ついていく

昔、ひと月ほどかけて霊場を歩いてまわったことがある。


その霊場では、巡業者を対象にした民宿は、どこもとても親切だった。儲け度外視の格安の宿泊料で、豪勢な食事、清潔な風呂、ふかふかの布団。旅の疲れをしっかり癒し、翌日に備えることができる。


ある民宿の主人は、早朝に宿を発つ私のために弁当を拵えてくれるとい 言った。おにぎりと簡単なおかずだけという話だったが、心遣いがありがたかった。礼を言い、その日は床についた。


翌朝、出発の準備を整え玄関に降りると、約束の弁当が置いてあった。しかし、なぜか2つある。宿泊客は私だけであったはずだ。どうしたものかと考えていると、宿の主人が顔を出した。

おひとつお持ちください、と言う。もう一組宿泊客がいるのかと問うが、そうではないらしい。


「ついていくのです」


と主人は言った。食べ物を持った巡業者がこの宿を発つと、なにかおかしなものがその巡業に同行するというのだ。特に悪さをするわけではないが、気味が悪い。だから、そのおかしなものにも弁当を拵え、同行を防ぐのだという。


そのおかしなものに興味はあったが、がっついているように思われるのも嫌なので、ありがたく弁当をひとつ頂戴した。

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