第16話『乾燥肌カジノ』
現在、師匠の作ってくれた豪勢なお昼を食べ終わり、ゆったりとしたお昼休憩の真っ最中だ。
師匠の作ってくれた昼食は普段僕が手早く作る簡単な物とは違い、それはそれは手の込んだ物となっていた。お皿が9枚も食卓に並ぶのは異常である。
しかも僕と師匠の分は普通で、ハニーの物は野菜抜きで。
つまり師匠は同じ料理を2度作った事になる。これはとても大変な事で、僕だったら絶対にやらない。
ハニーはそんな事も気にもせずに、「美味しい」と、これまた上品に全てのお皿を綺麗に平らげた。こんなに食べたハニーを見たのは初めてでもあった。ちょっと悔しい。
そしてハニーは食後の休憩と言う名の、お昼寝をするべく寝室へと向かった。これは見慣れた光景である。
だが、同時にチャンスでもある。
「師匠、ハニーの好きそうな物聞いてきたよ」
「ほっ、ほんとうですかっ?」
「うん、ウサギとか猫とか、可愛いものが好きって言ってた」
「ウサギに猫ですか……」
師匠はそう呟き、しばらく考えてから何かを思い出したかのように、「そういえば……」と話を切り出した。
「その、カジノの景品で、ウサギの形をしたレアアイテムがあると聞いた事がありますっ」
「カジノかぁ…………ちなみに予算は?」
師匠はポケットから可愛らしい財布を取り出す。そして中から小さな銀貨を1枚だけ取り出した。これだけあれば、スイカが半分は買えそうだ––––つまり、心許ない。
まぁ師匠は、職業勇者ではなく、職業ニートであり、引きこもりだ。そんな彼女に予算を求めるのは酷な話だ。
––––となると、問題は2つである。
第1にお金がない。第2に移動手段がない。カジノのある街は、この街から結構離れた所にあるのだ。
お金があったとしても交通費で全て無くなってしまうし、仮に交通費を工面出来たとしても、その街に行くのに、2〜3日はかかる。
それ程の期間この家を空けたら、ハニーに怪しまれるし、ハニーのご飯は一体誰が作るんだ。
––––いや、待てよ。
「その、質問なんだけどさ、カジノのある街に移動魔法でさ、僕も一緒に行けたりするの?」
「あっ……は、はいっ、大丈夫ですよ」
となると後はお金か––––仕方ない、僕の毎日の牛乳代から引くとするか。
「ならそのカジノに行ってみない? もし当たったら、それをあげればいいし、ダメならダメでさ、なんか露天とか見てみようよ」
「そっ、そうですねっ」
師匠から了承の返事が得られた。
僕はメモ帳を取り出し、メモに「出かけてくるよ」と書いて、テーブルに置いた。これでハニーが起きてきても、大丈夫だろう。
「では、手を……」
師匠はそう言うと、小さな手を差し出してきた。握れという事なのだろうか。
僕は黙ってその手を握ると、師匠は少しビクッと震えた。
「どうしたの?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………だっ、大丈夫ですっ」
いや、大丈夫ではない。しかし、師匠の「いっ、行きますっ」といううわずった声と共に、浮遊感を感じた。
何事かと目をパチクリさせると、瞬きをした瞬間に、まるで風景画集のページをめくるように景色が変わっており、目の前には豪華なカジノの看板がそびえ立っていた。
なるほど、これが移動魔法ってやつか。便利なもんだ。
辺りを見渡すと、僕が住んでいる街より活気があり、出店の数も多い。
「うわー、すごい人だ」
思わず思った事を、バカみたいに口走しってしまった。それ程までに人も多いし、密度が高い。
辺りをキョロキョロと見渡していると、ふいに袖を引っ張られた。師匠だ。
「どうしたの?」
「……あの、帰ってもいいですかっ」
「えっ? いや、まだ来たばかりだよ?」
「……その、人が––––えっと、人がいっぱいいるの苦手でっ」
そうだった。彼女は引きこもり勇者なのだ。心なしか、肩が震えている気もする。僕はその肩にそっと触れ、優しく声をかける。
「なら、1時間後とかにさ、この場所に迎えに来てよ。僕がその間に、ハニーへのプレゼントを探しておくからさ」
しかし、師匠は勢いよくブンブンと首を振る。
「……ダメですっ、ハニーさんへのプレゼントなので、シンも一緒にっ」
師匠はそう言いながら僕を見つめる。初めて目が合った。髪の毛の隙間から、大きなルビーのように輝く瞳が、僕を見つめている。ハニーの言った通りだ、物凄く可愛い。
それこそ、前髪を切れば、その可愛さはさらに際立つだろうに。
しかし、師匠は恥ずかしそうにさっと視線を逸らしてしまった。
僕もなんだか恥ずかしくなり、「なら、とりあえずカジノに入ろっか」と彼女を促した。師匠も無言でコクリと頷き、僕たちは揃ってカジノへと向かう。
––––が、入れなかった。なぜなら入り口で警備員さんに、こう言われてしまったからだ。
「子供は入っちゃダメだよ」
「僕は子供じゃない!」
おかしい、どこをどう捻れば僕を見て、『子供』なんてワードが出てくるのだろうか。警備員さんはきっと視力が悪いのだろう。眼鏡の購入をオススメするよ。
それに師匠を指差して『勇者だから入れてよ』なんて言ってみても、流石は誰も見たことがない伝説の勇者、「知らない」と突っぱねられてしまった。
しかし、そこに驚くべき人物が急に現れ、まるで久々に会う友達の様に、陽気に、そして軽快に僕に声をかけてきた。
「ようチビ助、しけた面してんなぁ、乾燥肌かぁ?」
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