渚沙の恋と捕まらない大量殺人犯ノート

@himekon

プロローグ

「殺してやる! ○○○○○○○とかいってるやつは殺してやる!」

 横尾渚沙よこおなぎさは、ナイフをコンクリートの地面に何度も振り下ろしながら泣き叫んでいた。小さな携帯用のナイフでさほど丈夫でないため、すでに刃がから外れかけてぐらぐらしている。

 せいナータが死んだのだ。またしてもあいつらのせいだ。私がかたきをとってやる。でも、こんな壊れたナイフでは誰も殺せないだろう。捕まる前に、どうすれば一人でも多くの○○○○○○○・クリミナルを抹殺できるか考えてみる――せいぜい二、三人やったところで取り押さえられるに違いない。

 無力感と絶望にさいなまれながら、目が覚めた。心が異常に重苦しい。夢だったのか……


「ジェイ、ナータ! ジェイ・ナータ!」


 聖ナータの妹が、中庭でナータの名を讃えている。その声で目が覚めたのだ。他にも人はいるようだが、彼女の声が一番大きくて他の人たちの声はかき消されていた。そういえば、今日は吉兆の祭日で、国内の寺という寺で祭事が行われていると聞いた。

 今のは本当に夢だったのだろうか? 聖ナータは本当に死んでしまったのではないか。もしそうなら許さない。あの国に核爆弾を落としてやる。悲しみと不安、怒りのぶつけ場所がなくて狂気じみた発想が湧いてくる――感情をコントロールできない。

 だがいくらなんでも死ぬには早すぎやしないか。二人はまだ結婚もしていないのに。ナータなら渚沙を裏切りかねないが――渚沙の性格が悪いからだ。本当は最初から結婚する気などなく、ある日突然、渚沙を置いてこの世を去っていくのかもしれない。または渚沙が先に死ぬかもしれない。愛する人が先に死ぬのはもうごめんだ。何年か前に、私が絶対に先に死ぬと主張すると、みんなを見送ってから自分は肉体を離れると聖ナータがいっていた。その予定をぜひとも変更しないでほしいが、その前に結婚の約束を守ってもらわなくてはお話にならない。

 以前、海で渚沙がサメに丸飲みにされて、幽霊となって悲しむ渚沙を聖ナータが笑顔で眺めている夢を思い出した。ナータと結婚できないまま死んでしまったことを悲観し、渚沙は泣きながら目を覚ました。

 

 礼拝堂の入り口から少し離れた場所に聖ナータの部屋がある。部屋のドアの前には食後の皿が積まれていた。ナータが秘書や親類である側近たちと朝食をとった跡だ。どうやらナータはまだ生きているようだ。誰かにきちんと確かめたいがその勇気はない。頭がおかしいと思われるだろう。ナータの弟や彼の妻に、ナータは今日はお元気かと何気ない感じで尋ねることもできる。しかし、その必要はないと渚沙は自分にいい聞かせた。

 姿を見せて欲しい。あの笑顔を見れば少しは安心できるだろうか。最近になってナータは心臓が悪いといっていた。あの女のせいだ。あの女さえいなければ……一刻も早くつぶさなくてはならない。やるのは私しかいないのだ。ナータの指示が欲しい。

 死の夢は吉兆と言われるが、渚沙には楽観できる余裕がなかった。

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