第4話『菓子子マカロン』

 扉を開くと、そこにいたのは元気に弾むポニーテール姿の少女であった。


 背格好は僕よりみかん一個分ほど小さく、ワンピース姿のハニーとは違い、銀色の甲冑に、見たことも無い光輝く剣を携えている。

 そして剣と同じくらい輝くブロンドの髪を後ろでまとめ、キラキラとしたエメラルドの瞳をパチクリとさせている。

 まさに、これぞ勇者といった出で立ちだ。


 この少女の名前は『ディア・メイト』通称"要領不足な勇者"だ。

 その言葉の通り、要領が悪い。1度物事を始めたら1つの事しか出来ない。2つの事を同時にこなす容量が足りていない。

 カップラーメンにお湯を入れたら、3分待っている間に"3分待っている"以外の事が出来ないのだ。その3分間の間に、飲み物を注いだり、箸を用意したり、本を読みながら待つ事が出来ない。


 つまり『ディア・メイト』は、要領が悪く、容量不足な勇者なのだ。

 今回も、僕を探すという目的を一心不乱に実行し、達成したのだろう。


「ディア、どうしてここが分かったの?」


「あたしはかし子なので! 賢い子と書いてかし子です!」


 説明になってない上に、真反対な自己評価を教えられた。

 それでも彼女は嬉しそうにピョンピョンと跳ねながら、「魔王! みーっけ!」と体全体で喜びを表現していた。ジャンプをすると、僕より身長が高くなるで正直やめてほしい。

 僕は室内の椅子に座るハニーに視線を合わせる。

 ハニーは先程同様、天使の微笑みを浮かべていた。いいお嫁さんを演じるつもりなのだろう。

 ディアもハニーに気が付いたのか、僕の脇腹からひょいっと室内を覗く。


「誰かと思えば、ハニーさんじゃないですか!」


「こんにちは、ダーリンに何か用かしら?」


「あ、あたし、魔王と––––」


「とっ、とりあえず、中に入っろっか!」


 僕はディアを室内に入るように促した。いくらなんでも外で「魔王、魔王」言われたらたまったもんじゃない。夜も遅いしな。

 ディアをハニーの対面の席に座らせ、僕はハニーの隣に腰掛ける。

 するとハニーはこれ見よがしげに腕を組んできた。


「ちょっ、ちょっと」


「なーに、何か問題でもあるのかしら?」


「いや、無いけどさ……」


「それで、メイトさんはうちのダーリンに何か御用かしら?」


 少しぎこちなかったかも知れないが、完璧である。明らかに仲の良さそうな男女、さらに一緒に住んでいる。

 これらの情報から導き出される答えは、ほとんどの人が「恋仲」と答えるだろう。

 しかし、ディアの返答は予想外のものであった。


「魔王と結婚しようと思ってまして!」


 まるで目の前で起きた出来事から、回答に到達していない。ハニーもそれを理解したようで、追撃をかける。


「なら、残念ね。彼はわたしと結婚したの。ほら、ダーリンも言ってやりなさい、『結婚なんて結構です』って」


「一々上手いこと言うなよ!」


 僕のツッコミにハニーは微笑み、反対にディアは不思議そうな表情を浮かべていた。


「どうしたんだ?」


「なぜハニーさんとは結婚して、あたしは結構なんですか?」


「それはほら、僕はハニーが好きだから結婚したからであって……」


 僕は自分で言っていることが恥ずかしくなり、言葉を途中で飲み込んでしまった。しかし、意味は伝わっただろう。


「では、あたしの事は好きではないと言うのですか?」


「いや、嫌いなわけではないけれど……」


「なら、問題ないじゃないですか! あたしとも結婚すれば!」


「いや、問題だらけでしょ!!」


 僕は思わずハニーと顔を見合わせた。ハニーは眉間にギュッとシワを寄せる。しかしすぐに微笑み、ディアを説得し始めた。


「あの、メイトさん…………この人はわたしの事が大大だーい好きなの、だからね、その、諦めて貰えないかしら?」


「イヤです!」


 即答であった。ハニーは苦笑いを浮かべる。


「………………わたし、お茶淹れてくるわね」


 逃げたな。しかし、ハニーがお茶を淹れると薄いのである。僕はディアに断りを入れ、ハニーの代わりにお茶を入れる事にした。


「ハニーを手伝ってくるよ。そうだ、お茶菓子があるけど食べる?」


「食べます! 菓子子なんで!」


「こっちも、上手いこと言い始めた⁉︎」


「かし困りました?」


「いや、困ってはいないけどさ……」


 僕は嘆息しながら、戸棚からマカロンを取り出した。ハニーの時みたいにきゅうりを出すわけにはいかないので、買っておいたのだ。


「どうぞ」


「マカロンじゃないですか!」


「好きなだけ食べていいから、大人しくしててな」


「かしこまり!」


 僕は苦笑いを浮かべながら、テーブルを離れ、戸棚の前でティーカップを選んでいるハニーに声をかける。


「僕が淹れるよ」


「当たり前でしょ」


「いや、当たり前って––––」


 ハニーは僕のくちびるに指を当て「しー」と、僕の口を塞ぐ。

 そしてディアの方をチラリと見ると、小声で囁いた。


「どうするのよ、あの子全然引かないじゃない……」


「参ったな、打つ手なしだ」


「………………こうなったら、長期戦ね」


 ハニーはそういうと、僕にマグカップを渡し、ディアにある提案をした。


「ねぇ、メイトさん。今日泊まる宿は決まっているのかしら?」


 ディアはブンブンと元気よく首を横に振った。


「なら、家に泊まったらどうかしら?」


 僕は「何言ってるんだ」と、ハニーに目で訴えるが、ハニーは知らんぷりだ。反対にディアは一切考えもせずに頷いた。


「では、泊まって行きます!」


 その返答を聴くとハニーは、僕に近付き耳打ちしてきた。


「1日かけて、わたしの方がいいお嫁さんだと見せつけてやるわ」


 なるほど、確かにいい作戦かもしれない。僕は「乗った」と親指を立てて見せた。

 夜も遅いしな。知り合いが訪ねて来て、泊めない理由もない。


 こうして、要領不足な勇者『ディア・メイト』は家に泊まる事になった。

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