見てたわよ

昔、経帷子の老婆に足を掴まれたことがある。


その日は寝室のドアを開けたまま、夫婦で2歳の娘を寝かしつけていた。自分も一緒に眠ってしまったようだが、何かを引っ掻くような、妙な音で目が覚めた。

音は部屋のドアの方から聞こえる。視線をそちらに向けると、床を這う老婆の上半身が目に入った。

恐ろしかった。逃げようと思ったのか、家族を守ろうと思ったのかはわからない。ただ起き上がろうとしたことは覚えている。しかし、身体を動かすことはできなかった。

老婆は、這った姿のまま部屋に入ってきた。足を使わず、腕だけで、まっすぐ私に向かって来ていることが感じられた。身体が動かない私は、目を瞑り、歯を食いしばり、身体を動かそうと必死になった。


そのとき、老婆に足首を掴まれたのだ。


気がつくと、朝になっていた。悪い夢を見たのだと思った。怖がるといけないので、家族には黙っていた。そしてそれ以降、そのようなことは二度と起こらなかった。


翌年、部屋が手狭になってきたので少々広い部屋に引っ越した。住まいも変わったのでもう怖がることもないだろうと、この奇妙な体験を妻に話したのだ。


「あなたが足を掴まれたところ、見てたわよ」


と妻は言った。

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