第8話 終着駅前
「ナコ、こんにちは」
「はぁ……奈子、ずいぶん長い事顔を出さないと思ったら。幸せ全開って顔でここに来ないでよ」
相変わらず顔は羊なのに、その表情は幸福に満ちていた。
なんだか、前よりも質素な服装になった気がするのは気になるが。
「うふふ、もう子供もいるんだよ」
「へぇ、ならいい加減私と代わりたいって気持ちは捨てなさいって」
「ううん、変わって欲しい気持ちは変わらない。今までちょっと苦労してね、でも今また幸せになったから」
どうして幸せな時になんでいちいち代わろうとするのだろう。
「会社、潰れちゃってね。子供生まれたのに一文無しになっちゃった。すっごく大変で、ここに来る事も忘れてたの」
ならば、一生忘れていれば良かったのに。
「でも、いつも帰りが遅い旦那がすぐに帰って来れる仕事に就いて、今は田舎の狭い家に住んでるんだけど、旦那と子供と川の字に寝られて、すごく幸せなんだ。だからナコ、あなたもその幸せを味わってよ。私はその……」
「横取りした人生だから返したいとでも言いたいの?」
列車に乗ろうとする奈子をぐいっと押し返して、そこにとどめた。私に負い目があるのは分かっているけれど、それを気にしてここに戻ってきて欲しくはない。
「早く出して」
「はい、出発進行。奈子さん、またね」
子猫の車掌が応じる。
奈子はそれ以上の抵抗を見せなかった。今がとても幸せで、手放したくないからだろう。
列車はまた星空のような空間を走り続ける。
奈子はここに戻って良い存在ではない。ただ、ここに戻って来る日はいずれ訪れる。その時までは。
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