第13話『嘘つきスポンジ』

 お風呂––––それは湯船にお湯を張り、身体を洗う場所。基本的には1人用だが、別に複数人で入っても問題がない場所。

 僕は今その場所に居る––––と、いうか湯船に浸かっている。


 そして、扉の向こうではハニーの軽快な鼻歌と、衣服の擦れる音が聞こえた。

 なぜ僕が先に入っているのかと言うと、「女の子には準備があるのよ」だそうだ。

 しかし、その準備とやらには約30分程度かかっており、僕は既に頭も身体も洗い終わっていた。なので、こうして湯船に浸かっている。

 良く考えたら、ハニーの事を待たずに出ればよかった。だが、もう遅い。

 なぜなら、お風呂場の扉が開きハニーが入って来たからだ。タオルなど巻かずに全裸で。

 鏡の前でポーズを決め、自身のスタイルの良さを見せびらかすように、文字通り胸を張りながら、自信満々に入って来た。風呂場で全裸ファッションショーをするな。

 僕は咄嗟にハニーから視線を逸らし、文句を口にする。


「せめて隠してよ……」


「わたしの身体に隠すような場所なんて無いわ、スタイルいいから。まぁでも、ダーリン以外の人に裸を見られるような事があれば、世界を滅ぼすけどね」


「世界を人質にするような事案なの⁉︎」


「それくらい、わたしはガードが硬いのよ」


 ハニーはそう言いながら、シャワーの蛇口をひねる。真っ裸の人が言うセリフではない。色々矛盾している。

 ちなみに僕はハニーの方を見ない様に下を向いている。しかし、彼女はそれが不満だったようで、ハニーのアピールタイムが、聞いてもいないのに勝手に始まった。


「わたしは胸が大きいわ。それにウエストはキュッとくびれているし、手足も長いわ。これはむしろ見ないとわたしに失礼よ、ダーリンは失礼なやつね」


「僕がおかしいの⁉︎」


「そもそも、おっぱいなんて見慣れているでしょ。毎日、わたしのを見てるでしょ、大体6秒に1回くらいの割合で」


「瞬き並みの頻度だと⁉︎」


「夜も寝ぼけてよく揉んでるし」


「トラブル起きてる⁉︎」


「胸ばっかりいじって…………焦らしプレイのつもりかしら?」


「逆に僕は今、言葉責めされてるよね」


「嬉しい?」


「嬉しくない!」


「いいえ喜びなさい。あなたはわたしの胸を揉んだ唯一の存在よ」


「意識ないけどね」


「本当は起きてるんじゃないのかしら?」


「寝てるよ! 成長期だからね! 睡眠は大事だからね!」


「ダーリン、あなたの第二次成長期はもう終わったのよ、諦めなさい」


「人は成長する生き物だ!」


「ほんとダーリンたら可愛いわね、べろちゅーしてあげるわ」


「その愛情表現は歪んでいる!」


「じゃあ耳に」


「やめてよ⁉︎」


「まさかファーストキスが、ダーリンの耳になるなんて予想外だったわ」


「そうだよ、せめて口にしとこうよ」


「まぁでも、ファーストキスはダーリンの性感帯と言えば、案外悪くないわね」


「耳を性感帯と表現するのは、不適切だ! そもそも、人の耳を性感帯に認定するな!」


 ハニーはクスクスと笑いながら、シャンプーを5回ほどプッシュした。どうやらまーたからかわれたらしい。

 僕は相変わらず下を向いている。正直首が痛い。


「ねぇ、わたしとダーリンは今お話をしているのよね」


「そうですね」


「目を見て話すのが、わたしはお話しをする際の暗黙のルールだと考えているのだけれど?」


「恥ずかしがり屋なんだよ」


 ハニーはため息をつくと「まぁ、いいわ」とシャンプーを泡だて、髪を洗い始めた。


「…………なぁ、なんで急に『一緒に入ろう』だなんて言い出したんだ? いいお嫁さん作戦なのか?」


「あの子の話しをする為よ。結局泊めてるしね」


「ダメだったか?」


「いいえ、問題ないわ。この家の家主はあなただもの」


 あの子、つまりは伝説の勇者、『シン・ガリング』僕は彼女に会った事がない。

 それは彼女が魔王城に来た事もなければ、当然お見合いなんてのもした事がないからで、完全に初対面なのだ。

 ハニーは彼女の事をある程度知っているようだし、内緒話をするのにお風呂場はうってつけって訳か。

 いや、声が響いて反響しているからそうとも言い切れない。しかし、ハニーはそんなことも御構い無しに話を切り出した。


「彼女はね、実は本当に伝説の勇者に相応しい実力があるの」


「………………どういう事?」


「彼女には歴代でも最高と言われている才能があるわ」


「要するに、普通に勇者としてもすごいって事?」


 ハニーは髪をシャカシャカとではなく、ポンポンと叩く様に洗いながら、その問いに答える。


「服を家から持ってきたって言ってたでしょ?」


「うん」


「あれね、一瞬で家に帰って持って来たのよ」


「移動魔法ってやつか」


「そうよ、きっと家の中にもそれで入ったんだと思うわ」


 勇者が使う魔法の類に、そんなのがあると聞いた事がある。でも待てよ、ハニーも勇者じゃないか。


「ハニーは出来ないのか?」


 ハニーは蛇口をひねりながら、「わたしは見た目だけだし」と答えた。


「なら、ディアも出来ないのか?」


「出来るけどあの子は、多分走って来たわね」


 心の中でディアの「走ってきました!」という声が再生され、妙に納得してしまった。

 ハニーがシャワーで髪を洗い流し始めたので、そこで一旦会話は中断する。

 僕は下を向いていたため、首が痛くなり、上を向き首を伸ばした––––が、顔にシャワーでお湯をかけられた。


「何するんだよ!」


「今ならわたし目をつぶってるから、見放題よ」


「いいよ、別に」


「なら、後ろを向くから、髪を洗い流してもらえるかしら? 湯船に浸かったままでいいから」


 僕はその位ならと、ハニーの方を向いた。ハニーと目が合った。


「引っかかったわね、ハニートラップよ」


「ハニートラップ禁止!」


「大丈夫よ、髪で見えないから」


 確かに見えはしない。だが、ハニーの大きな胸はそれでも隠しきれておらず、濡れた髪が胸に張り付き、動くと今にも見えてしまいそうである。

 と、いうより揺れている。呼吸をするだけで揺れている。


「ダーリンも人並みには、スケベなのね。安心したわ」


「そんな所で、胸をなで下ろさないで欲しいな!」


 僕の視線にハニーは気が付いたのか、怪しい笑みを浮かべる。


「ほら、もっと欲望に正直になりなさい。揉んだり、舐めたり、つねったり、挟んだりしなさい」


「だから、なんでいつも命令形なんだよ!」


「それはわたしが偉い––––じゃなくて、エロいからよ」


「言い直さない方が良かったと思うなぁ……」


 話が一向に進まないどころか、大きく脱線してしまっていた。とにかく話を戻そう。


「それで、彼女の話しはどうなったんだ?」


「裸の男女が一緒にいるというのに、他の女の話をするの?」


 僕はため息をついたが、流石にハニーも「冗談よ」と僕に背中を向けた。

 すごい、背中側から見ているのに、大きな胸が脇腹からはみ出している。

 僕はシャワーを受け取り、ハニーの髪にゆっくりとお湯を当てながら尋ねる。


「師匠はどの位強いんだ? 中ボスさんくらい?」


「例えるなら、神と言っても構わないレベルね」


「…………冗談だろ?」


「本当よ、彼女が家から出れば魔王なんて5秒で瞬殺と言われていたわ」


「引きこもりでよかった!」


「もしくは5秒でオトされるわね、異性として」


「恋愛マスター⁉︎」


「あの子、可愛い顔してるのよ」


「前髪が長くてよく見えなかったよ」


「恥ずかしがり屋さんなのよ、勇者会議でもわたしとしか話さなかったし」


「ハニーはなんだかんだで、対人スキル高いもんな」


 今日も雑貨屋のおばちゃんと、仲良く話していたしね。

 僕はハニーの髪を泡が残らない様に、ゆっくりとすすぐ。

 それにしてもハニーの髪は一本、一本が、透き通るように滑らかで軽い。手に乗せると、スルッと滑り落ちてしまう。


「ハニーその、髪綺麗だね」


「ありがとう、知ってるわ。でも、褒めてくれるなんて意外だったわ、嬉しい」


「あっ、いや、その……」


 あまりの綺麗さに思わず、「綺麗」と口走ってしまった。それほどまでにハニーは美しい。

 僕は誤魔化すように、ハニーに「終わったよ!」とシャワーヘッドを渡した。

 その後ハニーは、そのままトリートメントを髪に馴染ませる。ハニーが雑貨屋さんでタダで貰った少し高いやつだ。


「また流そうか?」


「わたしの髪に触りたいのね、いいわよ」


 あながち間違いではないかもしれないと思いながら、僕は再びシャワーを受け取り、ハニーの髪を丁寧にすすいだ。


「…………はい、終わったよ」


「ありがとう、それじゃあ次はあなたの番ね」


「僕はもう洗ったよ」


「どうせ、いつも適当に洗ってるんでしょ。せっかくだから、今日はわたしが綺麗にしてあげるわ」


「そんな事はない」


「こっちに来ないと、そっちに行くわよ」


「…………分かったよ」


 物音でハニーが椅子から立ち上がり、ドア付近に移動したのが分かった。

 僕は仕方なく湯船から上がり、椅子に腰掛ける。

 背後から怪しい視線を感じる。


「あの、ハニーさん?」


「問題」


「唐突だな」


「ハニーさんは今何を考えているでしょうか?」


「そんなの分からないよ……」


「ヒント」


「助かるね」


「赤ちゃんの名前」


「それは答えって言うんだよ! そもそもそんな事考えなくていいよ!!」


「男の子なら、ヤマト、女の子ならナデシコにしましょう。2人合わせて大和撫子よ」


「ネーミングセンスいいな、おい!」


「ナデシコちゃんは間違いなく、ロリ巨乳になる運命ね」


「ちょっと待て、ロリはどこから出てきたんだよ⁉︎」


「ほら、そろそろ洗うから静かにしてね」


「僕がわめいてるみたいに言うのはやめろ!」


 ハニーは「はいはい、すいませんー」と悪びれもなく謝りながら、ボディーソープを3回ほどプッシュした。


「なんか、多くない?」


「よく泡だてた方がいいのよ。あ、大丈夫よ、安心して。胸をスポンジ代わりにして、背中を洗ったりしないから」





 *




 結果だけ言おう。ハニーは嘘つきだ!

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