第9話『哀笑メイト』

 唐突に言い放たれた一言はめちゃくちゃではあったが、確信を付くものであった。

 僕は動揺を悟られないように、彼女から視線を外さずに尋ねる。


「…………どうしてそう思ったんだ?」


「お二人とも結婚指輪をしていないので、おかしいなと思いました!」


 僕は少し考えてから、反論した。


「………………そういうのもあるんだ。ほら、農作業の邪魔だろ?」


 言い訳だ。確かにそうだ、迂闊であった。新婚の、それもラブラブ夫婦なら、結婚指輪は必須だ。

 しかしそんな失態は序の口とでも言わんばかりに、ディアの言及が始まる。それこそ、ディアが名探偵で、僕が犯人役となる配役の推理小説の如く始まる。


「魔王とハニーさんはよく一緒に料理をするのですか?」


 全くしない。が、今日のハニーは朝食、昼食と、料理の出来はともかく、手伝ってくれてはいた。なら、嘘に真実を混ぜるのがいいだろう。


「基本は僕が作るが、時々手伝ってくれるよ」


「ではなぜ、エプロンが1つしかないんですか?」


 言い返せない。エプロンが1つしかないのは、僕しか使わないから。ハニーは料理をしないので、エプロンは必要ない。

 何も言えずにいると、ディアが「それから……」とさらに追求してきた。


「ハニーさんは、お皿の置いてある場所を知らないんですか?」


 知っているわけがない。ハニーは料理をしなのだから。今日、初めて料理をしたのだから。

 にかわ仕込みのニセモノ夫婦は、詰めが甘く、詰んでしまった。

 そして、要領不足の勇者、ディア・メイトは確信に迫る。


「ハニーさんは魔王と暮らし初めてから、日が浅いのではないでしょうか?」


 言い訳は出来る。否定する事は可能だ。

 それこそ、別に一緒に暮らし始めてから日が浅い事は、なんの問題も無いわけで。

 だが、ここまでの彼女の指摘は全て的を得ており、真実だ。

 推理小説などで指摘を受けた犯人の言い訳は、外から見ている分にはそれはそれは滑稽なものだと思ったものだが、自分でやってみると、まさにそんな光景となっていた。

 これ以上言い訳を続けるのは見苦しい。観念するしかない。


「………………よく気が付いたな」


「ふふん、かし子なので!」


 ディアはそう言いながら胸を張り、エメラルド色の瞳を輝かせた。

 僕は彼女の母親が言った、「本当は賢い」の意味をなんとなく理解する事が出来た。

 "要領不足の勇者"に、要領など必要なかったのだ。

 要領、つまりは「物事をうまく運ぶための手順」を飛ばして、いきなり答えに辿り着ける。例えるなら計算の途中式を書かずに、いきなり答えを用紙に書くようなものだ。

 彼女が魔王城でいきなり最深部に潜り込めたのも、それが関係しているのだろう。


 僕はディアにハニーとの関係を話した。




 *




「ほうほうっ、つまりはニセモノ夫婦だったんですね!」


「そうだ、騙して悪かったな」


 謝罪する僕に対するディアの反応は、それは、それは、あっけらかんとしていて、意外なものであった。


「何が悪いんですか?」


 暫しの沈黙。


「えっ、いや、ほら、僕はハニーと夫婦と偽ってディアの結婚の申し込みを断ろうとしたから……」


「でも魔王は、ハニーさんを大好きなんじゃないんですか?」


「え?」


「はい?」


 暫しの沈黙。


 わけが分からない。誰かこの状況を説明出来るやつがいたら、今すぐここに連れて来て説明して欲しいものだ。

 ディアに僕とハニーが「ニセモノ夫婦」だとバレて、僕とハニーの関係も先程説明したはずだ。

 それがどうして「僕がハニーを好き」になるんだ?

 全く意味が分からない。

 ––––まさか、僕がハニーの事好きだと思われてるのだろうか? それなら否定しないと……


「あのな、僕はハニーとも結婚したくないんだ」


「でも魔王はハニーさんと話している時、楽しそうにしてるじゃないですか」


「そりゃ、ハニーは冗談が上手いし、実際話していると楽しいよ」


「それって好きって事なんじゃないですか?」


 僕は先程ディアが言っていた事を思い出した。話していると楽しい。好きの価値観や基準なんて、千差万別だ。

 ディアは「好き=話していると楽しい」なのだろう。


「あのな、僕は話してると楽しいから好きってわけじゃないんだぞ」


「ではどうすると好きなんですか?」


「その質問は僕には難し過ぎるよ…………」


「あたしは魔王と話していると楽しいです! だから、魔王城によく会いに行ってたんですよ!」


「はぁ⁉︎ 魔王討伐に来いよ!!」


「それこそ、魔王と遊ぶために足しげく魔王城に通ったというものです!」


「友達かよ!」


「友達––––そう、魔王にとってはそうなっちゃいますよね」


 ディアは、そう言って変な顔で笑った。言うならば、哀笑あいわらい。切なくて、それでも笑っている。

 辺りを見渡すと、だいぶ日が落ちて来た。太陽が沈みかける黄昏の時、昼間でもなければ、夜中でもない時間。


 夕日に照らされたディアのポニーテールは透き通るように綺麗で、天使の髪のようであった。

 彼女は、エメラルド色の瞳で僕を見つめると、チラッと家の方に視線を向ける。

 ハニーが来たのかと思い、僕もそちらに目を向けるが、あの傲慢で豊満な女性は見当たらなかった。

 ディアはゆっくりと僕に視線を戻し、真っ正面から僕の瞳を見つめる。


「周りの人から、バカだ、バカだと言われるわたしですが、魔王はそんな事は言わずに、いつも同じ目線で接してくれましたね」


「それは身長が同じくらいだからだろう」


 僕の自虐的は発言にディアは「そうですねっ」と目を細め、微笑んだ。その瞳からは強い意志を感じ取る事が出来た。

 ディアは「でも……」と含みを持たせて、少し溜めてから、話しを続ける。


「…………あたしと話している時より、ハニーさんと話している時の方が…………その、魔王は楽しそうに笑います」


 ディアは、笑いながらそう言った。


「魔王と一緒に居られるなら、それでもいいって思ってましたが、ちょっとあたしには無理かもしれません……」


 ディアは笑いながらそう言った。


「ハニーさんの『いいお嫁さん作戦』は大成功でしたね! あたしはハニーさんに嫉妬してしまいました」


 ディアは僕から視線を逸らし、クルッとターンをして後ろを向いた。


「あたし、魔王の事は諦めます!」


「………………………………そうかい」


 暫しの沈黙。僕は彼女のポニーテールをジッと見つめる。どこを見ればいいのか、分からない。基準点が曖昧だ。理由は、分からない。

 ディアはこちらを振り向かずに、声を絞り出すようにして、尋ねる。


「でも時々、時々でいいから––––遊びに来てもいいですか?」


「構わないぞ」


「では今日からは…………………………親友ですね!」


 声はハッキリとしていたが、どことなく夕日と同じようにおぼろげで、霞んで聞こえた。

 僕の知らない所で、僕の分からない所で、要領不足の勇者『ディア・メイト』は最短で答えを出し、最速で結論にたどり着いた。


 その答えとは、親友になること。ポジティブに聞こえるはずのワードが、この時だけは悲しくもあり、儚く聞こえた。

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