第2話「あなた、モテるでしょ」
渚沙は二十歳前後からきれいだといわれるようになったが、とても信じられずいつも聞き流す。
「美的感覚、低すぎるよ。世の中にどれだけきれいな人がいると思っているのよ」と、実際、声に出して訴えることもある。
自分が美しい女性たちのファンだからだ。正当な自己評価で、渚沙はごく普通からちょっとブサイクの範囲に入る。高校の放送部で一緒だった先輩から、鈴木杏樹に似ているといわれたことがあるがピンとこない。そういったのはその先輩ひとりだけだから全然信じなかった。もし本当にきれいだったら、年中、告白されただろう。
そういうわけで特にモテないけれど、何度か告白されたことはあった。
高校の時、思わぬ男子から手紙が届いた。外見は、丸刈りと
『それはないでしょう、せめて受け取ってください』と記されていた。
おとなしい見た目と異なり、相手が拒んでいるのにけっこう強く意思表示をする人なんだと変に感心した。そこまでいうならと少し同情し、しばらく手元に置いてから処分した。
その宇宙人くんとは、剣道部で一緒だった。元々男子と女子は別々に
一学年、550人はいたマンモス校なので、存在感が薄いと容易に忘れられてしまう。同じクラスでも人数が多いから、後で卒業アルバムを見るとこんな人いたっけ、という目立たないタイプの人が必ず何人かいる。それにしても、宇宙人くんからそんな目で見られていたとはまったく気づかなかった。他にもいるのだろうか、自分に対し密かに興味を持っている男子が……と渚沙はちょっと気味が悪くなった。普段からちらりとでも好意を表に出す人ならそこまで嫌ではなかっただろうけれど。
就職してからのこと。帰宅途中の駅で三十代と思われる
「あなた、モテるでしょ」
占いか宗教の勧誘か。男の目はぎょろりと大きく今にも飛び出しそうだ。あまり健康そうに見えないし、服装は地味で
「いいえ、それほどでもありません」と渚沙が苦笑して答える。
ちょっと気分が良くなり、
「モテるのは良くないんですよ」男は真剣な形相で続ける。
渚沙がモテると決めつけているらしい。モテることで、
とにかく男が営業しているのはわかった。自分も営業マン、いや営業レディを時々やっているから彼の気持ちは理解できる。男は喫茶店で話がしたいという。話を聞くだけならかまわないが、どんなに勧誘されようとも、どこにも入会しないし、一銭も払うつもりはない。喫茶店ではおごるというのでいいだろう――挑戦を受ける気持ちで、男と共に改札近くの喫茶店に入った。
男は、自分がモテないので自信を持っているらしく、しきりに人を不安にさせることを口にする。最終的に彼は、なかなか高価な印鑑を売ろうとした。その印鑑を買えば、多方面での運が開けて上昇するそうだ。
「いりません。私は大丈夫です」渚沙は柔らかく断る。
「いや、あなたにはこれが必要です」
「本当にけっこうです」
「では、これを持っていてください。絶対あなたのためになります。気になったらいつでも連絡してください」男は最後に、オレンジ色の太陽のイラストが入った名刺を渡してきた。
そこに記されているカタカナの社名に聞き覚えはない。じつは、霊感商法で有名なカルト団体なのかもしれない。
あれから長い年月が経った。未だに渚沙の見た目が若く見えるせいもあり、年齢を重ねるごとにしつこくアプローチしてくる男が増えた。男嫌いにもいっそう拍車がかかる。だからといって、あの時印鑑を買っておけばよかったとはもちろん思っていない。ただ、あの
『寄らないで、見ないで、触らないで。あなたのことはとても嫌です』という空気が読めないストーカーじみたしつこい手合いだと、一度思いっきり顔に平手打ちしてやろうかと真剣に迷うことがある。相手が渚沙に対して勝手に抱くイメージとのギャップを叩き壊して驚かせ、怖がらせて二度とアプローチできないくらいのショックを与えたい――そんな話を旧友にすると、ほとんどがとうの昔に結婚して子供までいたりするから羨ましいという。なかなかわかってもらえず話にならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます