第6話 途中下車

 私は吉田の願いを二つ返事で了承した。

 もし生きるとすれば、ここで職にありつけたという事実に満足している私よりも、何かをしなくてはと悩む吉田が現世に戻るべきだろう。


「あの、本当にいいの?」

「自分で望んでおいて何言ってんのよ? 出発、進行」


 虚空にいくつかの分岐ポイントが現れ、重たい金属音を立てて切り替わった。

 列車が向きを変え、今まで以上の速度で走り始めた。

 どこかへとむかって疾走する列車の中で、吉田はしばらく取り乱したような態度をとり続けていた。

 子猫頭の少女に落ち着いてと撫でられる吉田は新鮮だった。


「吉田、落ち着いてよ。もうすぐ着くんでしょう?」

「そうだよ吉田さん。楽しみだね!」


 少女は我が事のように楽しそうだ。お陰で自分が降りるべき駅からは遠くなってしまったかもしれないのに。

 列車はついに、駅へと滑り込んだ。

 相変わらずコンクリートの板だけのようなプラットフォームだけだったが、吉田はそこに降り立つと、私をじっと見た。


「ナコ……本当に、良いの?」

「ええ、もちろん」


 吉田は私のパンツスーツに着替えていた。


「じゃあ、本当に行くね」

「いいから行って来なさいよ!」


 正直、少しだけ罪悪感はあった。


「吉田、教えた事覚えてる?」

「ええと、手足の傷は驚かれちゃうから、なるべく長袖を着る事、両親は縁が切れているから関わらない事、本名は我慢する事……?」

「そう。本名は、ええと……」


 この意識が消えるまで思い出したくなかった。

 でも、これからの私は本当にナコだ。今までの自分は吉田にくれてやったのだから。


「……星女王と書いてむうんぷりんせすよ。もうそんな名前言わせないで。私になる事を選んだんだから、それくらいのリスクは負いなさいよ」


 親の無知と悪ふざけと暴虐が生んだ忌名だ。それが私の人生を滅茶苦茶にしてくれたのだ。

 書類が通るわけがない。


「うん。最初の目標は、お金貯めて弁護士さんに相談して、名前を変える」

「そうの通り。行ってこい! 辛かったら帰っておいで。出発、進行!」


 無責任な事をアドバイスしてしまった。バイトの面接すら変な名前と言われて通らない私が。

 でも、それが吉田の選択だ。

 列車のドアが閉まり、かつて吉田だった私を残して走り始めた。

 本当に私が生きているかなんて分からないけれど、それは吉田が生きていると言っていたのだから、そうなのだろう。


「ナコさん、嬉しそうな顔」

「そりゃ嬉しいよ。私は吉田からこの仕事奪ってやったんだからね。いつまでもここで走り続けてやるわ」


 吉田に全てを渡してしまった。驚くほど気が楽になった。

 全ての負担を吉田に渡したつもりはない。辛ければ吉田も帰ってきてくれれば良いのだ。

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