第3話 大人になりたい男子
渚沙が男性と交際したのは、これまでの人生で一度だけだ。相手は高校二年の時の同級生で、
達也と別れる前に処女を失いそうな機会が一度あった。たまたま生理だったので全身全力で拒否した。恥ずかしくて理由をいえなかったから、彼は嫌われていると感じただろう。恋愛熱はとっくに冷めていたので、この一件で二人の間柄はいっそう低温度化した。彼のことは大切だったが、子供っぽさが目につき異性として見られなくなっていたのだ。
高校を卒業すると渚沙は短大に進み、達也は理系の大学へ進んだ。家も遠く離れているので合う機会がめっきり減っていたある日のこと。
「昨日、飲んで吐いちゃった」と達也が自慢げに電話をよこしてきた。
……わざわざ彼女に報告することなのだろうか?
高校の気の合う仲間で集まって、お酒が入ることはあった。渚沙は飲めないからジュースだが、達也はいつも飲んでいたし、飲酒に反対するわけではない。だがこの時、詳しい状況は尋ねなかったが、もし合コンか何かで女子が同席していたら、酔った勢いで体の関係に発展してもおかしくない、と思わず想像してしまったのである。
「なんでそんなことをするの」渚沙はつい
返事がなく、もう一度同じセリフを繰り返した。達也は電話の向こうで押し黙ってしまった。
前回会った時と状況が似ている。その時は体臭から喫煙が発覚した。ちょと吐き気のする独特な
「大学でみんなが吸っているからでしょ」と渚沙が指摘した。
達也は固まった笑顔のまま黙って
まるで大人の真似をしたい盛りの中高生だ。ただの友達なら一向にかまわないけれど彼氏には遠慮したい。『みんながするから自分もする』スタイルはいかにも個性がない。それに、格好良く見せたいのに、逆効果であることは全然わかっていないのだ。
『どう、俺。タバコ吸えるんだぜ』といわんばかりに見知らぬ渚沙にまでちらりと視線をよこし、
渚沙の中では、タバコとお酒が似合うのは早くても三十代からで、仕事のできる男に限られる。渚沙が就職した職場は喫煙室だった。半数に近い男性が愛煙家だったのだ。渚沙はタバコを生まれて一度も吸ったことがない。家族も誰も吸っていなかった。しかし、その職場の環境は全然嫌ではなかった。恋人のように接近することはないからヤニの臭いもしないし、彼らの灰皿をきれいにすることに喜びさえ感じた。全員仕事ができる三十代以上の上司、重役ばかりだったからだ。タバコを吸う姿がよく似合っていた。
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