第2節 首都ブルノイユ

第14話 苦労人カグラ

 【グンタム大陸】にある【東端の町】。その【東の街道】を進み、海岸まで行く。【スライムの森】を迂回するように、海岸に沿って南西に下り、しばらくすると海沿いに作られた大きな街が見えてくる。それは周辺大国の貿易の中心となり、ここ数年で急激な成長を遂げる【中立国家ブルノイユ】の首都【ブルノイユ】である。【ブルノイユ】の中心から最も遠い外縁付近に建てられた冒険者ギルド。周辺の治安は非常に悪く、その様相は地球のスラムに近い。


 そんなギルドに扉を叩く音が響く。程なくして扉は開かれ、姿を現したのは黒い帽子にゴーグル、黒いマント、黒いブーツ。白い詰襟のジャケットとズボンを着た黒髪の冒険者。帽子を深くかぶり、ゴーグルを付けているため顔を確認することは出来ないが、髪は短く胸もないためギルドにいた者たちはこの冒険者を男と認識した。冒険者はギルド内を見回すと、受付カウンターに向かって歩き始めた。しかし、ここで黙っていないのが【ブルノイユ】の冒険者ギルド・スラム支部だ。冒険者の体格よりも二回りも大きい男が冒険者の行く手に立ちふさがる。冒険者は露骨に嫌そうな雰囲気を漂わせているが男には関係ない。


「おいおいおい、ここがどこだか分かって来てるのか? 冒険者ギルドは冒険者ギルドでもここは天下のブルノイユ・スラム支部だ」


 男のセリフを受け、嫌そうな雰囲気から何か覚悟を決めたような雰囲気になる冒険者。リラックスした体勢から、自然な動作で腰に差している剣に手が伸びる。


「お前さん場所を間違っちゃいねぇか?」


 冒険者の手が止まる。


「【ブルノイユ】本部はここを出て左に真っすぐだ。そうするとでっかい門が見えてくるだろうから、そこの門番に冒険者ライセンスを見せろ。そしたら中に入れてもらえるはずだ」


 男は親切だった。それというのも、街の外に近いこちらの冒険者ギルドには迷い込む冒険者が少なくないからだ。男は冒険者を見て、ここらではあまり見ない服とギルド内を見回したことから、もしかしたら……という予想から声を掛けたのだ。


「丁寧な説明をありがとうございます。迷ってしまっていたみたいです。それでは、失礼します」


 結果、その予想は見事当たっていたが、男は帰ってきた声が思ったよりも高いことに驚いた。そして、男はこの冒険者がまだ子供で新米なのだろうと考える。子供に怖い思いをさせてしまって悪いななどと考えているあいだに、冒険者はギルドを出て行った。


「同じ日にガキが2人か、珍しいこともあるもんだな」


 冒険者を見送り、笑いあう彼らの酒は今日も美味いのだろう。

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「すみません。こちらは【ブルノイユ】に入る門でしょうか?」


 先ほどの冒険者もとい私、カグラは門番に尋ねた。ここまで来るのも大変で、私の顔は酷く不機嫌そうになっていることだろうが仕方ないだろう。


 【東の街道】では車輪が壊れた馬車の修理を手伝い、海沿いでは座礁した船の修理を手伝い、街が見えてきたと思ったら盗賊に襲われた。もちろん盗賊はたまたま近くを通った【ブルノイユ】の兵士を名乗る人に全員生きたまま引き渡した。そんな感じでハプニングが相次ぎ、予定よりも1週間も遅れてしまった。それもこれもハプニングのせいだ。決して私が【スライムの森】を通過したら、ショートカット出来るんじゃね? などと考えて迷子になったわけではない。極めつけはさっきの話だ。やっと着いたと思ったのにあの仕打ちだ。天を呪いたくなる。


「そうだぞ。入りたいなら、入壁許可証もしくは冒険者ライセンスの提示を」


「はい。冒険者ライセンスです。これで大丈夫ですか?」


「……確認しました。Dランク冒険者のカグラさんですね。ようこそ【中立国家ブルノイユ】の首都【ブルノイユ】へ」


 そういって通された壁の中は数々の馬車が行き交い、舗装された街道や2階建て以上ある背の高い建物が立ち並ぶ。一目で【東端の町】よりも発展してることが分かった。


 街並みは産業革命以降とかそんな感じを受ける。着ている服もそんな感じだ。しかし、そこに唯一にして最大の異物がある。ガシャン、ガシャンと音を立てて歩く重い鎧を着た剣を持った騎士の姿だ。私の記憶が正しければ、この頃は銃の開発が進んでピストルくらいの大きさの銃があるはず。それでも、そんな格好の騎士がいるということは銃がない。もしくは、銃よりも剣や魔法のが強いのかもということだろう。


 そんな街並みを楽しみながら歩いていると、建物の陰から私より背の低い少年が飛び出してきた。


「ッ! 邪魔だ! 退けッ!」


 そんな少年の必至な顔での訴えに思わず私は彼に道を開けてしまった。彼が去っていった方を見つめていると、同じ陰から「いかにも私が貴族です」とでも言いたげな小太りの男が息を切らしながら現れた。


「泥棒だ! あいつを捕まえてくれ!」


 その一言を聞いた私は、すぐに少年が逃げた方向に走った。




 私がしばらく走っていると、ようやく少年の姿が見えた。後は全力を出して、彼に追いつくだけ。そんな私の気配を感じたのか、彼は後ろを振り返ると、まだ追われている事実を確認した。そこからは追いかけっこだった。意外にも彼は足が速く、この街にも詳しいためになかなか追いつけなかった。


「クソッ! 速すぎだろう!」


 彼はそう言いながら、建物を曲がる。私も即座に曲がったが、そこは家の壁があり行き止まりだった。


「いける」


 私は減速することなく壁に突っ込み、三段跳びの要領でホップ、ステップ、ジャンプ。屋根の端に手をかけると自分の体をなんなく引き上げ、家の屋根に上る。すると、そこには逃げてた少年と彼を捕まえている奴がいた。


 そいつは男で短い金髪に碧眼。背は私よりも高く、線は細いが引き締まった体をしている。服はシャツに革ジャンみたいなやつを羽織り、ピチッとしたズボンに動きやすそうな靴。そんな服装で目つきが悪いため、私からはヤンキーにしか見えない。


「お前もこいつを追ってたのか? 悪いな。俺が先に捕まえちまったわ。ということで、あのオッサンからは俺が報酬を受け取るいいな?」


 ヤンキーがなんか言ってるが無視だ。

 少年が盗んだのは右手に握りしめている煌びやかな装飾が施されたネックレスだろう。おのずと彼がなぜ盗みをしたか分かるものだ。私は少年に近づくが、彼は絶対に渡してなるものかと右手を強く握った。


「大丈夫。私は君に危害は加えないよ。それは君の形見だったりするのかな?」


 少年はフルフルと頭を横に振る。しかし、依然と右手には力が入ったままだ。


「あぁ? お前、何を話してるんだ?」


「それなら、それを返してもらえないかな? あの人にとっては大切な物かもしれないからさ」


「それは出来ない! それがないと家族が! 壁の外にいる家族が飢えて死んじまうかもしれない。だからッ――」


「分かった。なら、私がお金をあげる。それならいいよね?」


 私はアイテムボックスから500G入れた小袋を出した。中身を見せると少年は、右手に込めていた力を抜いて私にネックレスを返してくれた。そして今度はその袋を無くさないように両手でしっかりと掴むと私に一礼をして去って行った。


「おい。馬鹿かお前?」


 私が少年の背中を見送っていると、ヤンキーが話しかけてくる。


「馬鹿ではないと思うよ。オッサンはネックレスが返ってくるし、さっきの子は家族に美味しいものを買ってあげられる。アンタもオッサンから報酬を貰う。これで一件落着でしょ?」


「――ったく、ネックレス寄越せ」


 言い終わる前に私はヤンキーにネックレスをひったくられた。


「じゃあな、お馬鹿さん」

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