第7話『豊満ユーモア』


 僕はディアを連れて畑へとやってきた。今日は天気も良く、畑仕事をするにはもってこいな日である。

 僕の畑はそんなに大きくはない。畑の周りを歩いて一周しようと思ったら、2〜3分程度で回れてしまう。

 しかし1人でやるにはこのくらいの広さが、丁度良かったりもするのだ。


 僕は倉庫からクワを2つ取り出し、ディアに1つ手渡した。


「なんですか、これ?」


「これはな、クワと言ってだな、こうやって土を耕すんだ」


 僕は実際に土を掘り返して、耕す所をやってみせた。ディアはそれを見て、首を傾げる。


「それをするとどうなるんですか?」


「土が柔らかくなって、植物が根を張りやすくなるんだ」


「ほうほう、またかし子になってしまいました!」


「その、かし子ってなんなんだ?」


「お母さんが良く言ってました、『ディアは本当は賢い子なんだよー』って、よく分からないんですけどね!」


 要領不足の勇者は、時にこう言われる事がある。『バカな勇者』と。

 否定はしない。バカと言う言葉が、『理解の度合いが足りない』という意味を指すのならば、『ディア・メイト』は結構なバカである。

 彼女の母親が、どういう意図、どういう意味でその言葉を贈ったのかは僕には見当は付かない。


 しかし、『バカとハサミは使いよう』という言葉がある。

 ディアは間違いなくバカなのだが、勇者としての能力は高く、体力的な事ならおそらくトップクラスだろう。

 他の事を気にせずに一心不乱に物事に取り込めるのは、一種の才能である。

 つまり畑仕事をするにあたって、彼女は最強の勇者と化す。


 僕は彼女に畑を耕す手順を、丁寧に説明することにした。


「この土を掘り返すのを1列やって、終わったら次の列に移動して同じ事をやるんだ」


「ほうほう、簡単ですね!」


「もちろん疲れたら休憩していいし…………いや、30分たったら声を掛けるから、そしたら休憩にしようか」


 ディアは元気に「かしこまりっ」と答え、クワを片手に土を掘り返し始めた。

 さて、僕も向こうで収穫を始めるとしますか。




 *




 30分後、僕は後悔した。なぜなら、僕の畑には隕石が落ちたかのような大穴が出来ていたのである。


「なんじゃこりゃあ––––––––––––⁉︎」


「あっ、魔王! 畑耕しました!」


 ディアは大穴の底から上を向き、にぱっとした笑顔を浮かべた。穴はディアの身体が丸々入るくらいには深い。


「掘り過ぎだよ!!」


「おやおや、クレーマーですか?」


「クレーマーじゃなくてクレーターだよ!」


「その言い回しは、ハニーさんみたいですね!」


 確かにその通りだ。僕は額に手を当てて、溜息をつく。とりあえず、頭を冷やそう。


「…………休憩にしよう、上がってこれるか?」


 ディアは「もちろん!」と元気に答えると、ぴょーんと大ジャンプをして穴から出てきた。

 怒る気は無い。ディアは僕の頼んだ事をやってくれたのだから、今回はディアの要領不足ではなく、僕の説明不足だろう。

 ハニーなら、「穴掘りを頼んだら、文字通り墓穴を掘ったわね」とでも言うのだろうか。


 僕はディアを、いつも休憩する時に座っているベンチに案内した。持ってきたランチボックスからタオルを取り出し、水で濡らし、絞ってからディアに手渡たす。


「ほら、これで手を拭いて」


「顔も拭いても?」


「親父か! まぁ、僕も拭くけどさ……」


 僕とディアは2人でベンチに腰掛けながら、おしぼりで仲良く汗を拭いた。

 その後にディアに鉄製のカップを渡し、中に冷たいお茶を注ぎ込む。


「どうぞ」


「ありがとうございます!」


 ディアはお茶を受け取ると、美味しそうにお茶を一気に飲んだ。


「疲れたか?」


「全然! もうひと穴くらい掘れますよ!」


「そいつは頼もしい。ただ次は同じ箇所を掘るのは1回だけにしようか……」


「かしこまり!」


 元気に返事を返すディアに、僕は「マカロンもあるぞ」とディアに、ランチボックスの中身を見せた。


「魔王は気が利きますね! さては、モテますな?」


 僕は「かなりね」と苦笑いをしてみせた。ディアはマカロンをもう一つ取ると、笑顔でそれを口へ放り込む。


「美味いか?」


「そりゃ、もう! マカロンを常備しているなんて、魔王はおもてなし上手ですね!」


「それな、実はハニーが買ったんだ」


 実はこのマカロンは、ハニーが来客用にと購入したものである。よほど、きゅうりがお気に召さなかったと見える。

 だが、今まで来客なんて無かったのだから仕方ない。

 ディアはマカロンをまたまた手に取るが、今度は食べずにそれを見つめていた。


「どうしたんだ?」


「魔王は、どうしてハニーさんが好きなんですか?」


「へっ?」


「ですから魔王は、どうしてハニーさんが好きなんですか?」


 唐突な質問に思わず上ずった声が出てしまった。

 しかし、この質問に上手く答える事が出来たのなら、ディアは僕の事を諦めてくれるかもしれない。

 僕は「そうだな……」と空を見上げながら、考えを巡らせる。ハニーの好きな所、良い所…………

「見た目がいい」なんてのは理由にならないだろうし、仮にそうだとしても言うべきではない。

 見た目だけ勇者、ハニー・チャーミングの好きな所は…………


「自信がある所かな」


「確かにハニーさんはいつも自信満々ですね」


「傲慢なくらいにね」


「あら、わたしは傲慢じゃないわ、豊満よ」


 上を見上げるとまさにその通り、ハニーの豊満な胸が僕の頭上に影を作っていた。


「ハニー! びっくりするじゃないか」


「随分と、大きな穴があるわね」


 ハニーはそう言って、ディアの掘った穴を指差した。

 ディアは「頑張りました!」と元気よく答えた。


「頑張り過ぎよ」


「魔王にも褒められました!」


 ハニーはディアのその言葉を聞くと、マカロンを1つ取り口に運ぶ。

 そして僕を見ながら「甘いわね」と呟いた。


「マカロンが?」


「"あなたが"よ」


「魔王って、甘い味がするんですか⁉︎」


 僕は「しないから」とディアを諭す。ハニーは大穴を掘ってしまったディアを、怒らなかった僕の事を"甘い"と言ったのだろう。

 ハニーはもう一度大穴を見ながら、何か思い付いたように口角を上げる。


「穴掘りを頼んだら、文字通り墓穴を掘ったわね」


 ほらね、やっぱり言った。僕はニヤリとハニーのように口角を上げた。


「何笑ってるのよ」


「君はどうしてそんなに冗談が上手いんだ?」


「あなたより、ユーモアがあるだけよ」


「You more? (あなたより?)」


「excellent」


「2人の会話はなんだか、難しいですね」


 ディアは不思議そうな顔で、僕とハニーの顔を交互に見ていた。

 そういえば、ハニーは何をしに来たのだろうか? もしかして……


「ハニー、畑を手伝ってくれるのか?」


「違うわよ」


「じゃあ、何で来たんだ?」


「ほら、もうすぐお昼じゃない。あなたが居ないと、お昼ご飯が食べられないわ」


 普通なら"食べられない"の理由は、「ご飯は出来ているけど、あなたが一緒じゃないから、いただきますが出来ないわ」になるのだろう。

 しかし、ハニーの"食べられない"の理由は「あなたがご飯を作ってくれないと食べれないわ」になる。


 まったく豊満なハニーの来訪理由は、とても傲慢である。

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