第18話 不正な依頼
すでに陽は沈みかけ辺りを夕焼けに染める。そんな草原に金属がぶつかる音と低い唸り声が響く。今まさにオオイヌと盗人少年サーズが1vs1で戦闘を行っているところだ。
俺とキリルはいつでもサーズを助けに行ける距離を保ちながら試合の様子を観察している。
サーズの職業はもちろん盗賊。キリルに攻撃魔法や罠魔法を教わり、俺がオオイヌとの戦闘で気を付けることと短剣の振り方を教えた。
それでもこの1日でこの多くを吸収し、ものにしたのはサーズが真面目に取り組んだ成果だろう。
サーズはオオイヌの噛みつきに合わせてサイドステップ、無防備になった脇腹を斬りつけた。
「うおおおおお!」
オオイヌが体勢を崩したところに、雄たけびとともに渾身の一撃がオオイヌの脳天に叩きつけられた。まともに攻撃をくらい動かなくなったオオイヌにとどめと言わんばかりにもう一度。今度は深々と喉元に短剣を突き刺した。
絶命したオオイヌは黒い靄となって消え去り、後には
そんなサーズが笑顔でこっちに走ってくる。
なんかいいね。弟子と師匠の熱い絆みたいなものが……
しかし、抱きしめてやろうとしてた俺の元にサーズが来ることはなく、代わりに彼を迎えたのはキリルによる熱いパンチだった。
サーズがさっきまで戦闘してたところまで吹っ飛ぶ!
キリルも追いかける!
なるほど。冒険者として金に汚く生きろと怒られているんだろう。あいつはそういうところがあるからな。言ってることは分からんが、自ら金をドブに捨てる真似をするなとかそんなところだろう。
戻ってきた。サーズはしょんぼりとしてる。ここは私として励ましてやるしかないな。
「サーズよくやったじゃないか! 1日でオオイヌを倒せるようになるなんてすごいよ。だけど、
「カグラさんっ!」
キリルからの視線は痛いがこれでサーズの気分も明るくなるだろう。
こうして目的を達成した私たちは【ブルノイユ】への帰路につく。もちろん私は転移先の更新を済ませているが、サーズが転移の指輪を持ってないので徒歩での帰還だ。
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「……ところで、【ブルノイユ】って壁で囲われててさ。中と外じゃ全然暮らしが違うけどあれってなんで?」
「「……はぁ」」
あれ? さっきまでの楽しい雰囲気はどこに?
帰ったら何するかーとか、今日の晩飯は何だろうなーとか話してたじゃん。いきなり静かになるのやめてほしいなー。
「馬鹿が勘違いを起こさないように俺が分かりやすく教えてやるとだな……あの街はそこそこでかい。が、でかいってことはそれだけ格差が広がるってもんだ。そこで貴族とかのお偉いさんのご機嫌を取るために、ああいう措置が必要だったんだ。まぁ、それでも外にいるやつは納得してるはずだ。なぁサーズ」
「はい。僕たちは納める税金を少なくしてもらう代わりにあの土地で暮らしています。もし、中で暮らしを続けていたら今頃は家族もろとも奴隷にされていたでしょうね」
「じゃあ、なんでサーズは盗みを始めるくらい貧しくなったんだ?」
「そ、それは……」
「恐らくはこいつの親が他の街に逃げたか、死んじまったかのどちらかだろうな」
「お父さんは死んでなんかないっ! だから僕が冒険者になったらすぐに探しに行くんだ!」
「サーズ、その話詳しく聞かせてくれないかな」
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「どうぞ狭い家ですけど上がってください」
「お邪魔します」
今日は【ブルノイユ壁外】にあるサーズ君の家にやってきました。
耳元でキリルが「帰るぞ」とか「俺は絶対に話なんて聞かないからな」などと喚いていますが、本人は心配な顔をしているので気になっているのでしょう。
さて、お部屋までやってきましたが彼の兄弟の姿が見えません。
どこに行ってしまったのでしょうか? おや?
なにやら奥の扉の陰からピョコピョコしているものが見える。
「ごめんなさい。弟たちは人見知りで隠れちゃって……」
サーズがお茶を注いできてくれたので、私たちも席に座る。
頂いたお茶を一口。暖かいお茶が今日一日の疲れを癒してくれる。
そして一息ついた私は話を切り出した。
「いや、気にしないよ。それでお父さんはいつから戻ってないの?」
「2週間くらい前です。ギルドで大きな仕事を回されたから留守を頼むよ、と言い残して出て行ってしまいました」
随分と経ってるが、アイテムボックスがある世界だ。
なんだかんだといって生き残っている確率も大いに期待できる。
「ギルドには届け出たのか?」
「それが……スラム支部の冒険者ギルドに話を聞きに行っても消息は掴めなかったです。それにギルドで捜索隊を組んで欲しいと頼んでも、そんな依頼は回ってきていないからお前の父親の嘘だと言われてしまって……」
「まぁ、ギルドとしてはそうなるわな」
ていうか、さっきからしれっとキリルが会話に交じっているんだが!?
帰ろうとか言ってたくせにこいつめ。
「回ってきていない依頼を受けるなんてことあるの?」
「こういうところは本部から支部に雑用みたいな依頼を回すんだが、スラム支部の管理はグダグダだ。不正な依頼を紛れ込ますことなんて容易だろうな」
「……結局、僕の力ではどうすることも出来ないので時間ばかりが過ぎていきました。気づけば僅かばかりのお金も底をついてしまったので盗みを始めてしまい、お二人に捕まってしまったというわけです」
「なるほどね。それでお前の親父はどこに行ったか分かるのか?」
「【カレキ山】です。最近、その周辺の魔物の動きが妙なので調査に行ってくると言っていました」
調査依頼かそれなら時間もかかるし、依頼内容も不自然じゃない。しかし、誰が何のためにそんなものを紛れ込ませたんだろうか?
まぁ、サーズのお父さんに聞いてみればいいか。
「分かった。じゃあキリル行こうか」
「まぁ今回は仕方ねぇか。親父に依頼主を問いたださないとならねぇしな」
どうやら、キリルも私と同じような考えのようだ。
そう言うと私もキリルも共に席を立ち、いそいそと出発の準備に取り掛かった。
武器や防具、食料の確認。キャンプ設営のための備品の点検や【カレキ山】で必要となりそうなものも確認した。
「え? ちょ――もしかして【カレキ山】に行くんですか!? それなら僕も……」
「「駄目だ」」
「今のお前じゃ来ても足手まといだ。【カレキ山】に行けるくらいだ。てめぇの親父のすごさはお前が一番分かってんだろ?」
サーズは何も言わずにただ黙るのみだったが、何も言わないサーズの行動を肯定と捉えたキリルは話を続ける。
「なら、お前が信じた親父とお前より強い俺らを信じて大人しく待っとけ。必ず連れて帰ってきてやる」
「そういうこと。すぐ帰ってくるから弟たちをしっかり守るんだよ。それとお金はきちんと依頼をこなして稼ぐ。そしたら、サーズが頑張っている間に私たちがお父さんを連れて帰ってくるし、お父さんにカッコいいところ見せられるでしょ」
不備がないことを確認した私たちは足早にサーズの家を後にした。
すると、玄関を出てしばらくしてサーズたち兄弟、5人全員が家から出てきたのだ。
「カグラさん! キリルさん! お父さんをお願いします!!!」
「「「「お願いします!!!」」」」
その言葉にキリルは片手を上げ、私は振り返り両手を大きく振って答えたのだ。
目指すは南の【カレキ山】。依頼内容はサーズのお父さんの救出。
俺たち、パーティーでの初の人助けだ。
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