安心してください。マリアには分かりますから!」


 マリアちゃん渾身のどや顔である。これには2人とも困惑を隠せない様子だ。嫌悪の表情と困惑の表情が混ざり、何とも言えない複雑な表情になっている。

 これでは話が進まないのでこの隙をついて俺が質問を挟む。


同胞とも喰い? どうやって魔物を食べるんだ? 倒したら黒い靄になって消えちゃうでしょ」


「あぁ、カグラはまだ知らなかったのか」マリアちゃんの呪縛から解き放たれたキリルが答える。


「奴ら魔物の倒したという認識は食べるということなんだ。それに光の精霊によって魔物食は禁じられているからな。出来ないように俺らが魔物を倒すと即座に世界に返還されるようになっているんだ」


「なるほどね」


 つまり、魔物は魔物や人間を食べることで己の力を高めていくということか。しかし、ちょっと待てよ。ここで俺は最初にレイスに言われていたことを思い出した。「……とは言っても同胞を倒すのは彼らにも憚はばかられるから、同種族では滅多にないんだけどね」という言葉だ。


同胞とも喰いって滅多にないんじゃないのか?」


「そうなんだが、状況が状況だからな。マッドフィッシュとかの水生の魔物は奴らには狩れねぇし、【カレキ山】に棲む陸生で最も弱いポイズンスネーク――アシッドサーペントの下位種、猛毒を持つ小柄な蛇――もニードルビーごときに狩られるわけがねぇ」


 キリルは指をピンと立てて最後にこう言った。


「そんな状況でシザービーまで進化をするのは同胞とも喰いしかありえねえ」


 なるほど。たしかに筋が通っている。さすがキリルだ。

 しかし、ニードルビーたちが同胞とも喰いしたとなるともう1つ疑問が湧いてくる。


「ちょっと待て。それだと、大量発生しているニードルビーの説明になっていない。同胞とも喰いが起きれば種としての個体数が減り上位種のみが増えるはずだろう」


 ここでキリルと同じくマリアちゃんの呪縛にかかっていたジェシーが戻ってきた。そう、俺の疑問もジェシーの疑問と同じだ。なぜ蜂共の個体数が減っていないのか。


「そうだ。俺もそこがまだ分からずにいる。そこでフード少女の出番だ」


「ふぇっ? マリアですか?」


 どや顔を決めたままでいたマリアちゃんが金髪ヤンキーから指名を受けたことに驚いて変な声を上げる。


「あぁ、てめぇらは結局あの冒険者から情報を得られなかったんだろう?」


 マリアとジェシーの2人が頷く。


「なら、あいつを尾行していたフード少女が何か異変に気付いていた可能性がある。じゃなきゃ、廃村であの男がわざわざカマかけてからてめぇらを始末する必要がねぇからな。あいつを尾行してて何か気になったことはねぇか?」


「えーと……気になったこと……」


 そう言うとマリアは顎に手を当て今までにないくらい真剣に考えていた。キリルとジェシーもそんなマリアを気にかけているが、俺は龍の刺青の男の方が気になって仕方がなかった。


 あいつは簡単に人を殺していた。

 ジェシーもマリアも大事な仲間を殺されて悔しいはずだ。あの時は何とかしないといけないという焦燥感に駆られて、人が殺されたという事実に俺はしっかりと向き合っていなかった。

 彼らの死体を火葬しているときも心のどこかで自分じゃなくてよかったとも思っていた。

 しかし、こうやってマリアとジェシーと話していると彼ら、マックスとブランド―に酷いことをしてしまったように思えた。


 ――あのとき俺がキリルを制止していなければ彼らを助けられたかもしれない。

 そう考えてからは彼らを救えなかったという罪悪感が心の中を埋め尽くしていった。


「……おい。カグラ。顔色が悪いが大丈夫か?」


「え? あ。うん……大丈夫」


「平気ならいいんだが、ちゃんとマリアの話を聞いてたか?」


「あーっと……ごめん。なんだっけ?」


 あははと誤魔化して笑う俺にキリルは少し不思議そうな顔をしていたが特に気には留めなかったようだ。



 俺はまた人を死なせてしまった。

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