第20話 過去の姿

 シャンタム・ボランティアセンターで過去の家族を発見してから間もない頃、渚沙は不思議な若者たちに会った。


 バイト仲間の美野里みのりに誘われるままに、精神世界の書籍の解説を聞く催しに参加した。終了後、会場のすぐ隣にある喫茶店にみんなで入った。男女、合わせて八人くらいいた。全員美野里の友達である。大きなテーブル席に着くと、店の照明が暗かったせいか、渚沙の目がおかしくなったのか、みんなの着ているものが突然チベットの僧侶が来ているような臙脂えんじ色の袈裟けさに見えた。


「ねえ、みんなの服がチベットのお坊さんみたいな格好に見えるんだけど」

「そうよ。私たちみんな、チベットの僧侶だったことを覚えているの」

 誰かが即答した。そうそうと口にしたり、うなずいたりしながら一同揃って落ち着いた笑みを浮かべて渚沙を見ている。年齢は渚沙と同じくらいか二、三歳の差はあるだろうけれど、みんな渚沙よりもずっと年上で聡明に見えた。それこそ僧侶のように。

……不思議な人たちだ。いったいいつ、どうやって過去のことを確認しあったのだろう。少し気になったが渚沙は尋ねなかった。踏み込んで知りたいほどの興味はない。彼らは知り合い同士の集まりで、精神世界に関心があるらしい。いい人たちだけれど、渚沙とはあまり趣味が合わないようだ。美野里のことは大好きで、友達として付き合うけれど、グループには入りたくない。


 今回の催しで扱われた書籍は、肉体を持たない宇宙意識からのメッセージ集だ。スピリチュアルの分野ではかなり売れている本らしい。美野里みのりから勧められて読んでみたが、ピンとこなかった。その意識とやらは悪いことをいっているようには感じないが、本当に正しい情報なのかはわからない。良い本なのか、信じられる話なのか――どちらかというと疑っていた。

 催しで、書籍の説明をしている五十代に見える男も奇妙だった。グレーのスーツを着て、清潔感があり眼鏡をかけた紳士は大学の教授のような印象を与える。しかし彼の解説は、宇宙人が話しているのではないかと思わせる内容だった。いい年齢をした大人が真顔でやることとは思えず、外見とのギャップに戸惑った。

 世の中にはおかしなことを信じている人がいるものだ。姿を持たない宇宙を浮遊している意識からメッセージを受け取る人がいるという。外国人らしい。本は英語から日本語に訳されている。解説者であるその紳士は、大学の講義でもしているかのように落ち着いて話をしていた。意識からメッセージを受け取る人というのは、もしかしたら頭がおかしいのかもしれない。すべてその人自身の妄想ではないのか。だが、紳士のほうは知性が高そうで、とても狂った人には見えない。一度個人的に会って話をしてみたいと渚沙は思った。

『今度、また会いましょうね』渚沙は心の中でちょっと挑戦的に話しかけた。

 すると次の瞬間、紳士は渚沙のほうに視線を向けたのだ。鋭い眼光だった。まさか私の心の声が聞こえていたのか? そうとしか思えないタイミングだった。やっぱり宇宙人みたいだ。

 

 こうして、トラタ共和国から帰って来てから、渚沙が身を置く環境と生活の流れが激変した。まず顔を合わせる人だ。蒲田より子もそうだし、バイト仲間の美野里も、宇宙人紳士も、今まで渚沙の周りにいなかった変わり者ばかりだ。仕事や住む場所も変わった。異次元に来てしまったような感じだ。

 もしかして、飛行機から降りてトラタ共和国に足を降ろした途端、別世界に来てしまったのではないか。日本に帰国しても、異次元から抜け出せずにいるのではないか。

 それ以降も、人の服装が過去のもの、民族衣装に見えることが頻繁に起こった。出会う人と自分の昔の関係が容易に想像できてしまう。しかも自分の奥底で、根拠なしにその関係をかなり確信していた。


 これらの体験は、人は生まれ変わるという真実を渚沙に教えてくれたのだが、渚沙はそんなに重要視していなかった。当たり前の知識として自分の中に潜在していたようで、関心がなくなると、人の過去の姿や人間関係が思い浮かぶこともなくなった。

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