第17話『チャラ前髪』

 灰色のくすんだ髪に、なんだかよく分からない変なシャツ、変な色のズボン。シャツは見た事も無い文字で「ကျေးဇူးတင်ပါတယ်။」と書いてあるし、ズボンは右脚が赤色で、左脚が白だ。つまりヘンテコだ。ヘンテコだが、知っている。

 そう––––知っている、この男を知っている。見た瞬間に怒りが沸々と込み上げて来た。


「お前! お前なぁ! お前のせいで僕はなぁ!」


「おう、おう、元気に魔王やってるみてーだなチビ助」


 先代の魔王、ぶっ殺すが口癖の魔王だ。無駄にイケメンで高身長なのがムカつく。大体僕よりきゅうりを縦に並べて、2個分はデカい。

 魔王と言ったら、もっと邪悪な感じを思い浮かべるだろうが、コイツの外見を一言で言うならチャラい。とてもチャラい。

 他にも表す言葉は沢山あるだろうが、チャラいという言葉がとてもしっくりくる。要するに全然魔王っぽくない。チャラい魔王––––略してチャラ魔だ。

 あと僕はチビじゃない、お前がデカすぎるだけだ!


「おい、お前なぁ、こんな所で何やってるんだよ! はやく魔王に戻れよ!」


「魔王はおめぇだろ、ぶっ殺すぞ」


 しかしそんな気はないようで、チャラ魔は少し離れた所に視線を向ける。


「ありゃ、おめぇの彼女か?」


 その方角に目を向けると、いつの間にか師匠は僕から離れ、遠く離れた所からこちらを伺っていた。


「違うよ」


「『シン・ガリング』じゃねーか、伝説の」


「知ってるの?」


「そりゃな、俺より強いからな」


 5秒で魔王を倒せるという話は本当だったらしい。


「それで、おめぇはこんな所でなーにやってんだ、カジノで遊びに来たのかぁ?」


「そうだよ、欲しい景品があるんだ」


「ははん、さてはチビ助だから入れてもらえなかったんだろ」


「僕はチビじゃない、お前がバカみたいデカいだけだ!」


「ちょっと、来い」


 チャラ魔は僕の意見なんか聞かずに、僕の手を引っ張り、警備員さんの所に連れていった。

 警備員さんはチャラ魔を見ると、笑みを浮かべ、親しそうに挨拶をした。


「おや、今日もいらしたんですか?」


 どうやら、チャラ魔はカジノによく来ているらしい。そもそもカジノで遊んでる魔王ってどうなんだ?

 そんな事を考えていると、チャラ魔は僕の頭をポンポンと叩いた。


「このチビ助、入れてやってくれよ、俺のダチなんだ」


 僕は「違う、あと縮むから頭を叩くな」と言おうとしたが、警備員が「常連さんの頼みなら」と許可してくれたので、文字通り言葉を飲み込む。

 そしてチャラ魔は、得意げにキメ顔を決める。


「どうだ、チビ助、一個貸しだ」


「………………………………助かった」


 お礼なんて絶対言わないぞ。チャラ魔はそれを見て、ニヤリと笑う。


「それじゃあ、俺はもう行くからよ––––」


 だがそこでチャラ魔は一度言葉を切り、らしくない態度を見せる。言うならば余所余所しい。

 そして、僕に質問をして来た。


「……あのクソババアは元気かぁ?」


「クソババア?」


「中ボスのクソババアだ」


「クソババアじゃなくて、お姉さんだろ」


「そりゃ、外見の話だ、中身はクソババアだ」


 長生きという事なのだろうか。僕が魔王城に居た頃は、ちょっと怒りぽかった記憶がある。


「お前が居なくなって、怒ってたよ」


「けっ、いい気味だぜ」


「お前、早く魔王に戻れよ、僕に魔王なんて無理だよ」


「何言ってんだ、おめぇは魔王に向いてるぜ––––じゃ、頑張れよっ、と」


「おっ、おい! 待てよ!」


 僕の制止など聞かずにチャラ魔は、一瞬にして、姿をくらました。一体なんなんだ、アイツは。アイツは僕に魔王を押し付けて、遊んでいるのか。ムカつく!


「………………あのっ、大丈夫ですかっ?」


 いつの間か、僕の隣に来ていた師匠が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

 僕はため息をついてから「大丈夫だよ」と返事を返す。まったく嵐のようなやつだ。

 何はともあれ、不本意ではあるが、本当に不本意ではあるが、チャラ魔のおかげで僕と師匠はカジノの中に入る事が出来た。


 カジノに入り、受け付けのお姉さんに声をかけ、所持金をコインに交換してもらった。

 それほど多くはないが、まぁ、当たるか当たらないかなんて時の運だ。

 とりあえず、僕はスロットの席に腰掛けた。




 *



 結果だけ言おう。


 僕はもう、魔王的な強さで大勝ちし、お店の人に「もう勘弁してください」と言われてしまった。まったく運がいい日もあるもんだ。

 僕は大量に入手したコインを師匠に差し出した。


「……えっ、いいんですかっ?」


「もちろん、これで景品と交換してよ」


 だが、僕はここである事を思い付き、師匠に「ただし……」とある条件を持ちかけた。


「前髪を切ること」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………むぅ、分かりました」


 長い葛藤の末に了承してもらえた。これでカジノのレアアイテムゲットである。ハニーも喜んでくれる事だろう。

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