第28話『存在プレゼント』
今回のハニータイム、というか晩御飯の時間。
あれから、1カ月くらいの月日が流れた。
現在、魔王の椅子にはハートさんが座っている。
魔王の椅子に勇者が座っているのだから、魔族側としては面白くはないそうだが、そもそもあの椅子には2代続けて人間が座っていた歴史もあるし、ハートさんが「ぶっ殺しますよっ♪」と呼吸をするように笑顔で凄んでいるため、渋々言う事を聞いてるそうだ。
ちなみにこの「ぶっ殺す」は中ボスさんが教えたらしい。
そうそう、そのぶっ殺す魔王ことチャラ魔と中ボスさんも、どこかの田舎町で農業を始めたらしい。
仲は相変わらずみたいで、よく喧嘩もしてるみたいだけど上手くやってるみたい。
ディアは、時々家に来ては農業を手伝ってくれたり、うちの台所事情に大打撃を与える大食いを披露したりしている。
ただ、ハニーの失敗した創作料理も美味しく食べてくれるので、そういう時は助かっている。
師匠も相変わらずで、未だに家に引きこもっているらしい。たまに、漬物をタッパーに入れて持って来てくれる。
だが、その度にハニーに可愛いお洋服を着せられたり、ヘアアレンジをされており、帰る頃には可愛くなっているのが通例だ。
そしてハニーは僕の目の前で、野菜をちょっと嫌な顔をしながら食べている。
食べれるようになったと言っても、我慢すれば食べれる程度で味わっては食べれないらしい。
まぁ、それでもいいさ。
ハニーは僕がこの家を空けていた間も、農業や、家事をきっちりとこなしており、本当にここに来たばかりの頃とは信じられないくらい、嫁力が上がっていた。
「ハニーは色々出来るようになったよね」
「わたしなりに、頑張ってはいたって事よ」
「知らなかった」
「言わなかった」
「………………」
妙な口の上手さは健在である。
ハニーは「それにしても」と話を続ける。
「わたしの方を選ぶとは思わなかったわ」
わたしの方––––つまり、ハートさんではなくハニーの方という意味だろう。
「ほら、黒いのは料理上手だし、愛想もいいし、優しいし、なんでも出来るじゃない」
「そうだね、本当に何でも出来る人だったよ」
「どうして、わたしの方がいいのかしら?」
僕は少し考えてから、やっぱり何も思い付かなくて「分かんない」と答えた。
ハニーはそれを聞いて顔をしかめるわけでもなく、表情を曇らせるわけでもなく、尋ねる。
「じゃあ、わたしのどこが好きなの?」
「分かんない」
「わたしはこんなに魅力的なのに、好きな所を見つけられないなんて、ヤバいわよ」
多分そういう所が好きなのかもしれないと、僕は苦笑した。
「何笑ってるのよ」
「なんでもないよ」
「まぁ、別にどこが好きでも構わないわ」
「笑った顔は好きだよ」
「なっ、な、なっ、………………この、天然タラシ!」
「急に怒るなよ!」
「あなたね、急にデレ過ぎなのよ! 数カ月もツンツンしておいて急にデレ過ぎなのよ!」
ハニーはカリカリと謎に怒りながら、きゅうりの漬物をカリカリと嫌な顔をしながら食べる。
僕はそれを見て再び苦笑する。
「そういえば、初めて出した野菜もきゅうりだったね」
「魔王が隠遁生活してるなんて、予想外だったわ。しかもユーシェアトゥーバッツを狙ってたとはね」
「狙ってないだろ⁉︎」
「隠遁魔王の成り行きユーシェアトゥーバッツにならなくて良かったわね」
「勇者は倒さなかったけどね」
「あら、押し倒して仲間––––いえ、嫁にしたじゃない」
と、ハニーは自身のくちびるを触った。
「あれは、えっと……そのっ」
動揺する僕に対して、ハニーはからかうように微笑んだ。
その手元には、相変わらずちょっと安い指輪が輝いている。
そういえば、他の物を買ってあげた事が無かった気がする。いい機会だし、何か欲しいものがないか聞いてみよう。嫁さんにプレゼントをあげるなんて、きっと普通のことだろうし。
何より、ハニーが喜んでくれるなら僕も嬉しい。絶対に本人には言わないけど。恥ずかしいから。
「ねぇ、ハニー」
「何かしら、ダーリン」
「何か欲しい物とかないの?」
ハニーは少し考えてから、悪戯っぽく微笑んだ。この顔をする時は何か上手い事を言う時の顔だ。
「あなたの存在が最高のプレゼントよ」
「……Your "presence" is the best "present"(あなたの存在が最高のプレゼント)か?」
「excellent」
相変わらず上手い事言うハニーとの生活は、こんな上手い話があるかというくらい幸せで、充実している。
それこそまさに、蜜のように甘い日々である。
––––なんちゃって。
(了)
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