第22話 廃村の戦い

「よぉ、新入り。元気にやってたか?」

「あ、えーと、はい! 私、マリアは無事に任務を遂行しました!」

「それで【カレキ山】について何か分かったことはあった?」

「おい、冒険者! 僕たちは急いでるんだ。とっとと報告を始めろ」

「旦那。そうカリカリしなさんな。そんなことはあっしも十分理解してまっせ」


 廃村の中にまんまと入っていった3人組の後を追って戻ってきた俺はキリルが合図した2人組と思われる奴らとの接触を確認した。奴らはフードを目深に被っているから顔は分からないが、鎧を着ている方が騎士団の新入り君で、軽装の方がサーズのお父さんなのだろうか。

 すぐさま近くの民家の屋根に上り、彼らを監視しつつ合図の魔力弾を1つ落とす。これでしばらくしたらキリルが来るはずになっている。


「それにしてもおたくのマリアさんの尾行はまだまだですな。あっしのようなしがない冒険者にも見破られちまうんですから」

「おい、マリアッ! お前は僕の顔にどれだけ泥を塗れば気が済むんだ?」

「え、いやー、そんなはずはないと思うんですけどねぇ。あはは……」

「ジェシー……馬鹿はお前の方だ。マリアの尾行に気づける奴なんかそうそういてたまるか」

「まんまとカマをかけられたってわけだな。はっはっは!」


「待たせたな。状況はどうなってる」


 音もなく現れたのは外套を羽織ったキリルだった。


「それがさ。ちょーっと、まずい感じかなぁ」


「それで冒険者お前の名前は何だ?」

 サーズのお父さんよりも二回りほど体格のでかい男、ブランドーが胸倉を掴んだと思ったら軽々と片手で彼の体を持ち上げてしまったのだ。


「たしかにこれはまずいかもしれないな」剣の柄に手をかけながら立ち上がろうとするキリルだが「まぁまぁ、もう少し様子を見てからでも悪くないよ」と窘める。


「忘れちまったんですかい? 前も旦那たちには世話になったのに悲しいなー」

「いったい何のことだ?」

「ほら、【首都ブルノイユ】での事件。貴族の子供たちが大量に誘拐されたあの事件ですよ。覚えてないんですか?」


 サーズのお父さんは依然、胸倉を掴まれたままだが飄々とした態度を崩さずにいる。


「キリル、事件って何?」尋ねてみるもキリルは肩を竦めるだけで何も分からない様子。それに騎士団の連中も心当たりはないようだ。


「あれ……おっかしいな。お前らだと思ったのに人違いだったか」

「てめぇ何を勝手に喋って……」

 大柄な男ブランドーは言葉をそこまでしか紡げずに首から大量の血を流しながら倒れてしまった。


「え? あれって本当にサーズのお父さん?」


 問いかけるもキリルはただただブランドーを殺した男を見つめるばかりで全く返事を返してくれない。


「人違いだったなら貴様らは殺すしかない」

 フードを取りながらそう告げた男の顔はとても若々しくサーズのような子供がいるとは思えなかった。

 それに顔の右側にある龍の刺青はまるで人の生き血を吸っているかのように禍々しいものだった。


「ッ!」


 男がフードを脱いだと同時だ。キリルがいきなり飛び出した。

 ちょっ――キリル、今は危険すぎるでしょうが!


「てめぇはそこですっこんでろ! いいなッ!」


 キリルはそう言うが、相棒が飛び出したのだ。俺だけが上から見ていても仕方ないので、こっそりキリルの様子を窺っていると、キリルは龍の刺青の男に誰何の1つもなしに背後から特大の炎魔法をぶち込もうとしていた。それも何のコントロールもしないキリルの最大火力であろうものだ。


 両手の中で練られた魔力を開放すると、今まで見たこともない大きさの火球を生み出し、強引に龍の刺青の男に目掛けて叩きつける。


爆炎大火球魔法ファイヤバーストッ!』


 この攻撃に龍の刺青の男は不敵な笑みを浮かべながら振り返った。そして、いつから持っていたのかも分からない刀でキリルの魔法を斬った。辺りにはたちまち爆風が巻き起こり、土ぼこりが舞い上げる。そんな中でもキリルは問答無用で突っ込んでいってしまった。


 どうもキリルの様子がおかしい。

 そう思った俺は急いで屋根を飛び降り、相棒の元に駆けつけるため視界の悪い戦場に足を踏み込んだ。


「マックス、マリア返事をしろ! くそッ、何が起きてるってんだ!」

 あいつはジェシーとかいう坊ちゃん野郎か。

「マリア、命の危機を察知しましたッ! 急いで逃げるであります」

 あいつも違う。

 マックスはどこだ? 姿が見えないってことはもう片付けられたか?

 そんなことよりキリルはどこだ?


「クソがッ! てめぇどこに隠れやがったァ! 正々堂々、勝負しやがれェ!」


 いた。

 この状況で先に位置をばらすのはただの馬鹿だろうが。早く合流して一発くらいぶん殴らないとダメか?


 その時だった。背後に黄泉の国からあふれ出たようなおそろしい寒気を感じ取り、俺は急いで前方に回避した。


「くッ――」


 左腕をザックリとやられた。

 一度体勢を立て直したいが、相手は油断なく刀を構え俺のことを見据えている。


「驚いた。今のは仕留めるつもりだったのだがよく躱したものだ。やはりキリルが組んでいるだけはあるということか……貴様は後で相手をしてやる」


 警戒を解き俺に背を向けて他の標的を殺しに行こうとする男。

 その無防備に見える背中に向けて素早く踏み込んで剣を振り抜くも、あっけなく受け止められてしまった。


「くっくっく、そうでなくては面白くない。貴様は何のために今この剣を振っているのだ?」


 左手はまともに使えない。盾は持てないし剣を両手で握ることも出来ない。それほど最初の一撃のダメージは深かった。それでも俺はレイスやキリル、アイルたちに語った夢を簡単に諦めたくはない。


「これ以上、お前が好き勝手やるのを黙って見逃してやるわけにはいかないんだよ」


「いい心がけだ」


 刺青の男は刀で俺の首を横一直線に狙ってきた。早いが防げないことはない。的確に剣先で刀を逸らす。

 上、横、斜め右、下、フェイントの蹴り、回し蹴り、突き……刺青の男の一挙手一投足まではっきりと目で追える。受け、躱し、いなす。丁寧に立ち回り左手が使えないハンデを抱えながら致命傷を回避していく。しかし、相手は一切の隙を見せない攻撃を仕掛けてくるため、こちらの攻め手は皆無だ。時間が経てば俺が負けてしまう。


 刺青の男は至近距離にも関わらず全く当たらない攻撃に驚愕の表情を浮かべているが、そのままで終わるような相手には思えない。今も手を変え品を変え俺の弱点を見極めようとしてくる。


 打つ手が全くない。しかしそれは俺だけの話であって、俺には心強い相棒がいる。


爆炎槍魔法ファイヤーランスッ!」


「甘いな」


 俺と刺青の男が斬りあっている中、不意に横からキリルの魔法が飛んできた。だが、またしてもキリルの魔法は斬られ刺青の男へのダメージとは至らなかった。それでも戦局は変わり2対1。こちらが有利になったと思いたい。キリルは俺を奴から庇い立ち、まだ戦闘を続ける気だ。


「カグラてめぇ……何しに来やがったッ! すっこんでろっつったよな!」


「そういうわけにもいかない状況だろ?」


 しばらく膠着状態が続いたが、しびれを切らしたキリルは刺青の男に突っ込んでいってしまった。


 俺はその間に回復を済ませようとしたが、龍の刺青の男はそれをさせてくれそうにない。キリルとの打ち合いの僅かな合間を縫って、またはキリルを軽くあしらい後ろにいる俺の元までいともたやすく攻撃を届かせる。


 文字通りの2対1をこなす男に恐怖を感じると共に未だ健闘できていることに安心感を覚える。


 キリルが踏み込み斬りかかる。男は半歩横にずれるだけでその攻撃を避け、ひじでキリルの上体をかちあげる。その隙に右手に持った刀を俺に向かって勢いよく突き出してくる。

 これを剣の腹で受け流しつつ足払いを狙うも男は上空に飛んで回避。キリルが魔法を放つが男は受け流された刀の勢いそのままに一回転し魔法を斬る。


 爆風に身を任せ互いに距離を取り合う。


 一進一退の攻防が続き、どれか1つでも動きを間違えたら死。そんな緊張感に冷や汗が止まらない。


「クソがッ! いいから、てめぇはすっこんでろよッ! カグラッ!」


「――うっせぇんだよ!」


 たまらず俺も語気を強める。


「俺はキリルとこの男に何があったかは知らねぇよ。知らねぇけど、今はパーティー組んでんだろう。単独行動は禁止。そうだろ?」


「ッ! あーもう分かった。カグラの好きなようにすればいい『中級回復魔法ハイ・ヒール』」


 みるみると傷が回復していき左腕は完全回復していった。

 さすが、キリルだ。

 これで心置きなく戦える。アイテムボックスから大盾を取り出し正面に構え、いつ龍の刺青の男が襲い掛かってきてもいいように備える。


「くっくっくっくっ、この状態では分が悪い……接触者は消したから良しとしようか」


 そう言って放り投げられたものは先ほどまで追っていた騎士団たちのなれの果てだった。4人の死体が積み上げられた様を見て放心した。


 いつのまにあいつは彼らを仕留めたのだ?

 少なくとも俺らとの戦闘中は無理だったはずだ。それなのになんで!


「キリルとカグラと言ったか? また会える日を楽しみにしている」


 風が吹いたと思った次の瞬間には龍の刺青の男は俺たちの前から姿を消してしまっていた。


「クソがッ!」


 キリルの悔しい叫びだけが夕暮れの霧のかかる廃村に響いていた。

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