第71話 最終警告

 二〇一〇年末。今年は、スピリチュアル系たちが異常に猛威を振るう年だと渚沙は感じていた。

 渚沙は危うく、隣国のカルト団体の教祖を二〇一〇年の世界平和会議に招待してしまうところだった。日本を代表する大手出版社「冗談社」がそのカルト教祖の著書を出していたことは悪兆としか思えない。

 何より、自称聖人の吉澤フミにナータの公式サイトを騙し取られてしまったのは最悪の事態だ。

 日本も異様だが、ナータのところに来ているスピ系西洋人たちも顕著におかしかった。何故なのだろう?


 二〇一〇年十二月二十二日の、正午に近い時間。

 ナータはいつものようにボランティアスタッフと、数人の訪問者をインタビュールームに呼んだ。


 この日ナータは珍しく、いきなり気分を害したように話し出した。

「日本人グループを見なさい! ここでは、第三者が神と人との間に入ってはならない!」

 その場にいた日本人は渚沙一人だったし、みんな驚いて言葉を失っていた。


 日本人グループといえば、ナータのところにはここ数年、フミたちしか来ていない。しかも、つい三、四週間前に数日滞在して帰ったばかりだ。紛れもなくフミたちのことを指している。顕著に精神問題を抱えているフミがをやっているのは有名だから、みんなもすぐに誰のことを差していたかはわかったはずだ。しかし、フミだけではなく、その他大勢が同じようなことをしている傾向にある、という響きがあった。


 ナータは続けた。

「日本は、十分な知識もないまま、外国のものを何でも受け入れ過ぎている。日本には伝統的な神道というものがあるのに――」


 そういってから、ナータは、何故ブッダがインドから追い出されたかという話をした。インドやトラタ共和国ではよく知られていることだが、神の国と呼ばれるインドで誕生したにも関わらず、ブッダは輪廻を否定し、実は神の存在も否定していた。そのせいで、罪を犯しても報いを受けるために再び生まれることはないと信じる人々が出てきて、神や罪を恐れなくなり、犯罪が増加したという。インドでも、トラタ共和国でもブッダの影が薄いのはそのせいだった。他宗教に寛容なトラタ共和国でも、ブッダの信奉者は一人も知らないし、寺も見たことがない。


 しかし、この時、ナータは歴史の長い「伝統仏教」や他宗教について批評したかったわけではない。このような話し方をする場合、今現在、道に外れたり、大きな間違いを犯したりしている仏教関係者がいると考えるべきなのだ。だいたいにして、この日は日本の話をしていたことを忘れてはならない。


 渚沙は、日本の仏教系の巨大カルト団体X会のことを自ずと思い浮かべていた。彼らのことをいっているのではないか、と漠然と感じていた。X会は他宗教を一切認めず、同じ仏教でも宗派が違えば争い、日本のもっとも古い伝統宗教の神道まで否定している。


「ある組織がカルトかどうか判断するには、他宗教を容認しないかどうかで判断できる」というナータの言葉は、カルトを識別、特定するのに簡単に役立ってくれる。


 ナータは宗教間の争いを好まない。どんな宗教を信仰していても受け入れているので、多宗教の人たちがナータの寺院にやってくるし、通常、神は無形だと信じ、姿を持つことを受け入れないイスラム教徒までがナータを神として信じ、参拝にやってくる。これはシャンタムの寺院でも同じだ。


 ナータはいう。

「人は生まれた時はどこにも所属していない。周囲の人間があなたがどこに所属するか教える。人は宗教に入る必要はない。あなたはあなた自身でいなさい」


「すべての宗教の目指すものは神である。道は違うがゴールは同じである。しかしながら、宗教は神が作ったものではない。人間が作ったものだ。人を支配するために。神は宗教を作るように求めたりしない。神は宗教の中にも外にも上にも下にも存在する。

 もし、私の宗教があるなら、それは愛と人間性の宗教だといっておこう」

 

 全宇宙の普遍の神が、特定の誰かが作った小さなひとつの宗教の中だけに閉じ込められるとは考えにくい。だが、洗脳されている人は冷静には物事を考えられないのだろう。

 神道には開祖は存在せず、教団もない。八百万の神、自然に基づく多神教であるところは、トラタ共和国の伝統宗教に通じるものがある。人を縛らず、自由で健全な神との繋がりを築いている。

 この日、ナータが神道を支持したのもそういった点があるからだろう。

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