第3話 光の精霊様

 俺は新しく出された冷たい水を飲みながら、頭を抱えていた。


「何、そんなに落ち込むなよ。少年。いやか? 使かもしれないが、君はそのたくましい肉体でなんとかできるさ!」


 説明を受け始めてから、レイスはずっとこの調子なのだ。敬称はどうしたってか?


 こんなことを言ってくる人に尊敬なんかしてた俺が馬鹿だった。考えてみたら、歳も一つしか変わらないし、初めから要らなかったんだと思う。


「私も好きで君をと言ってるわけではないんだ。少年。元気を出してくれ。おっと、失礼。君はだったのだな。申し訳ないなあ」


 よほどボッチで寂しかったのだろう。よく喋る。その割に分かったことといえば、俺がということだけ。俺は真面目という言葉を間違えて覚えていたようだった。しかし、ずっと黙っていた俺も悪いのかもしれない。そこで、俺から話を振ってみることにした。


「なあ、レイス。俺もそろそろ、そのいじりには慣れてきた。そこでこの家に鏡はあるか? まずは俺の見た目を確認したいんだ」


 ――俺がしてほしいのはまともな説明なんだ。


 すると、レイスはその言葉を待っていたかのように、どこからともなく手鏡を取り出した。文字通り本当に何もない空中からいきなり出てきた。空間魔法とかアイテムボックス的なやつかと、知る限りのオタク知識でそう結論付けた。


 手鏡をレイスから受け取り、覗き込んだ俺はそこに映った姿に驚愕した。


「どうだい。自分の夢に描いたように美しい顔だろう?」


 レイスの言うことは概ね間違っていない。たしかに、俺が生まれ変わったらこんな顔になりたいなと夢に見ていた。違うところも悪い意味ではなく、いい意味でだ。そう、俺の想像の何倍も上を行く美少女だった。いや、女と言われなければパッと見は男に見えるのではないか?


 なんてったって、俺が男として生まれ変わるならこんな顔がいいなと考えていたのだから。


 黒髪短髪で蒼い瞳。まるで本の世界から出てきたのかと思うほどの美形で、チャラチャライケメンではなく爽やかイケメンだ。


「レイス。俺の声って女声か?」


「いや、女の中なら低いほうかな。男なら少し高いけど、変に思わない程度だと思うよ」


 レイスは俺の問いに対して、聞きたかったことを的確な答えで返してくる。もしかしたら、この人ちゃんとしていればすごい人なんじゃないか?


「ただ、顔が可愛いのと背が低いことは男として不甲斐ないんじゃないかい?」


 前言撤回だ。言われたくないことまで言ってくるのは人としての思いやりが欠けているんだと思う。他にもこんなやつが四人もいると思うと、この世界の先行きが不安だ。


「それはどうも。で、今使ってる言葉は日本語なのか? それとも異世界語なのか?」


 このままだと、しばらく容姿に対するダメ出しを続けられそうと考え、もう一つの疑問を聞いてみた。よくある「なんで異世界なのに言葉が通じるのだろうか」という疑問だ。


「私たちが使ってるのは間違いなく日本語だよ。だけど、そこの本棚にある本に使われているような文字はこの世界のものさ。あと、私たち以外のヒューマンやエルフ、ドワーフ、フェアリー、ギガントみたいな他の人族と話すときも日本語で大丈夫だよ。この【どの言葉でも意思疎通が可能】なのも光の精霊様のおかげなんだ」


 また、光の精霊様か。この世界では重要なものなんだろうか?


 部屋に漂っている光の粒を触りながら、その優しさで溢れているような暖かな感触に驚き、質問を続ける。


「その……光の精霊様っていうのは何なんだ?」 


「当然の疑問だね。君も分かっていると思うが、この世界はいわゆるファンタジー世界に近いんだ。当然、魔法も使える。その魔法を引き起こすものが精霊と呼ばれるものなんだ。中でも光の精霊様と闇の精霊は特殊で精霊というよりは天使や悪魔に近いかな」


 天使に悪魔か、ますますファンタジーチックになってきたな。


「そして、。反対に。魔物や魔族と呼ばれている者たちもいるんだ。もちろん【魔物を倒すと経験値が得られてレベルが上がる】んだ。これも、光の精霊様のおかげさ。もっと詳しく説明することもできるけど、君なら十分理解できるよね?」


「一応、説明をしてもらってもいいか? けど、その前に俺はあの文字が読めないんだけどそういうものなのか?」


 先ほど目にした初めて見る文字で書かれた本がぎっしりと詰まった棚を指さしながら言うと、レイスは首を縦に振った。


「すまないね。すでに書かれたものとかについては光の精霊様も関知できないんだ。だけど、この世界ね。話せれば特に問題ないんだ。この世界広すぎるんだよ。だから、言語が多すぎてどこの国に行っても、旅人や冒険者のために案内局があるんだ。まあ、そういうわけで光の精霊様、様様ってわけさ」


 はあー光の精霊様すげー。ってことは俺にもよく分かった。レイスは俺が飲んでいた飲みかけの水を一気に飲み干すと、「それじゃあ、もう少し詳しい話をするとしようか」と告げて話し始めた。


「【魔物を倒すと経験値が得られてレベルが上がる】。ゲームなどでは当たり前の設定さ。では現実では何のレベルが上がると思うかい?」


「肉体的なレベルじゃないのか?」


 チッ、チッと人差し指を左右に振るレイス。


「答えは光の精霊様から得られる加護の効力が上がるのさ」


「加護の効力?」


「少し想像してごらん。地球では人の能力はその人の才能と努力によって決まるだろ。なら、ここ。異世界【アレシオン】はどうだと思う?」


「人の才能と努力、光の精霊様から受ける加護の効力ってことか」


「ご名答。そこでレベルの登場さ。光の精霊様と闇の精霊、相反する二つの思想。互いが互いに憎みあっているんだよ。だから、闇の精霊の加護を有するものを倒せば、その働きに応じて光の精霊様が加護を授けてくれる。その加護の大きさを段階的に表したものがレベルという形で目に見えるのさ」


 これはしっかりと聞いておいて正解だったかもしれないな。光の精霊様と闇の精霊、両者の関係性は切っても切れないってわけだ。


「なるほど。それじゃあ、闇の精霊の加護を受けているものは光の精霊様の加護を受けているものを倒せば、レベルが上がるのか?」


「半分正解だよ。闇の精霊はのさ。彼らは同じ加護を受けているもの同士でも加護が大きくなるんだよ。そこが決定的な差なんだ。とは言っても同胞を倒すのは彼らにもはばかられるから、同種族では滅多にないんだけどね」


 よし、そろそろステータスのことを聞いても大丈夫だろうと思う俺だった。

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