伝説の勇者

第11話『合鍵ヒール』

「素敵……」


 ハニーは、自らの薬指にはめられた指輪をうっとりと眺めていた。


「安物だぞ」


「いいのよ、あなたから貰えたら、例え折り紙の指輪であろうとわたしにとっては大切な物になるの」


 ハニーはそう言いながら微笑んだ。

 先日のディアの件もあり、思い切って結婚指輪を購入した。安物ではあるが、ハニーはとても喜んでくれた。まぁ、他の勇者を欺くための安い出費だ。


 それからハニーにはいいお嫁さんなどを演じずに、普通に振舞ってもらう事した。

 下手にやればまたボロが出るだろうし、ハニーは普通にしていても、見た目だけは魅力的だからな。


 今日のハニーは白色のブラウスに、腰の所がコルセット状になっている黒色のハイウエストのスカートを着用していた。相変わらず何を着ても、ムカつくくらい似合っている。

 ハニーは僕の視線に気が付いたのか、小首を傾げる。


「わたしが可愛すぎて、死にそうなの?」


「人はそう簡単に死にません」


「この格好、『童貞を殺す服』っていうのよ。あなたは童貞なんだから、死なないとおかしいわ………………はっ、まさか⁉︎ わたしの知らないところで⁉︎」


「そんなことは断じてない!!」


 否定する僕に対し、ハニーは肩を落とす。


「じゃあ単純にこの服が気に入らないのね……」


「いや、そんな事は––––」


「脱ぐわ」


 ハニーは僕が言い終わる前に、いきなりそう言いながらスカートに手をかけた。


「ここで脱ぐなよ!」


「あら、もしかして裸よりちょっと服を着ていた方が好きな人なの? それとも衣服に劣情を感じちゃうタイプなの?」


「そんなタイプは知りません」


「大丈夫よ、ダーリンがわたしの下着をこっそりくんかくんかしていても、見ないフリをしてあげるわ」


「そんな事はしません」


「そう、わたしはよくしてるわ」


「はぁ⁉︎ やめろよ⁉︎」


「何故かしら? 何故わたしが、わたしの下着の匂いを嗅ぐのをやめる必要があるのかしら?」


「えっ、いや、その……」


「それとも、まさかわたしがあなたの下着の匂いを嗅いで喜んじゃう変態だとでも思ったの?」


 その通りである。そう勘違いしてしまった為、口ごもってしまった。とにかく否定しておこう。


「いや、そんな事は……」


「ご明察、その通りよ、バレちゃったわね、わたしは変態です。わたしはダーリンの下着の匂いを嗅いで喜んでしまう変態です」


「そんなカミングアウトは聞きたくなかったよ!!」


「冗談に決まってるでしょ、嗅いでないわ、こっそり穿いてるだけ」


 ハニーはそう言うと、片手でスカートをめくった。


「それ僕の下着だろ⁉︎」


 ハニーは「大正解」と微笑みながら、めくったスカートから手を離し、今度はスカートの中に手を入れ、モゾモゾとし始めた。


「この下着、フィット感が無くて落ち着かないわ、返すわね」


「だから、ここで脱ごうとするなよ!」


「ついでにもう一つ白状するわ。わたしダーリンを見てると興奮しちゃうショタコンなの」


「僕の事をショタと言うのをやめろ!」


「最初はそんな性癖なかったのだけれど、わたしはダーリンの事が好きなのだから、わたしがショタコンだという事実に疑いの余地はないと思うの」


「余地だらけだよ! 僕はヨチヨチ歩きの子供じゃないんだよ⁉︎」


「よちよち、じゃあ脱ぎましゅね」


「ちょっ、待っ––––」


 ハニーは僕の制止も聞かずに、ゆっくりと僕の下着を脱いだ。

 そしてその脱ぎたての下着を僕に差し出す。


「はい、わたしの脱ぎたてほかほかパンツ。嗅ぎなさい」


「命令形⁉︎ そもそもその下着、僕のだからね⁉︎」


「なぁに、不満なの? 分かったわ、直接本体の方をくんかくんかしたいのかしら、いいわよ」


「いや、だから違っ––––」


 ハニーはまたまた僕の制止を聞かずにスカートを今度はめくるのではなく、両手でたくし上げた。が、ちゃんとレース生地のショーツを穿いていた。


「引っかかったわね、ハニートラップよ」


「いや、隠せよ! 見えてるよ!」


「あら、洗濯する時に嫌というほど見てるじゃない」


「それとこれとは話しが別だろ⁉︎」


「なら、やっぱり着ていた方が好きなんじゃない」


「最初と意味が変わってるだと⁉︎」


 ハニー・チャーミングは、クスクスと可愛らしく微笑んだ。今日も僕はいいようにからかわれている。

 ディアがこの家に一泊した日から、1ヶ月くらいの月日が流れた。

 僕がこの場所に潜伏している情報が出ているとはいったものの、正確な場所までは特定出来てはいないようで、いまだ他の勇者は現れない。

 潜伏場所を変えようとも思ったが、これはお財布の事情により無理だ。

 それにこの街が結構気に入っていたりもした。

 僕は買い物袋を持ち、ハニーに「行くぞ」と声をかける。

 ハニーは「分かったわ」と僕の隣に来ると腕を絡ませてきた。しかし、なんだか違和感がある。


「なんか、デカくない?」


「揉みたいの?」


「そっちじゃない! 身長だ!」


 ハニーは「あぁ」と納得すると、自身の足元を指差した。ヒールを履いている。


「………………ヒールは履かないでくれ」


「小さなダーリンにとって、ヒールは文字通り、悪役ヒールね」


「その一言で、精神的なダメージを受けたよ!」


「なら、回復ヒールしてあげるわ」


 ハニーはそう言うと、しゃがみ込み、僕の耳に息を吹きかけた。


「はぅんっ……」


「やっぱり、耳が弱いのね」


「………………弱くない」


「耳に『ふーっ』てされちゃうと、ゾクゾクしちゃうタイプだったのね」


「してない」


 否定した途端、ハニーが再び耳元に接近してきた為、僕は早足で玄関へと向かった。





 *




「あら、ハニーちゃん、今日もべっぴんさんだねぇ」


「ありがとう、"お姉さん"もとても綺麗よ」


「やだっ! ハニーちゃんったら! ほら、これ持っていきなっ!」


 ハニーは雑貨屋の"おばちゃん"から、今日もおまけを頂いていた。本当に口上手である。

 ちなみにハニーが来る前はこうだ。


「あら、お使いかい? えらいねぇ、ほら、これも持ってきな」


「お使いじゃない、お買い物だ!」


 全くどこをどうすれば、『お使い』なんて単語が出てくるのだろうか…………。

 僕はその時の事を思い出し、ため息をついた。


「あら、ダーリンため息なんてついたら幸せが逃げちゃうわよ」


「じゃあ、捕まえといてくれ」


「あら、もう捕まえてるじゃない」


 首を傾げる僕に対し、ハニーはいつものキメ顔を決める。


「わたしを1日中見てればいいじゃない、それで幸せになれるわ」


「自己評価高すぎだろ!」


 無駄口と軽口を叩きながら、軽い足取りと、重い足取りで帰路に着く。

 理由は僕が荷物を持っているからだ。別にいいさ、すぐ家に着くしね。しかし、ハニーは不満なご様子だ。


「本当に持たなくて大丈夫? 重さで縮まない?」


「縮まないし、大丈夫」


「あ、なら戸を開けてあげるわ、鍵を出して」


 僕は両手の荷物を上げて見せた。


「なら、鍵を勝手に取るわね、ポケットかしら?」


 ハニーはそう言うと無遠慮に、僕のズボンのポケットへと手を突っ込んで来た。


「ちょ、ハニー!」


「大丈夫、握らないから」


「どこをだよ⁉︎」


「それとも握った方がいいの? 期待してるのかしら?」


「鍵は首からぶら下げてるから、ポケットから手を抜いてよ!」


「ちびっ子…………じゃなくて、鍵っ子ってやつね」


「僕はチビじゃない、周りがデカいだけだ」


 ハニーは「はいはい、そうでちゅねー」と僕をバカにしながら、首からぶら下げている鍵を外した。


「合鍵作った方がいいかもね」


「要らないわ、わたしはダーリンと一緒じゃなきゃお外に出られない、束縛されたい系女子だから」


「作るね」


「あら、いいのかしら?」


「何か問題があるのか?」


「いいえ、無いわ。わたしとダーリンの愛の巣の扉を開く、愛鍵ね」


「やっぱり作るのやめようかな」


「まぁ、わたしはどっちでもいいわ。任せる」


「分かった」


 結論は見えないまま家に着き、ハニーは鍵を使って戸を開いた。

 ハニーは先に入って、「おかえりなさ––––」と僕に言いかけるが、室内の何かを見て、言葉を飲み込んだ。

 何事かと思い、僕も急いで室内を見ると、特に変わった様子はない。


 …………と、思ったが、突然、あたかも最初からそこに居たかのように、まるでお留守番をしていたかのように、"見知らぬ少女"が緩かな口調で出迎えた。


「あの、おかえりなさい………………魔王さん」

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