要領不足の勇者

第3話『お澄ましスイカ』

「あの、ハニーさん」


「ダーリン、わたしとあなたは夫婦なのだから、さんは要らないと思うわ」


「は、ハニー…………晩御飯が出来たよ」


「あら、ありがとう」


 結論から言おう。見た目だけ勇者は本当に見た目だけだ。料理、家事、洗濯、おまけに農業、全て僕が1人でこなしている。

 もちろん、最初からそのつもりだったし、ハニーが来る前もそうしていたのだから、これといって困った事はない。

 ハニーは毎日、毎日、農業をする僕を眺めていたり、料理をする僕に話しかけたり、本当に何もしない。

 ただ、買い物にだけは毎回一緒に来てくれた。


「あっ、買い物ならわたしも一緒に行くわよ」


「別に、家に居ても大丈夫だよ」


「わたしが一緒の方がいい事あるじゃない」


 その通りである。店のお魚屋さんや、お肉屋さんは、ハニーと一緒に買い物に行くといつもおまけを付けてくれるのである。


「おっ、チビ、今日もべっぴんの嫁さんと一緒か!」


「僕はチビじゃない、周りがデカいだけだ」


「こんにちは、お肉屋さん。この前いただいた、お肉、とても美味しかったわ」


 お肉屋さんは今日も嬉しそうに、おまけを付けてくれた。美人は得である。

 ハニーのおかげで食費は大分浮いており、2倍に増えるはずだった食費は、むしろ減ってさえいた。

 おまけにハニーはとても目利きでもあった。市場に行った日の出来事である。

 僕がお魚を選んでいると、ハニーは1匹の生魚を指差した。


「あれね、あれがこの店で1番イキがいいわ」


「どうして分かるんだ?」


「わたしは見た目もいいけど、見る目もいいの」


 実際その通りであり、市場の人もハニーの事を目利きだと褒めていた。

 そんなわけで、今日も僕は文句も言わずに2人分の晩御飯をこしらえた––––野菜少なめで。

 理由は彼女が野菜嫌いだからである。農家のプライドがボロ雑巾の様にズタボロである。

 そのため僕は、彼女に野菜を好きになってもらう事を個人的な目標として勝手に設定した。

 今日のチャレンジは野菜スープである。しかし、その結果は……


「なぁに、このスープ、彩り鮮やかで不味そう」


「いや、多分美味しいと思うんだけど……」


「それを決めるのはあなたじゃないわ、わたしよ」


 彼女はそう言うと一口だけ、スープを飲んだ。


「スープは美味しいわ。でも、出汁に用はないわ」


「野菜のこと出汁って言うのやめて⁉︎」


 彼女の野菜嫌いは、出汁は大丈夫だが、直接はダメといった感じなのだろう。

 今後のために野菜のどこがダメなのか聞いてみよう。


「なぁ、野菜のどこが嫌いなんだ?」


「栄養が無いところよ」


「いや、あると思うんだけど……」


 彼女はゆっくりと僕を指差した。


「小さい」


「僕は小さくない、周りがデカいだけだ!」


「野菜ばっかり食べてるから小さいのよ。お肉を食べたわたしは、ほら––––」


 ハニーはこれ見よがしげに、胸を寄せた。


「大きいわ」


「そっちのお肉は関係ないだろ!」


「わたしは胸もデカければ、態度もデカいのよ」


「確かに大きいけどさ、いや、大きいけどさ……」


「ほら、これダーリンの物なのよ、触りなさい」


「命令形⁉︎」


「胸の大きさを誰かに指摘されたらこう言うわ『この人に育てられました』って」


「確かに野菜は育ててるけど、育乳はしてないぞ」


「なら、わたしの胸はさしずめスイカップね。ほら、ここに種も付いてる」


 彼女はそう言うと、胸元をチラリと僕に見せてきた。


「それは種じゃなくて、ホクロだろ!」


「美味しかった?」


「どうして、過去形なんだよ⁉︎ まだ、食べてもいないだろ⁉︎」


「えっ、食べる気だったの、嬉しい」


「墓穴を掘っていただと⁉︎」


 ハニーは楽しそうにクスクスと笑った。どうやら、からかわれていたらしい。

 彼女がこの家に来てから、10日ほど経つ。未だ他の勇者は現れない。そのおかげか、僕はハニーと楽しい生活を送る事が出来ていた。そう、結構楽しいのである。人と話すのが久々なのもあり、会話は弾む。

 ハニーはスープを飲み終わったのか、スプーンをテーブルに置いた。


「ごちそうさま、スープは美味しかったわ」


 と、言ってはいるものの、お皿は空になっていない。


「野菜残ってるぞ」


「ダーリンにあげるわ、ほら草食系魔王って有名じゃない。それとも今夜から肉食系になって、わたしを食べちゃうのかしら?」


「なんでだよ! 食べないよ!」


「毎晩一緒に寝てると言うのに、ダーリンったら何もしてこないだなんて、わたしちょっとプライドが傷付くわ」


「人の事抱き枕にしておいて、よう言うわ!」


「ちょうどいいのよ、サイズ感が」


 僕はため息をつきながら、ハニーの残した野菜を食べるため、お皿を引き寄せた。

 ハニーは毎晩僕の事を抱き枕がわりにしており、おかげで寝れたもんじゃない。

「ベッドルームは2つあるのだから、別々でいいだろ」と言った所、「夫婦なんだから一緒に寝るものでしょ」と押し切られ、僕は毎晩彼女の大きな胸を押し付けられている。

 まったく、何を食べたらこんなに大きくなるのだろうか? その大きさ分の面積を、僕の身長にプラスしてもバチは当たらないと思う。


「今何か失礼な事考えてたわね、その小さい脳みそで」


「僕は小さくないし、脳みそも人並みだ!」


「ふぅーん、でもダーリンの目線はわたしに釘付けね。ついでに口付けもどうかしら?」


「接吻をついでって言うなよ! もっと大事にしろよ!」


「大事にしてるわ、でも使い所はココだと思うの」


「それって––––」


 ハニーは身を乗り出し、僕の口に人差し指を当てた。


「外に勇者が来ているわ」


 僕とハニーは素早く目配せをして、事前の打ち合わせを思い出す。勇者が来たら、ラブラブカップルのフリをして、勇者に僕の事を諦めてもらう。

 いささか気は乗らないが、ここでの暮らしを守るためにはやるしかない。

 覚悟を決めると、それを待っていたかのように、扉を「コンコン」とノックする音が室内に響いた。夜分遅くに失礼な勇者だ。

 僕は「はーい、今開けます」と返事をかえしてから、ハニーと2回目の目配せをした。

 するとハニーはとても上品な澄ました笑顔を浮かべており、いかにも綺麗な奥さんを貫き通す構えだ。

 僕はそれを見て苦笑してから、栓抜きを外し、扉を開いた。


「やっと見つけましたよ! さぁ、あたしと結婚するのですっ!」





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