第15話『兎リズミカル』
あの後、僕は師匠にさり気なくハニーの好きな物や、欲しい物を聞くと約束した。
そして、早々にそのチャンスは訪れた。現在僕は、朝食後日課ともなっている畑仕事に精を出しているのだが、なんとハニーが手伝ってくれているのである。
ディアが泊まった次の日、ハニーは何が思う所でもあったのか、農作業をしていた僕に対して、短く「手伝うわ」と声をかけてきた。
その日以降、ハニーはこうして農作業を手伝ってくれているのである。
麦わら帽子、デニム、長袖のシャツに、長靴。長靴さえ履き変えれば、そのままファッションショーにでも出れそうなくらい決まっている。農作業用の格好だと言うのに、何を着てもカッコいい。
「あらあらダーリンったら、わたしに見とれるのもいいけれど、目じゃなくて、手を動かしてね」
「やってるよ、ちょっと様子を見に来ただけだ」
ハニーの指摘通り、その容姿に見とれていた事は内緒にしておこう。
僕はさりげなく、そう、本当にさりげなく「今日の晩御飯、何がいい?」と聞くような感じで、ハニーに尋ねる。
「ハニー、好きな物ってある?」
ハニーは僕を指差した。
「あなた」
「それ以外で……」
「そうね、それ以外だと自分が好きよ。ちょー可愛い。わたし、ちょー可愛い」
「可愛いのは否定しないが、それはナルシストって言うんだぞ」
「こんなに可愛いかったらナルシストにもなるわ」
どうやら自覚はあるようだ。そして、ハニーのナルシズムは止まらない。
「ダーリンは本当にツイてるわね、こんなに可愛いわたしに惚れてもらえるなんて。一生付き纏われなさい」
「守護霊かよ⁉︎」
「それこそ、二人羽織のように常に一緒に居てやるわ」
「それでその大きな胸を、僕の背中に押し付ける気だろ」
「何を言ってるのかしら、わたしが前に決まってるじゃない。あなたは後ろからわたしの胸を支える係ね」
「はぁ⁉︎」
「重いのよね、これ。良かったわね、全人類が望む仕事が出来るのよ、自身を持ちなさい」
「持つのは胸だけどね」
カバン持ちならぬ、胸持ち。そう言うと、まるで僕の胸が大きいみたいではないか。
「報酬はいつも通りべろちゅーで」
「僕がべろちゅーでなんでもすると思うなよ、そもそもいつ通りって、それを報酬に提示されたの今回が初回だからな」
「わたしの舌の上で踊りなさい」
「上手い事言って誤魔化すなよ!」
「あなたの口内を犯してあげる、口内レイプよ」
「口内レイプって口内炎と発音が似てるよね」
「全然似てないわ、バカじゃないの」
「…………すいませんでした」
「くだらない洒落を言っている暇があったら、口じゃなくて、手を動かしてね」
僕もハニーみたいに上手いこと言ってみようとしたが、無理だったようだ。それどころか、ハニーに「ちゃんと農業をやってね」と諭されてしまった。
しかし目的は全然達していない。この数分で分かった事は、ハニーにはナルシストの自覚があるという事だけだ。
ならば、質問を変えてみよう。
「ハニーはさ、欲しいものとかあるの?」
ハニーは僕を指差した。
「童貞」
「せめて、さっきと同じで『あなた』の方が可愛げがあったと思うな!」
「なら言い直すわ、あなたが欲しい」
「それ以外で!」
「そうね、お城とか欲しいわね」
「一応持ってるんだよね、魔王城」
「そうだったわ、間違えたわ」
「間違えたってなんだよ……」
「ほら、わたしって突拍子もないことを言うキャラで定着してきてるじゃない」
「自分の事をキャラって言う時点で、概ね間違いではないと思うよ」
「それで『城が欲しい』って、ありきたりではない事を言ってみたのだけれど、『持ってる』って、返されてしまったわ」
「そりゃ、持ってるんだから、持ってるって言うだろう」
「あなた、モテる、モテるって何様のつもり?」
「魔王様だよ! それにモテるじゃなくて、持ってるだよ!!」
「モテるからって、浮気したら刺すわよ」
「刺すの⁉︎」
「何をそんなに驚いてるのよ、それこそ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして––––いいえ、魔王が伝説の剣に刺された様な顔をして」
「物騒な事言うなよ!」
「
「意味合い違うだろ……」
「あらバレてしまったわ、意外と賢いのね」
ハニーと僕は黙々と農作業をしながら会話をする。これがいつもの光景と言えば、それはおかしいものなのだが、これが日常で、通常運転なのだからしょうがない。
ハニーの話しは突拍子も無いものが多く、内容もよく分からないものもある。
だが、何となく聞き入って、付き合ってしまう。単純に話していると楽しいのである。
しかし楽しくても、相変わらず目的は遂げられていない。
ハニーは「さっきの話しなのだけれど……」と先程の話を蒸し返してきた。
「
「いいえ、キャラの話しよ。わたし自分の属性について考えたのだけれど、わたしってツンデレではなくて、デレデレよね」
「なんか溶けたみたいだな、デレデレって」
「でも時々ツンも入ると思うの」
自分で言うのもどうかと思うが、僕は「まぁ、入るな」と、とりあえず同意しておいた。
「だからね、デレツンデレだと思うのよ」
「リズミカルになったね」
「でもね、よくよく考えてみたら、わたしって巨乳属性にカテゴライズされると思うのよね」
「自分で自分の事を巨乳属性なんて言う人なんて、珍しいと思うよ」
「巨乳属性なんて沢山いるわよ、それこそ世の中巨乳属性だらけよ。小説の登場人物にだって、必ず1人は胸がバカみたいデカい人がいるはずよ」
確かに、ハニーの胸はバカみたいにデカい。どのくらい大きいかと言うと、ハニーのブラの方が僕の顔より大きい。ちなみにブラのサイズは「I65」と書いてあった。
「ちなみに、わたしのバストサイズは95よ」
「聞いてないよ、そんなこと!」
聞きたいのは、バストサイズではなく、欲しい物である。
もう単刀直入に聞くべきだろうか––––と思った矢先に、ハニーが「あっ」と声を上げる。
「どうしたんだ?」
ハニーは「ほら、あそこ」と言って、庭の外側を指してた。その方角に目を向けると、野良猫がこちらを見ていた。
しかし野良猫は、僕と目が合うとどこかへ行ってしまった。
「可愛かったわね」
「ハニーは猫が好きなのか?」
「そうね、可愛い物は好きよ、猫とかうさぎとか」
「うさぎねぇ…………」
猫や、うさぎの形をした小物とかが案外いいかも知れない。
「そろそろお腹が減ったわ」
「そうだね、お昼にしようか」
このハニーが「お腹が減った」と言うのが、お昼休憩の合図でもある。
今日は師匠がお昼を作ってくれるそうであり、ちょっと楽しみだ。
その時に今の話をしてあげることにしよう。
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