第5話
「ほおぅ、慣れたもんよのお」
サラマンドは刃物を手に木材を削っていた。
時には木片で強く柄を叩き、時には柔らかく繊細に手を動かし、見る見るうちに長方形の穴が開いていた。
その穴をさらに三つ開け、あらかじめ作ってあった脚のほぞを差し込んでいく。
キュッ、キュッ、と音を鳴らして最後まで押し込むと、ぴったりと合わさった。
「ふぅむ、まったく隙間が空かないのぉ。まあすごいわ。図体大きいくせに手先は器用なんだの」
年配の女中が出来上がった椅子を傾けながら食い入るように見つめていた。
市場の帰りに転倒して怪我を負ってからは、サラマンドは一日中屋敷で仕事をしていた。
あの日の夕方、傷を隠して屋敷まで帰ったものの、やはり様子がおかしいと傷口をクレイアに見られ、大騒ぎになった。足首の後ろのところが、骨が見えるほど大きく裂けていたからだ。
すぐに医者に連れていけとなったが、サラマンドはクレイアに針と糸を所望すると、酒で消毒しながらその場で自分で傷を縫い合わせてしまった。
その後クレイアが塗ってくれたパルティアの軟膏も効いたようで、傷を癒しながらサラマンドは屋敷の家具や道具の修理をしていたのだ。
「しかしわざわざこんな穴を開けなくとも、釘で打ちつけてしまえばその方が早いのではないか?」
早速椅子に座って感触を確かめながら女中は言う。
「釘でもいいのですが、長く使うとどうしても錆びてそこから木が腐ってしまう。このやり方なら長く椅子が使えるのです」
「あまり長持ちしては家具屋が儲かるまい」
「自分の作った物を長く使ってもらえるのは、作り手としては嬉しいものです」
「はは、本職でもあるまいに。ブラハム人は職人気質なんじゃなあ」
六十はゆうに超えたであろう白髪の女中は、その座り心地に満足げにうなずいた。
屋敷に来た当初は、屋敷の人間はサラマンドを恐がっていたが、修理仕事をやりだすようになると、興味を持ってみな話しかけるようになっていた。
「専用のノミがあればもっといいものが作れるのですが」
サラマンドは、ノコギリと亡くなった屋敷の主人が持っていた彫刻刀を借りて使っていたのだ。
「なにを。これで十分だよ。貴様はこの先、ここで木工職人になるといい。この腕ならちょっと修行すれば問題なくやっていけるだろう」
ここで――、と言った女中の言葉にサラマンドの表情が暗くなる。
ハーンのことを思い出していた。あれから外へ出るときは必ずハーンを探している。奴隷を見るたび顔を確かめている。
しかしいまだ見つかってはいない。
「安心せえ。あの方は色々なことを知っているお方だ。貴様を決して悪いようにはせんよ」
己の将来を憂いたと思ったのか、女中が言葉をかける。
ハーンだけではない。他にもブラハムの同胞がいるはずだ。ここの市民に買われたならば、この都市のどこかにいるはず。
アルブラムから繋がれた命だ。仲間のために、国のために大事に使わねばならない。
サラマンドは出来上がった椅子を抱え、女中とともに屋敷に入っていった。
屋敷内では、昼も夜もクレイアと議論することが多くなった。主にブラハムとパルティアの風習や考え方についてで、不思議と戦の話はしなくなった。
ただクレイアは、サラマンドの話の中に何か不条理なものを感じるとすかさず追及してくるのだ。
適当な受け答えをすれば怒られ、考えを言わず黙っていれば怒られ、ではと正直に考えを言えばやはり怒られるのだ。
サラマンドももう開き直って、初めから堂々と自分の考えを言うようになった。時には本当に激しい言い合いになることもある。
しかし不思議なのは翌日になるとクレイアは昨日の怒りなどすっかり忘れているのだった。子供同士が大喧嘩した次の日に、けろっとみな忘れて遊んでいるように。何ごともなかったかのように微笑んで挨拶をしてくる。努めてそうしているようにも見えなかった。
クレイアは賢いのか阿呆なのか、サラマンドにはよくわからなくなった。
「午後は久しぶりに市場に行きましょう。以前に行ったあの大広場です」
昼のお茶の時間が終わり、サラマンドは腰掛け包帯を取り替えているところに、クレイアが声をかけてきた。
「荷物はあなたは持たなくて結構です。他に誰か連れていきますから」
「足のことでしたらもう問題ありません」
サラマンドは脛を叩いて答える。傷口はとっくに塞がっており、腫れも引いている。縫ったところを押せばまだ痛みはあるが、仕事をするぶんには何も不都合なことはなかった。
「無理はしないでください。骨が見えるほどの傷だったんですから! 自分の身体のことがわかっているのですか」
大怪我したこともなさそうなクレイアにそう言われたのが、少しだけサラマンドの気に障った。
「ブラハムでは怪我は動かしながら治すもの。安静にと動かさないでいると周りの肉が固まってしまいます。多少の負荷は身体に必要なものです」
パルティア流に、負けじとサラマンドも理論で攻める。
「この前それで転んでばっくり開いたんでしょう! なにを言ってるんですかっ!」
それを聞いた女中たちがくすくす笑う。
「奴隷であれば主の言うことを聞くものぞ。おとなしくついてゆけい」
白髪の女中がサラマンドをたしなめる。
「とかく首を突っ込みたがるクレイア様ゆえ、なにかのときは貴様が守るのだぞ」
クレイアには恩がある。奴隷を家畜のように扱う人間もいるのだ。その恩を返すのはやぶさかではない。
クレイアに買われなければ今自分はどうなっていただろうか。なぜ自分を選んで買ったのか。誰でもよくてたまたま自分だったのか、なにか理由があったのか。
以前ブラハムの話を聞きたかったから買ったようなことは言っていたが――。
善良な人間には間違いない。ただその無邪気さが、時にサラマンドの心を逆撫でするのだった。
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