第4話「でっかい女になってくれよ」その1
甘美な幸福感に
高校三年になってクラスが離れてしまうと、互いに部活動で忙しく、一緒にいる時間が激減した。教室が違う階になり、姿をまったく見ない日もある。たいてい渚沙の部活が先に終わるから、達也は渚沙を遅くまで待たせるのを遠慮して一緒に帰ろうとはいわない。学校から駅まで歩いて二〇分弱かかるので少しだけ一緒にいられるが、周辺には寄れるような喫茶店はなく、駅に着いたら違う路線なのでそこでお別れだ。それでも時々、渚沙は一緒に帰りたくて達也の部活が終わるのを待った。約束もしていないから捕まえるタイミングを逃して先に帰られてしまい、何度も寂しい思いをした。こんなふうに顔を見る機会が減り、相手の心が少しずつ見えなくなると同時に、渚沙の恋愛熱も低下していった。
その後大学生になって、突然ガキ化した彼に渚沙は戸惑った。このまま成り行きに任せて結婚、などという話になったらどうしようと悩み始めた。退屈すぎて死ぬだろう。ガキの部分は一時的な状態とし大目に見ても、彼と共に生涯を共にしても、退屈な人生になることは間違いない。渚沙にとって、平凡で退屈な人生ほどこわいものはないのだ。ちょっと想像しただけでも気が狂いそうになる。だからといって、渚沙から別れを告げて達也を傷つけることはとてもできない。仕方なく、達也と共に人生を送る覚悟をした。ちょっと腹立たしいから、「留学したいな」といってみたりした。
若い頃に留学していた父親や、母親の姉である伯母の影響で、渚沙は小学生の時から留学の資料を集めていた。それに伴って英語に興味を持ち、海外文通をする一般人のサークルに入って、カナダ人の高校生の女の子と文通をしていたのも小学生の時だ。達也から告白されて交際を受け入れた時、渚沙のほうも好きだったのでその時点で留学を
渚沙には、自分が専業主婦になることは考えられなかった。結婚して、夫の仕事を手伝うキャリアウーマンになりたい。夫は実業家や商売人で、何かを築き上げる積極的な人がいい。共に働き、楽しく充実した人生を送れる――これが当たり前の自分の未来の姿だと思っていた。ところが、達也との未来を想像してもそうはならない。勉強は優秀だが、達也は人に雇われる消極的なタイプである。諦めるしかない……
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