第7話 乗車拒否
あれからどれくらい経っただろう。
まぁ、大して経ってはいないか。私はまだ子猫の少女と旅をしていた。
他に何人かの客を乗せては降ろしたが。
「まもなく、駅に到着いたします。お客様はお降りになれません」
この放送にも慣れたものだ。
「え……?」
駅に立っていた人物に私は驚愕した。そこに立っていたのは羊頭の吉田だった。
「な、何してんのここで!?」
「ナコに返しに来た。あなたは電車に轢かれてなんて無かったよ。ベビーカーの中の赤ちゃんを救えてたの。その後熱中症で倒れてただけで」
なんだ、あのぶっ飛ばされたのは幻だったのか。道理で痛くなかった訳だ。でも、そんな話をされたところで、私は返品を受け付ける気なんてなかった。
「吉田、あなたにこの列車に乗る資格はないわ」
「ど、どうして? 私頑張ったよ? でもあなたの物だから返しに来たのに! 名前も変えたの。あの会社に受かったの! それで先輩方が親身に協力してくれて、ナコって名前に改名出来たの。ほら、これ住民票!」
改名出来たのか。
渡された住民票には奈子という名前が書かれていた。
良かった。でも、それはあなたの頑張りによるものだから、私に返す必要なんてない。
「ありがとう、吉田……じゃなくて奈子。出発、進行」
「ナコ!」
それからも、奈子は何度もこの空間を訪れた。
私は変わる気なんて無いのに。まぁ、傷ついてもう嫌だというなら、少しの間変わってあげても良いとは思ったけれど。
奈子は良い事があった時にしか来ないのだ。
「ナコ、その、社長の息子さんに、お付き合いしたいって言われちゃって、はいって返事しちゃって。よくランチ誘われるから、どうしてかなぁって思ってたんだけど……変わろうよ、ナコ。今、すごく、なんか、ドキドキするから」
「そう、帰れ。その社長ジュニア絶対離すなよ? 富める時も貧しい時も一緒にいなさいよ? はい出発進行」
「ナコ!」
うるさいなぁ。もう。
どうしていちいち戻ってくるのよ吉田。じゃなくて、奈子。
「ナコさん、本当にいいの?」
「うん。全然。さ、次の駅のアナウンスやってみなさい」
どれくらいの時が経ったかはまるで分からないけれど、私にも部下が出来た。
「まもなく、駅に到着します。こちらの駅ではお降りにならないようにしてください」
舌足らずな声が可愛い。なかなか降りる駅へたどり着かない子猫の少女を車掌にしてみたのだ。
ここにははっきりとした時間の流れはない。私にはそれが心地好かった。
ただ一つ、時の流れを感じさせる事は、奈子だけだった。
「奈子……どうやってここに来てるの?」
けんもほろろな態度を取っているつもりなのに、奈子はまた駅に立っていた。
高そうな白いワンピースを着ているのに、頭は羊のままだ。
「そんな事どうでもいいでしょう? ねぇ、ナコ、あの……結婚する事になって」
「え? よかったじゃない。てことはアレか。私が守るつもりもなく守り続けていた鋼の股もついに」
「ほ、他の人に聞こえる声で言わないで!」
全く。なんでいちいち報告しに来るかね。かつて私だった女の姿は随分と美しく見えた。
半袖のワンピース。かつての私の両腕両脚は見られた物ではなかった。自分でたくさん傷つけていたから。
自分をいたいけな女の子に擬えて、鬼の形相をした女にたくさん傷つけさせていた。
「吉田さん……じゃなくて奈子さん、お久しぶりです!」
「え? 子猫ちゃん、車掌になったの?」
「はい、助手みたいなものですけど」
「子猫ちゃん。こいつは乗せないからね。電車出して」
「え? は、はい。奈子さん、では。出発、進行」
子猫車掌の声と共に、電車が滑り出した。
奈子は尚も何かを叫んでいたが、聞こえはしなかった。
私はここでこの列車に乗り続ける。それが私にとっても、奈子にとっても大事な事なのだ。
どうして幸せを味わっているはずの奈子は再び吉田になりたがるのだろう。もう、そんな必要は無いのに。
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