第20話『お手紙ハート』
現在僕は1人で農業に勤しんでいる。理由はハニーが「切った髪を片付けるから、先に行ってて」と気を利かせてくれた事に起因する。
まったく、ハニーも成長したものだ。ここへ来たばかりの頃は、農業はおろか家事さえ手伝ってくれなかったというのに……
思えばこの数ヶ月は、色々な事があった。ハニーが来て、ディアが来て、師匠が来て。
僕の人生を小説に例えるなら、今が1番面白いと言っても過言ではない。それくらい、最近は充実した日々を過ごせている。
そんな事をぼんやりと考えながら農作業をしていると、遠くから足音が聞こえてきた。
ハニーが来たのかと思い、顔を上げると、そこには1番見てはいけない人物が、こちらに歩み寄って来ていた。
真っ赤な赤いドレスに、栗色のふわふわとした髪、ぷるんとした厚い唇。いかにもな、歳上のお姉さん––––中ボスのお姉さんだ。
その人物の到来は、僕の隠遁生活の終わりを示していた。
中ボスさんは僕を見るとブラウン色の目を細め、ニコッと微笑んだ。
「やっほ〜、チビちゃん」
「僕はチビじゃない、周りがデカいだけだ!」
おっとりでぽわぽわとした口調。とても、魔族の人とは思えない。こんな人が魔王城、最強のモンスターだなんて誰も想像出来ないだろう。
外見を一言で表すなら、マブいだ。他にも表現する言葉は沢山あるだろうが、マブいが1番しっくりくる。
スタイルもハニーほどではないが、かなりいいし、身長も僕より人参一個分は大きい。
中ボスさんは何を思ったか、自身の額に手を当て、その手を僕の頭の上に伸ばした。
「あれあれ〜? チビちゃんったら、少し大きくなったかな?」
「ほんと⁉︎」
「うん、ほんと、ほんと、今日からは僕ちゃんって呼んであげるねぇ〜」
大きくなったと言われて、状況が状況なのに僕は喜んでしまった。
僕は彼女が何を––––いや、目的は分かってはいるが、それでも一応尋ねる。
「……何をしに来たんですか?」
「あっ、そうそうだった、そうだった〜。お姉さん、僕ちゃんにお手紙を持ってきたんですよ〜」
「えっ、僕の事を見つけたから連れ戻しに来たんじゃ……」
「え〜? なんでなんで〜? お姉さん、そんな事しないよ〜? そもそも、僕ちゃんがここに住んでるの、お姉さん知ってたしね〜」
となると、彼女は僕が逃げ出して、ここに隠れていて、それを知っていて、放置していた事になる。
「……どうして連れ戻さなかったんですか?」
「ん〜? だって、そっちの方がいいかな〜と思って」
掴み所がない。この辺は何となくあのチャラ魔と似ている気がする。
でもそのおかげで僕は隠遁生活が出来ていたとするならば、感謝すべきなのだろう。
中ボスさんは辺りをキョロキョロと見渡してから、「ところで〜」と話を変えてきた。
「あの、クソガキ––––じゃなくて、ぶっ殺すが口癖の魔王を見なかった〜?」
クソガキと聞こえた気もするが、そこには触れないでおこう。
中ボスさんは、前の魔王が居なくなった日に、こんなポワポワとした雰囲気からは想像も出来ないだろうが、それはそれは怒り魔王城を半壊させてしまった。その日から僕はこの人には絶対に逆らわないと誓ったものだ。
「この前、カジノで見ました」
「あらあら、随分とふざけた所に居ますね〜」
口調は柔らかく、言葉も丁寧だが目が笑っていない。中ボスさんの事を「クソババア」と呼んでいた事は絶対に言っちゃダメだ。
「おそらく僕ちゃんに会いに来ると思ってたんだけどぉ、まさかカジノとはねぇ〜」
中ボスさんは、笑ったままそう言った。目は笑ってない。
話題を変えた方が良さそうだ!
「あ、あのっ、さっきお手紙がどうとか言ってませんでしたか?」
「あっ、そうでした、そうでしたっ」
中ボスさんはそう言うと、懐からから白い封筒を取り出し、僕に手渡してきた。
「誰からですか?」
中ボスさんはその問いには答えずに、封筒を指差した。
その封筒は沢山のカラフルな星があしらわれており、女の子が女の子に渡すような可愛らしいデザインの封筒であった。
裏を返して見てみると宛名は僕の名前だ。差出人の名前は書かれていない。
封を丁寧に切り、丁寧に封筒を開くと、中にはこれまた可愛らしい便箋が一枚だけ入っていた。
便箋には、綺麗な文字ではなく、可愛らしい文字でこう書かれていた。
【お久しぶりですねっ♪
私との縁談の件、考えてくれましたかっ?
近々、顔を見せに伺いますので、その時にそのお話が出来たら嬉しいですっ。
あっ、そうそうっ、私最近アップルパイが作れる様になったんですよっ。
お口に合うか分かりませんが、今度ぜひ食べてみてくださいね。
ではではっ、短いようですがこの辺で。お会い出来るのを、楽しみにしていますねっ♪
ハートよりっ♡】
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