第3節 カレキ山
第19話 麓の湿原
【カレキ山】。ブルノイユに住む人々からそう呼ばれている理由は単純で、湿原に囲まれたその山だけが何故か緑一つない不毛の土地だからだ。さらに毒を持つ魔物が多いことから、街の騎士団や冒険者にも
そんなところに向かっているわけだが、街を出たのは夕方。ようやく湿原に入ったがすでに辺りは暗くなっている。朝まで待つことも考えたが、霧が出る前に距離を稼ごうと決まったが……
「ねぇ、ほんとにここ渡るの?」
「山があっちに見えてるだろうが、とっとと行くぞ」
目の前に見えるは大きな沼、キリルが先行して進んでいるがどう見ても迂回した方がいい。こいつは直進しかできないのか?
半分呆れつつも仕方ないので歩を進める。
「サーズのお父さんってどのくらいの強さなのか――ねッ!」
「調査依頼や採取依頼を専門に行うEランクってところじゃないか?」
喋りながらも襲ってくるピラニアみたいな魔物――マッドフィッシュ――を斬り捨てながら進む。
キリルはというとMPを温存するために魔法は使わずに剣で戦っている。
「どーせ盗賊だろうし、単独の方が仕事もしやすいんだろうよ――っと」
「じゃあ、戦闘能力は低いのかね」
「恐らくだがそんなところだろう。それでも罠魔法とかは使えるし逃げるだけなら何とかなるだろうが……こんなことになってるからな。何かあると警戒した方がいい」
「なるほど」と感心しているとキリルが急に足を止めて、右手で俺のことを制止する。その後、姿勢を低くして近くの茂みを指さしてゆっくりと進む。事前に決めていたサインだ。俺もキリルに続いて進む。
キリルが人差し指を口に当てながら指し示す方向に目を向けてみる。
これも決めていた通り、キリルの魔力感知で何か補足したら俺の目と耳で正確な情報を掴む。
「人影が3つ。全員が外套を羽織っていてフードを目深に被っている」
「背中に何かマークなどはないか?」
「ないね。ただの汚い外套だ」
「仕方ない。3人の体格や装備だけでも教えてくれ」
「大きいのが2人に小さいのが1人。武器は全員が剣で音からして3人とも重鎧。沼を回避して進んでいるから間違いないと思う」
「怪しいな。【カレキ山】なんかに何の用だ? カグラ、一旦引いて作戦を立て直すぞ」
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「目的の【カレキ山】がここ。んで今、俺たちがいるのはこのでけぇ沼のこの辺りで、奴らがいたのが南側のここらへんだ」
キリルが次々と地図に書き込みをしていく。その後も考え込んでいる様子だがなかなか答えが出ないようだ。考えをまとめるためにぶつぶつと俺に語り掛けてくる。
「……奴らは恐らく他国の騎士団だろう。サーズの父親が受けた依頼と関係があるかもしれない。問題は奴らの正体と目的だ。それに万が一、戦闘にでもなったら捜索が難航するかもしれない。ここは出来るだけ穏便に済ませるためには……」
ふーん、なるほどね! さすがキリル!
さて、まだかかりそうだし、俺は何するかな。とりあえず、茶でも淹れてキリルに渡しとくか。
………………頃合いかな?
鼻歌交じりに茶を注いでキリルに手渡す。「ん。助かる」短い感謝の言葉をキリルが述べる。「あいよ」と相槌を打ちながら、俺も茶を啜る。
ふぅ。
「やっぱり、情報が足りないか」
キリルも一息ついたのか、ぼそりと一言呟いた。ほぉ……ここは俺が一肌脱ぐしかないようだな。
「なら、キリルは休んでおきな。その間に俺があいつらの動向を調べてくるよ。夜も遅いし、あいつらもキャンプの設営を始めるかもしれない。それにまだ3人だけと決まったわけでもないし、少しでも情報が多い方がいいでしょ?」
「おい、勝手に単独行動をしようとするな。せっかくパーティーを組んでるんだ。俺も行く。その方が安全性も高まるし、情報もより多く入手することが出来る。幸い、奴らにはまだ気づかれていないだろうから、動きは早い方がいい」
「えー、ここまで先行してくれたキリルを休ませないっていうのはちょっとなー」
「それはお前も似たようなもんだろうが、俺だけ休むなんて甘えた真似するわけないだろ。少しは考えろこの脳筋が」
「はぁ? 脳筋じゃねぇよ! ちゃんと脳みそ詰まってるわ!」
「早く準備しろ。置いていくぞ」
言うが早いか、そそくさと行ってしまうキリル。俺に対する優しさなど微塵も感じさせないその歩く速度は速く、もはや歩きではなく走っている。離れていると怒られるし、俺も早く行くしかない。残っている茶をグイっと飲み干した。
「キリルめ。覚えてろよ……」
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「魔術部隊は急いで結界を張れ! そして、部隊長たちは私の元まで今日の調査結果をまとめた資料を提出するように! 最後にそれ以外の部隊はテントの設営及び装備の点検をしろ!」
【カレキ山】の麓の湿原、その南側の中でも比較的に水没地域が少ない場所で大勢の人数を指揮する声が闇夜に響く。
忠実に指示を守る彼らは全員が同じ外套に身を包み、整然と陣形を組んで拠点となる基地を建てている。
その光景を陰から見つめる二つの人物がいる。
「ボス、ビンゴだ」
黒いマントに黒い軍帽、ゴーグルを付け、軍服に身を包む敵スパイ。
そう私、カグラだ。
本物のスパイというものは、双眼鏡など使わない。己の優れた視力――こっちに来てからものすごく良くなった――を用いて敵の状況を把握する。
本物のスパイというものは、盗聴器など使わない。己の優れた聴力――こっちに来てからものすごく良くなった――を用いて敵の状況を把握する。
「早く情報を教えろ」
本物のスパイというものは……以下略。
「OKだ。ボス。あいつらの夜食はカレーだ。食材はジャガイモ、ニンジン、タマネギ、豚肉。ルーには隠し味でリンゴとハチミツが入れられている。どうやら、あいつらの舌はまだまだお子様のようだ」
「……死にたいならそう言え。今、俺が楽にしてやろう」
ヘイ、ボス! 落ち着いて! とりあえず、その右手で練ってる魔法を抑えてくれませんかね!?
「……全部で20食ある。テントは5つ。それぞれに4つずつ配られているが、1つだけ遅れているところがある。どうやら、基地の前線でまだ仕事をしているようだ。水に呪文を唱えた後、線で基地を囲むようにまき散らしている」
「まぁ、許してやる。奴らは結界を張ってしばらくの間、ここを拠点にして調査を進めるみたいだな。テントにマークなどはないか?」
「ないね」と答えると、キリルは長考を始めた。本物のスパイは暇な時間を作らないのだ。俺はあいつらの話を盗み聞きしてやろうと耳を澄ませた。
「全く、上は俺らの扱いが雑すぎる」
「さっき見かけたスライムが茶色で汚かった」
「せっかくの甲冑なんだが、重くてきついわ。何か別のないの?」
大抵はそんなたわいもない話だったが、1つのテントだけやたら興味深い話をしてた。
「おい、俺らの依頼はちゃんと遂行されているんだろうな?」
「当然だ。今もせっせと僕らの為に情報を集めてくれているんだろうよ」
「ちゃんと見張りを付けているのか? ジェシーは変なところで抜けているからな」
「そう言ってやるな。こいつもわざとじゃねぇんだ」
「マックスにブランドーも、僕を馬鹿にしやがって……ちゃんと新入りを付かせてるさ。これで僕らは遊んでるだけでいいってわけさ」
会話してるのは全部で3人か。部隊長は報告に行ってて、新入り君はこき使われていると……あいつらの部隊は5人1組のはず。さっき見た3人組がこいつらの可能性は十分にあるな。
「キリル、追加情報だ。サーズのお父さんに依頼したと思われる者たちを確認した。ジェシー、マックス、ブランドーの3人組だ。さっき見た3人と同一人物の可能性は高いと思う」
「上出来だ。なら、さっさと【カレキ山】に向かう。奴らが動き出すのは遅いだろうからな。他に何か情報あるか?」
「サーズのお父さんはまだ生きてるみたい。あと、あいつらのパシリにされている新入り君がサーズのお父さんを見張ってるみたい」
「了解だ。さっきの所まで戻ると時間がかかる。このまま最短距離で【カレキ山】に
向かう途中、安全に身を隠せる場所で仮眠を取る。いいな?」
「分かったよ」
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