第8話『迷いトイレ』


「あれ、昼食は魔王が作るんですか?」


 不思議そうな表情をするディアに僕は「あぁ」と返事を返してた。

 ハニーが料理ダメなのは今朝のパンで学習済みだ。

 僕はハニーが今朝使っていたエプロンを着けて、昼食を作り始めた。


「手伝うわ」


 ハニーがいつもは絶対に言わない一言を言ってきた。

 昼食作りを手伝う「いいお嫁さん作戦」なのだろう。

 しかし、ハニーに料理を任せるのは危険な為、僕は別の事を頼む事にした。


「なら、お皿を出してくれるか? 底の浅いやつ」


「どこにあるのかしら?」


「ティーセットの下だ」


 ハニーは「分かったわ」と頷きながら、お皿を取りに向かった。

 僕は手早くベーコンを切り、炒める。パスタとかなら早く出来そうだ。カルボナーラならハニーも食べれるしな。

 テキパキと準備進めていると、ディアが鼻をヒクヒクとさせながら、近くに寄ってきた。


「美味しそうですね!」


「カルボナーラだ」


「魔王はよくパスタを作るんですか?」


「そうだな、結構作るぞ。お昼とかは手軽でいいしな」


「通りで手際がいいと思いました!」


 ディアはお皿を探しているハニーをチラリと見る。


「ハニーさんもパスタ好きなんですか?」


「野菜を入れなければね」


「ハニーさん、野菜嫌いですもんね!」


 遠くから「うるさいわねっ」とハニーの声が聞こえた。

 僕は苦笑しながら、「もうすぐ出来るから、大人しくしててな」とディアに声をかける。


「かしこまりっ」


 ディアは元気に返事を返すと椅子を引き、ちょこんと腰掛ける。

 それを眺めていると、やっとハニーが戻ってきた。


「はい、お皿持ってきたわ」


「ありがとう」


 僕はお皿を脇に置き、パスタを茹でながら、ハニーに尋ねる。


「カルボナーラでいいか?」


「構わないわよ」


「じゃあ、後はすぐ出来るからディアと一緒に待っていてくれ」





 *




 お昼ご飯を食べ終えた僕とディアは少し休憩した後に、農作業へと戻っていた。お昼過ぎという事もあり、ポカポカとした陽気に当てられ少し気分もいい。

 僕は黙々と作業するディアに声をかけた。


「飽きたら、やめてもいいんだぞ」


「あっ、いえ、大丈夫です!」


「お昼ご飯は足りた?」


 ディアは「満腹です!」とお腹を叩いてみせた。

 このディア・メイト、背丈は僕と同じくらいなのに、とてもよく食べる。ハニーのおかげで食費には大分余裕があったためなんとかなってはいるが、もし彼女が居なかったらと考えると胃がキリキリとしてきた。


「お腹痛いんですか?」


「いや、大丈夫だ」


 お腹を押さえていた為、ディアに心配されてしまったようだ。僕は「なんともない」とお腹を叩いて見せた。


「なら、いいのですが……」


「そういえば、ディアが魔王城で迷子になってた理由もトイレだったな」


「あの時は本当に駆け込みトイレでしたよ!」


 ディアは腕を走るように振って見せた。当時の僕は、勇者が来た時は魔王城の最深部にある椅子に座っているように言われていた。なんでもそこが1番安全らしい。

 中ボスさんも、その一つ前の区画にスタンバイしていた。

 ディアが魔王城に来た時も、僕は言われた通りその場所に向かおうと思ったのだが、道中でディアに遭遇してしまった。

 その時の第一声は「魔王! 覚悟!」ではなく「トイレ!」であった。僕はトイレじゃない。


 それにしても僕がいた場所は、魔王城の最深部であったはずなのに、どうしてディアはそんな所まで入ってこれたのだろうか?


「なぁ、ディアって魔王城に来た時さ、結構奥の方まで来てたよね?」


「そうなんですか?」


「自覚ないのかよ……」


「なんか適当に歩いてたら、分からなくなっちゃいました!」


「適当に歩いて、辿り着けるなんてある意味才能かもな」


「かし子なんで!」


 ディアはそう言いながら「にぱっ」と笑ってみせた。

 僕はディアに、前から気になっていた事を尋ねる事にした。


「なぁ、なんで僕と結婚したいんだ?」


「そりゃ、魔王と話してると楽しいからですよ!」


 何ともディアらしい理由であった。そう考えると、僕はハニーと本当に結婚すべきなのかも知れない。話してると楽しいから。

 だが、断るのが難しい理由でもある。僕も話してる分には楽しいし、昨日も言ったが別に嫌いなわけでもない。

 嫌いな所を探す作業は簡単だと言うが、案外難しいものである。


 それなら、ハニーの方が見つけやすいものだ。野菜は残すし、家事は手伝わないし、態度はデカいし、夜になるとなんか色っぽいし…………


「なんかへんな顔をしてますよ?」


「そんな事はない」


「鼻の下が伸びてますよ?」


「そんな事はない」


「男の人はエッチな事を考えると、鼻の下が伸びると聞いた事があります」


「そんな事はない」


「さっき魔王が昼食を作ってる最中にハニーさんが言ってましたよ、『ダーリンは胸ばっかり見るのよ』って」


「そんな事はない」


「それにこんな事も言ってました、『ダーリンは背はちっちゃいけど、あっちは大きいのよ』と」


「僕はちっちゃくない、周りがデカいだけだ」


「ところで、あっちってどっちですか?」


「ハニーの言う事は聞いちゃだめだ、教育に悪い」


 僕は深い溜息を付く。ハニーのいいお嫁さん作戦は絶賛稼働中なようだ。ある事、ない事––––いや全部ない事だ。そのない事をディアに吹聴しても意味が分からないのでは意味がない。

 正直ハニーには申し訳ないのだが、彼女は戦力外だ。いや、むしろ余計な事はせずに黙って座っていてくれた方がいい。

 そうすれば誰だって彼女が最高のお嫁さんだと思うはずだ。


「何をうんうんと頷いでいるのですか?」


「いやな、ハニーはいつも一言多いと思わないか?」


「そうですか? あたしはハニーさんが何を言っているのか分からない時があります」


 俺は「気持ちは分かる」と頷きながら、同意した。ハニーは話をややこしくする天才だ。

 ディアはそれを聞いて少し考える仕草を見せる。


「今度はなんだ?」


 この問いに対し、彼女は、要領不足の勇者は、話の流れをぶった斬るように、意外な一言を言ってのける。

 その一言は、顔面に横からサイドアッパーを食らったかのように衝撃的であった。


「どうして魔王とハニーさんは夫婦ではないのに、一緒に住んでいるんですか?」

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