第6話『ハニーモーニング』

 翌朝、目が覚めるとベッドにハニーの姿は無かった。まさか本当に出て行ってしまったのかと焦ったが、クローゼットにはハニーが持って来た沢山の衣服が入ったままだ。


 いつもならハニーは僕が起きた後も、僕の事を抱き続けて中々起きないのだが、今日のハニーは違っていた。

 なんと台所で朝食を作っていたのである。


「おはよう、ダーリン」


 ハニーはそう言いながら、ウインクをして見せた。どうやら、昨日言っていた「いいお嫁さん作戦」をしているらしい。

 ハニーは僕が普段使っているエプロンを着てはいるが、僕が着るのとは天と地ほどの差がある。髪もディアに対抗してか、ポニーテールにしていた。

 流石は見た目だけ勇者、台所に立つその姿は、紛れも無い美人の嫁さんである。彼女は料理の手を止め、ニッコリと微笑んだ。


「可愛い? ありがとう、知ってるわ」


「まだ、何も言ってないぞ」


「この姿の事をわたしは『ポニーテールと乳』と呼んでいるわ」


「はいはい、朝から冗談は勘弁してくれ……」


「そう、なら可愛くないのね、早起きして準備したのに……」


「ありがとうございます、とっても麗しいです」


 ハニーは「それでいいのよ」と頷きながら、料理に戻る。が、何か思い出したように「そうそう……」と話を続ける。


「メイトさんを起こして来てちょうだい」


「なんでだ、寝かせておいた方が……」


「わたしが料理してる所、見せなくてどうするのよ」


 その通りだ。せっかくハニーが良妻を演じてくれているのだから、それを見てもらわなくては、ハニーの努力は無駄になってしまう。

 僕はもう一つのベッドルームへと向かい、ドアをコンコンとノックした。


「ディア、起きてる?」


 数秒待つが、返事がない。もう一度ドアをノックしてみた。


「朝食が出来たから、一緒に食べないか?」


 やはり返事がない。一緒躊躇ったが、ドアノブを下ろし、中をコッソリと覗いてみた。寝ている。

 近付いてその寝顔をまじまじと覗き込んだ。勇者にしてはあどけなく幼い顔立ちである。もう少し寝かせてやるべきなのかもしれないが、ハニーが怒りそうなので僕はディアの肩を揺らした。


「朝食出来てるぞー」


「ふみゅ……………………はっ、魔王!」


「朝だ、起きろ」


「どうして、あたしの目の前に魔王がいるんですか!?」


「そりゃ、家に泊まったからだろ」


「そういえば、そうでした!」


「朝から元気だな…………朝食が出来てるから、食べるか?」


「もちろん!」


 ディアは寝起きだというのに、ぴょーんとベッドから跳ね起きると、勢いよくリビングへと駆けて行った。「顔くらい洗ったらどうだ?」と言うべきだったかもしれない。

 何はともあれ、僕もその後に続いてリビングへと向かう。ウキウキ気分で。


 実はハニーの作った料理が気になってはいた。ここへ来てからハニーは料理なんて一切やらなかったのだが、ハニーも一応は女の子だ。あの素敵な料理姿からはきっと素敵な料理が出て来るのだろう。

 先程までは気が付かなかったがコーヒーの良い香りも漂って来ている。これは期待出来そうだ。


 しかしリビングに入ると、テーブルの上に何かを挟んだ食パンが並べられている光景が視界に飛び込んで来た。

 僕は顔をしかめてみせたが、ハニーは自信満々のキメ顔である。


「自信作よ、冷めないうちにどうぞ」


「冷めてるのは、ハニーの愛じゃないの⁉︎」


「失礼ね、これがわたしの全力よ」


「これがいわゆる夫婦漫才というやつですね!」


 ディアが面白そうに的確なツッコミを入れながら、席に着いた。ハニーの料理センスはまったく気にしてないご様子だ。

 僕は溜息をつきながらディアの対面の席に座ると、ハニーがコーヒーを淹れてくれた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 匂いは悪くない。しかし飲んでみると物凄く濃かった。僕は思わずむせてしまった。


「けほっ、けほっ…………ハニー、これすっごい濃いんだけど」


「知らないの? 薄めて飲むのが流行りなのよ」


「新しい流行を作るなよ!」


「はぇー、知りませんでした!」


 ディアは感心して頷いていた。僕はディアに「あのお姉さんの言う事は聞いちゃだめだ」と諭す。

 ハニーは怪訝そうな表情をしながら、「早く食べたら」と食パンの乗ったお皿を叩いた。

 仕方ないので1つ取って食べてみた。中には、レタスが一枚だけ挟まっていた。


「ハニー、これ何……」


「レタスパンよ、ほら、ダーリン野菜好きでしょ」


 確かに好きだが、これは料理ではない。せめてハムくらい挟んで欲しいものである。

 反対にディアはというと、レタスパンを美味しそうにパクパクと食べていた。さては、なんでも美味しく食べられるタイプだな。

 僕は再びパンを取る。今度は何かを塗ってあるようだ。


「………………蜂蜜?」


「さすがねダーリン、大正解。ダーリンの好きな物をいっぱい入れておいたわ」


「いや、嫌いではないけどさ……」


「ハニーパンよ、わたしだと思って食べてね」


「……………………そうだね」


 僕は無言でハニーの作ったパンを頬張った。はっきり言ってハニーの「いいお嫁さん作戦朝食編」は大失敗である。

 そしてディアはまたもや、蜂蜜パンを美味しそうに「ハムハム」と頬張っていた。

 しかし何かに気が付いたのか、手を止めた。


「あの、ハニーさん」


「何かしら?」


 小首を傾げるハニーに対して、ディアはハニーの胸元を指差した。


「そのエプロン、魔王のですか?」


 ハニーは短く「借りたの」と答えた。ディアは納得したのか、数回頷く。


「なるほど! それにしてもハニーさんは、エプロン姿でも綺麗ですね!」


「わたしみたいな美人は、何を着てもサマになるのよ。だから様を付けて呼んでもいいのよ」


「ハニーサマー? なんか暑そうですね!」


 僕は2人の会話に苦笑しながらハニーパンならぬ、蜂蜜を塗っただけのパンを食べる。蜂蜜がダマになっており、満遍なく塗られていない。

 しかし、ディアはそんな事気にしてないご様子でバクバクとハニーパンを頬張る。

 もしかしたら、僕が神経質なだけなのかもしれない。

 反対にディアは、おおらかなのだろう。「あたしとも結婚すれば」なんて言い出すのだから、懐は広いのかもしれない。


 だが、これは大問題だ。


 ハニーが如何にいいお嫁さんだと見せようとしても、無駄になってしまう。向こうは重婚前提で来ているのだから。


「好きじゃない」とか「君とは結婚出来ない」なんて言っても無駄であろう。というか、それらの言葉は何度もお見合いをした時にも言った言葉だ。当然ハニーにも。

 なのに彼女達は僕の事を諦めもせずに、連日の様に求婚を続け、僕はそれが嫌でこうして隠遁生活を送っているのである。


「…………ダーリン、具合が悪いの?」


「へっ?」


 ハニーに突然顔を覗き込まれ、変な声を出してしまった。


「難しい顔をしていたわよ、大丈夫?」


 僕は「大丈夫だ」と薄めたコーヒーを飲みながら返答した。

 どうやら先程考えていた事が顔に出てしまい、難しい顔をしてしまったらしい。

 ハニーはそれでも心配なのか、僕の額に手を当てる。


「熱は…………無いみたいね」


「だから、大丈夫だって」


「そう、安心したわ。だってあなたが居ないと晩御飯に困るもの」


「………………そうですね」


 ちょっと心配してくれた事を嬉しくも思ったりしたが、ハニーの心配は晩御飯の心配であった。

 朝食を食べ終わった僕は、食後の運動代わりに、畑仕事をしようと席を立つ。

 すると先程まで無言で朝食をパクパクと一身に食べていたディアが僕の袖を引っ張る。


「どうした、足りないのか?」


「あ、いえ。ご馳走さまです! お腹いっぱいです!」


 そりゃ、そうだろう。僕はパン2枚、ハニーは1枚、ディアは5枚だ。


「じゃあ、何だ、結婚ならしないぞ」


「あ、いえ、そうではなくてですね…………1泊2食の恩返しに何か手伝います!」


 ディアはエメラルド色の瞳を輝かせながら、鼻息をまるでドラゴンのように「ふんすっ」と鳴らす。

 その意気込みと心遣いは、農家にとってはありがたい事だ。


「なら、畑仕事を手伝ってもらえるかな?」


「もちろんおっけーです!」


 ちょうど新しい畑を耕そうと思っていたため、人手が欲しかった所だ。ハニーは手伝ってくれないしな。

 そう考えると、重婚も悪く………………いや、ダメに決まってるだろ!


 とにかく、畑仕事をしながらディアにどうやって諦めてもらうか考えないと……

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