第6話 カグラ・アステライト

 朝の眩しい陽ざしと耳障りの良い小鳥のさえずりが聞こえた。そんな陽気に当てられて、俺は二度寝しかけたが一階からうるさい人が来た。


「さあ! 少年! 朝ごはんだ。共に食べようではないか!」


「おはよう。レイス。朝食をとったら、昨日の答えを伝えればいいんだよね?」


―――何があったか説明しよう。


 昨日のおばあさ…レイスの長い話で気が付いたら陽が沈んでいた。恐らく、レイスは俺に一晩、考える時間を与えるために、あえて長い話の中に大事なことを混ぜて聞かせたのだろう。俺はそう思いたかった。


 というわけで俺は彼女の家で一泊させてもらっていたのだ。


 俺の質問に対してレイスは明るい顔で「そうだな」と、告げた後に「早くしないと冷めてしまうぞ」と言い残して一階に下りて行った。


 俺も急いで身支度を整えて下って行ったが、レイスはよほど腹が空いていたのだろう、俺よりも先に食べ始めていた。まさか、こんな少しの時間も待てないものかと、俺は嘆くしかなかった。


「やれやれ、君はずいぶんとのんびり屋のようだな。人の一生は一瞬でだな。……」


 レイスは昨日からずっとこんな調子だ。一言喋り始めたら止まらない。マシンガントークとはこういうことを言うのだろうか。いや、少し違う気もするな。しかし、こういうのも悪くないかもしれない。彼女は俺の過去を見てるし、もしかしたらなんて、思ってしまうが最初からこんなだったよな?


「ところで君は異世界に牛や馬がいると思うかい?」


 サンドイッチ片手にレイスはそんなことを聞いてきた。いや、それより俺の朝食を早く出してくれ、とは言えなかった。


「それはいるんじゃないか」


「どうして、そう思ったんだい?」


「いや、少なくともドラ〇エにはいたと思ったからかな」


 すると、レイスはうんうんと俺の答えに頷いてくれた。そして、サンドイッチを皿に置くと食器棚からコップを2つ持ってきた。


「じゃあ、エフ〇フは? マ〇オは? モン〇ンは?」


「えっと、それは……」


 俺が言葉に詰まっていると、レイスは手鏡を出した時と同じ要領で水が入ったペットボトルを取り出して空になったコップに注いでくれた。「ありがとう」とお礼を言いながら、水を飲むがここでようやくある事実に気がつく。


「――異世界にペットボトルがあるわけないって顔だね」


「っ! ゴホッゴホッ……」


 図星を突かれて思わず、むせてしまった。再び水を注いでもらって今度はゆっくりと慎重に飲む。


「それもそうだろう。まぁ、ひとまず最初の質問の答えはイエスだ。この世界【アレシオン】には牛も馬もいる。それにペットボトルもあるし、なんならカップラーメンもある」


 今度はカップラーメンを取り出し、おもむろに梱包をはがしていった。最後にレイスは魔法でお湯を注ぎ蓋をし、俺の方に差し出した。


 俺が黙っているのを見てレイスはこう続ける。


「つまり、私が何を言いたいかと言うとね。この世界は結構自由なんだよ」


 ――三分経った。


 俺の異世界で初めての朝食はカップラーメンらしきものだった。まさか異世界に来てこれほどまでにファンタジーと似合わないものを食べさせられるとは思わなかった。

 ちなみにラーメンは魚介ベースの塩味で朝からでも食べられるサッパリしてるものだった。


 しかし、異世界の食材で作られているのだろうか。牛や豚がいるならそれで作ればいいのでは?と思っていたが、食べてみるといつもとは違う面白い味だ。それでいてしっかりカップラーメンとしてまとめられている。


 一方でレイスは食事中もマシンガントークは健在のようで、彼女の話に相槌を打ちながら食べる朝食は短い間だったが楽しいと思っている俺がいた。


 そんなこんなで、もうそろそろ例の時間だった。レイスの顔つきが変わり、俺も緊張する。


「さて、君はこれからもこの世界に残るかい? それとも地球に帰るかな?」


 カップラーメンをスープまで飲み干し、箸を置き、しっかりとレイスを見据える。


「俺には叶えたい夢があるんだ。だから、この世界で生きていきたい。だから、俺に力を貸してくれないか? 千里眼の魔女のレイスさん」


 俺の答えにとびきりの笑顔を浮かべて答えてくれたレイスは、立ち上がるとマントと杖を装備してから俺に告げた。


「これから君は新しい一歩を踏み出しに行くんだ。君の行動に誇りを持ってくれたまえ。さあ、行こうか」


  ■■■


 俺たちは昨日来た道を戻り神殿に向かっていた。その途中、俺はレイスが話していたことを思い出していた。


 それは俺の名前にカッコがついている話だ。


 カッコは俺がこの世界の住人じゃないことを示すためにつけられていると、彼女は教えてくれた。ならば、この世界の住人になるにはどうすればいいか。レイスは名づけという儀式を執り行わなければならないと言った。


 それは世界に認識してもらうための儀式だそうだ。子供が生まれたら、町中にある光の大精霊ルシフ様を信奉する教会などで必ず行われると言っていた。


 俺のような異世界人はその儀式をしていないがために世界に上手く認識されていない。そこで、各地の教会や神殿で異世界人のために、名づけをしてる人たちが魔女と呼ばれているんだとか。

 名づけは対象者と同じ世界で、より格が上の者しか行うことが出来ない。ここでいう格とはレベルのことらしい。つまり、異世界人に対する名づけは異世界人にしか出来ないということだ。


 そういうわけで誕生したのが現在は五人いる魔女なのだ。

 彼らは全員、異世界人で、夢の力は不老不死やら時を渡るというとんでもない能力の持ち主らしい。さらに、魔女同士で能力は貸し借りできるのだとか。レイスのステータスが十九歳なのも不老不死の力を借りていると自慢げに話していた。


 彼らはその行動からとても世界に愛され、人々に尊敬され、崇拝されているのだとか。どうやら彼女が言う囲いは信者のことのようだ。もはやオタサーの姫の範疇ではない気もするが、レイスはそれでいいのだろうか?


 「さあ、着いたよ。さっそく始めるから、君は祭壇の真ん中まで移動して祈っていてくれないかい?」


 そうこうしていると、目的地に到着した。俺はレイスの指示通り速やかに行動したが、祈る。祈るかー。確かこの世界は主に光の大精霊ルシフ様を信奉してるとかいってたから彼女に祈ればいっか。


 両膝を地面に付き、膝立ちの状態で胸の前で手を合わせ、目をつむる。

 俺がそんな感じで雑な祈りを捧げていたら、準備が出来たのか祭壇の下から足音が近づいてきて目を閉じている俺の前で止まった。


「我が名はレイス・レオンハート。かの少女にレオンハートの名のもとに命じる。そなたの名はこれより。今日よりその名をもって、この世界で第2の人生を楽しむがいい」


 その言葉とともに目を開くと、世界に認められることがどういうことか分かった。光の精霊様が見える。

 この神殿中を埋め尽くさんとする大量の精霊が、俺という存在の誕生を喜んでいるのが分かる。

 ここは異世界。俺……いや、私の名前はカグラ・アステライト。レイスから授かったこの名に恥じない様に思う存分生きよう。


「やあ、。異世界【アレシオン】へようこそ。この世界は皆の夢が叶う世界。新たな旅人よ、君の未来に光の精霊様の導きがあらんことを」

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