第1章 男嫌いの恋愛戦

第1話 超限定的好み

渚沙なぎさ、昔から男の子のこと嫌いっていってたよね」

 大人になって久々に会った中学時代の友達がそういう。そんな少女の頃から公言していた覚えはない。ついでに小学校、高校、短大、どの時代の友達も、渚沙の男嫌いを忘れていなかった。


 だからといって渚沙は同性愛者ではないし、好きな人がいなかったわけでもない。

 祖父がよく見ていたテレビの影響で、子供の頃から、時代劇に出てくる主役級の美形な俳優が好きだった。長七郎江戸日記や松平右近事件帖まつだいらうこんじけんちょうの里見浩太朗、子連れ狼の萬屋錦之介よろずやきんのすけには、今でも動画や写真を見るとうっとりしてしまう。好みが渋いといわれるが、単にテレビのチャンネル権が与えられていなかったせいで、若い人たちが見る人気番組を見られなかったのだ。家では父親が、週末や夏休みなどによく行く祖父母の家では祖父がリモコンを手から離さない。よって、野球と洋画、時代劇を見る羽目になった。


 役柄の影響が強く、同じような人がいれば是非結婚したいと思うが……。それはハリウッド映画のスーパーマンやバットマンと結婚したいといっているのと同じに違いない。


 日常生活では、男性には目がいかない。芸術作品の感覚できれいな女性を見るのが渚沙は好きだ。芸術作品なので、恋愛感情も嫉妬心も湧かない。彼女らの美しさを賞賛し、失礼なくらい見入ってしまう。反対にあまりきれいに見えない女性のことも観察する。もう少しこうすればすごく素敵で魅力的になれるのに、とメイクアップアーチストかスタイリストの気分で残念がる。見知らぬ人を妄想で変身させるのは、帰国すると今でも電車の中で必ずやっている。


 渚沙は、に関してなかなかうるさい。

 渚沙が通っていた柑奈かんな高校の秋の文化祭では、学校の代表的美男美女を選んでミスター・カンナ、ミス・カンナというのを発表していたらしい。誰がどのように決定していたのかは不明だ。おそらく文化祭の実行委員の独断ではないか。普通、生徒全員で投票するものだと思うが、そんな話は聞いたことがなく、ミスター、ミス・カンナの存在も卒業してから知った。


 ミス・カンナは、けっこう地味な女子生徒だった。話したことはないが、名前と顔は知っていた。顔は、福山雅治に雰囲気がよく似ていたが、女性だからなのか全然美しく見えず、可愛くもなかった。ただ、性格がいいそうだ。たしかに性格も大事だろう。しかし、それなら二年の時に同じクラスだった守谷早希もりやさきのほうが、何倍も可愛くて、しかもきれいで素敵だ。素顔でテレビタレントやアイドルになれるだろう。

「なんであの子がミス・カンナなの? 早希ちゃんのほうがずっといいじゃない」美にこだわりがある渚沙は、ミス・カンナが誰だったか教えてくれた旧友に強く同意を求めた。

「早希ちゃん? 誰だっけ」

 そういわれて思い出した。彼女は早希と同じクラスになったことがなかったのだ。

「守谷早希ちゃんよ。すごく可愛いんだけど大人っぽい子。バンドやっていて、先輩と付き合ってた。私は二年の時に一緒のクラスだったよ」

「ああ、わかった! 守谷さんね。私、中学も同じだったよ」

「へえ、そうだったんだ」

「守屋さん、中学の時も大人っぽかったわ。たしかにミス・カンナはあの子のほうがいいかもね」

 早希はやけに大人びていて、爽やかに女らしく、格好良くもあった。先輩たちとバンドを組んでいたからかもしれない。柑奈高校のカップルはほとんど同学年同士だが、早希は先輩と交際していたのでさらに早熟な印象を与えていた。早希は同じクラスで、バンド仲間である女の子といつも一緒にいた。二人して、二学年くらい上の人の雰囲気があり、同学年のみんなとはなんとなく距離を置いていた。だからといって気取ることはなく、話をすると二人とも気さくな人柄であることがわかる。早希はお姉さんのように渚沙に優しかった。渚沙は天然なところもあるが、ユーモアのある家庭で育ったため、わざとボケてみたりする。この子は子供みたいで面白いなと思っていたようで、渚沙のことを呼び捨てにし、クスクス笑いながら可愛がってくれた。早希はミス・カンナの候補にさえ挙がらなかっただろう。みんなのほうが早希から相手にされていなかったのだ。


 一方、ミスター・カンナは、小学校の同級生で渚沙と高校までずっと同じだった男子だ。天然の茶髪で肌は白く、ほおはほんのりとピンク色に染まっていた。それで軟弱な感じがしないのはサッカー好きな少年だったからだろう。高校の時もサッカー部で人気があり、ホストのような容姿でなにかと目立つ存在だった。渚沙が彼に関心を持ったことは一度もないが、ミスター・カンナであったことに異論はない。


 その元ミスター・カンナだが、三十代になり、小中高、それぞれの同窓会で再会した人たちによると、彼の容姿は別人のように崩壊していたらしい。女子がみんな揃ってショックを受けたそうだ。彼のことを特に好きではなかった子たちまで、興奮しながら至極しごく残念そうに渚沙に訴えてきたので少し引いてしまった。よほど酷かったのだろう。他の数人の男の子のほうが格好良くなっていたと、無慈悲に比較していた。人間は、美しいものにはずっと美しいままでいてほしい生き物のようだ。同窓会の写真を見せてもらったが、さすがに渚沙も愕然がくぜんとした。元ミスター・カンナは、三枚目のただのおじさんになっていた。さらに悪いことに、昔の栄光にすがって未だにモテ男のように振る舞うので、みんなから呆れられ、顰蹙ひんしゅくを買っていたというから可笑おかしい。その場にいたら笑えなかっただろうけれど。


 さて、こんな『ミスターなんとか』に選ばれてしまうモテ男は、間違いなく渚沙の苦手な部類だ。自分が好きではないのに自分に好意を持つ男。外見が良くて格好つける男。尻軽男。そういうのがどうしてもだめで、けっこう周囲に多いから余計男嫌いになる。本当にただの友達でいてくれる男性だと、安心して一緒に居られるから楽しい。その証拠に、すでに何人かいるが、ゲイは大好きで友達として大歓迎である。

 つまり、渚沙は完全な男嫌いではなく、正確に表現しようとするとなかなか複雑な女子だった。

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