第73話 不気味な有名雑誌

 二〇一一年一月末、渚沙は、フミたちの実家への攻撃を恐れる気持ちを捨て切れないまま、約二ヶ月半滞在の予定で帰国した。 


 ナータのいった通り、フミたちからはなんの音沙汰もないが、渚沙は実家で思い悩んでいた。

 自称聖人のフミに、トラタ共和国の生き神の公式サイトが乗っ取られた事件に、未だに翻弄されていたのである。

 ナータの言葉をSNSで更新したり、翻訳したり、やることは山ほどあったが、渚沙は精神的ストレスでほとんど何の仕事も手に着かない。うつの一歩手前だと思う。親に心配をかけまいと、自分の苦悩を悟られないようにするのも辛い。


 渚沙の実家は自然の多い快適なリゾート地にあるが、もともと仕事人間の渚沙にとって、家でパソコンの仕事をしていると一ヶ月もすれば耐え難くなってくる。職場らしい職場が好きなのだ。家と職場は別のほうが気持ちにメリハリがつくからだろうか。特にこの時は、渚沙自身が動いて状況を変えなければ、精神状態が悪化することを自覚しており、どうにか心機一転するために家を出るきっかけが欲しいと考え始めた。


 そんな矢先、渚沙の元に、三月十一日に東京で開催されるという女性のための「美」のパーティーの案内状がメールで届いた。渚沙が利用している人気のSNSが主催するらしい。ただし条件があり、参加するには「女性美」に関する文章を書いて応募し、選ばれなければならないのだ。ちゃらちゃらとしたのためのパーティーなどに微塵も興味を持てなかったが、フミが知っているこの地から出られるならこの際なんでもいいと応募してみた。


 安易な気持ちで出したのに、二週間もしないうちに、パーティーの招待客として選ばれてしまったことがメールで知らされた。入場券になっているお洒落な葉書もすぐに送られてきた。 


 ……これはもう行けということだろう。

 乗り気ではないけれど、北海道から出られるチャンスだ。だったら、東京の安江やすえのところに泊まらせてもらおうかな。

 前年の帰国時に、東京にあるシャンタムのボランティア・センターで再会した、例の過去の母親、フリーライターの溝口安江みぞぐちやすえの顔が浮かんだ。その時、「今度是非、うちのマンションに泊まりに来てよ」と自ら渚沙を誘ってくれたことを思い出したのだ。さっそく連絡を取り、一カ月滞在できるか聞いてみると、安江はすぐに快諾してくれた。

 

 数日後、家族の買い物に同伴した。スーパーのレジ近くの雑誌コーナーで、パーティーのマナー特集が組まれた、著名な月刊誌「RTR」の別冊版が目に飛び込んできた。若者向けのようだ。

 自分から申し込んでおいてパーティーに参加させてもらう以上、マナーくらいわきまえておかなければならない。長年日本を離れていたので、秘書時代に身につけていたマナーなどすっかり抜け落ちてしまっている。そう思って、渚沙は「RTR」の別冊版を購入した。


 買ってはみたものの、渚沙はすぐにその雑誌を開かなかった。

 数日経って、やっとページをめくってみた。適当に開いていったら、あるところでぎょっとした。オカルト的雰囲気のする広告が目に飛び込んできたのだ。各ページに、二十人ほどのスピリチュアル系の商売人の情報が写真付きで紹介されていた。おかしなことに、一人一人に、占い師、カウンセラー、霊能者、チャネラーなど複数の職業名が謳われている。そして、驚くほど高額な相談料がそれぞれの枠内に記されていた。数分で何千円とか、中には万円台というものもある。


 不気味さは、ページのデザインが原因だ。背景が黒一色で、ホラー映画やホラー漫画で使われる文字体が使用されていたのだ。ホラー映画の出演者を紹介しているようにも見える。この広告が、驚くことなかれ、十ページほどにも及んだ。全員どこかの会社に所属しているらしい。その他にも、カラーの別のスピリチュアル系の広告が五、六ページくらいあった。いずれも、載せる雑誌を間違えているような胡散臭さだ。

 その広告を掲載していた、著名なビジネス経営者が発刊したというモラル雑誌「RTR」には幻滅した。他国からも尊敬を集めるその経営者は、他界している。今時のスピリチュアル系が編集室にやって来て、雑誌のレベルを格下げしているようだ。渚沙は、母国が目に見えない病魔に侵され、汚染されている気がした。


「ひどいよね、こんなものが載っているのよ」渚沙は母親の前で顔をしかめながら、その雑誌に掲載されていたスピリチュアル系の広告という広告をすべてカッターで丁寧に切り離し、破り捨てた。

 お蔭で雑誌は少し薄くなってしまったが、快く読みたい記事を読めるようなった。

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