Last Track、ロックの神様は、間違えない

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「いやぁ、電源は落ちるわ、音は出ないわ、映像も流れないわ。それだってのに、俊人はいきなり喋り出すし? しかもMCで喋る予定だったもんとほぼ違ぇこと言うし? 後半で予定したMCに話繋げるのも苦労したし? もーっ、ほんっとマジで色々焦ったっつーの!」


 つーか、お前、アドリブであそこまでやれんなら、普段のMCでもそれやれよ! と斎藤さんが高島くんをビシッとスティックで指さす。えー……、とステージ上でコードを巻き取っていた高島くんが、嫌そうに声をあげた。そんな二人の様子を見ながら、口じゃなくって、手ぇ動かしてくださいよ、と掛石くんが溜息をついた。


「でも、喋る、の、めんどくさい、ですし……」

「Shut up《だまらっしゃい》! 大体、あそこで俺がまなみんとお前のことに気づいてスネア鳴らしてなかったら、映像、音なしだったんだからね⁉ 次のLiveはぜってぇ、MCやらせっから、覚悟しとけよっ⁉」


 げぇー……、と面倒くさそうに高島くんが唇をつきだす。

 そんな光景に苦笑しながら、なんとなしに体育館内を見回す。本当に終わったのだな、と人がもうほとんどいないそこをステージ上から見下ろしながら、改めてそう思う。



 後夜祭が終わり、いくらかの時間が経っていた。



 すでに生徒達はそれぞれのクラス担任に誘導される形で教室へと戻っている。今、体育館内にいるのは、あと片付けをしている数人の実行員と、ステージ上でライブの片付けをしている私達四人だけ。先ほどまでの賑わいは嘘のようにどこにも残っていない。


(さっきまで、ここであれだけの人達が騒いでたなんて、嘘みたいだ)


 途中ハプニングは起きたものの、ライブそのものは大成功した。

 幕がさがったあとも、興奮冷めやらぬと言った様子で、アンコールを繰り返していた生徒達の様子を見て、失敗だ、なんて言える人はきっと誰もいないだろう。

 音が鳴って、声があがって、手が振られて叩かれて、誰もがその全身で音楽を楽しんでいた。まるで夢のように去ってしまった光景だけど、夢じゃない。本当に実際にあったことなんだ。

 それに、証拠ってわけじゃないけど、私の手元にはそれを示す一つの機材がある。キラキラと光輝くあのステージを作り出したその機材を――白いプロジェクター機を、『PP/WUX400ST』と、そう書かれた段ボールの中へしまう。


「ミヤッさんがつい最近新しいProjector買ったって言ってたからさぁ、それ借りたのよ。ミヤッさんとこって、楽器とかスタジオ経営もそうなんだけど、それ以外にもLiveで使えそうな小道具関係の貸し出しもやってんだよね。どうせ学祭Liveなんだし、そんぐらいはっちゃけてもありじゃね? ってことで借りてみたってわけ」


 そう、私に斎藤さんが教えてくれたのは、ライブご、片付けを開始したときのことだった。あの映像はなんだったのか、と尋ねた私にそう斎藤さんが教えてくれた。


「本物の紙吹雪できればよかったんだけどよぉ、さすがにそこまで細かい用意してるだけの、金も時間もなかったからさぁ~」


 しかし、プロジェクター機が出せるのは映像だけで、音は別撮りとなる。が、それができる機材を借りるまでの余裕はないため、本来の予定としては斎藤さんのドラムロールでごまかすつもりだったらしい。が、言わずもがなのハプニングのせいで、おじゃんになってしまった。

 しかも、突発的な私と高島くんの行動に気づいた斎藤さんがあわててタイミングを計ってくれていなかったら、音なしで光が広がってしまうところだった、のだとか。あのとき鳴った、ダンッ! という音は、斎藤さんがドラムを叩いた音だったということみたいだ。

 ちなみに、段ボールに書かれているこの横文字は、プロジェクター機の名前だそう。

 でも、プロジェクターを使うだなんて……。よくそんなこと思いついたなぁ、とぼんやりと呟けば、掛石くんが、例の小馬鹿にするような笑みで鼻を鳴らした。


「こんなの、最近じゃ珍しくもありませんよ。たとえば、サイケデリックな音楽性で一躍有名になったサカナクションなんかは、その音楽性の表現に、プロジェクターを使ってリアルタイムで描いているオイルアートの映像をステージの背景に流す演出をしました。かの有名なBUMP OF CHIKENなんかは、ボーカロイド『初音ミク』とのコラボ曲をライブで歌う際に、初音ミクを登場させるためホログラフィックシステムを起用しました。そもそも、小さいハコのライブだって、スポットライトやミラーボールなどで演出をするもんです。ここまでやってライブなんですよ。単純に音楽だけ聴きたいなら、ライブなんてもの、いりません。真っ白い照明しかない、学祭の設備の方が時代遅れなんですよ」


 いや、しがない公立高校ごときに、そこまで凄い設備求めるのもどうなんだろう……。


(でも、確かに彼の言う通り、なのかもしれない)



 ただ音楽を聴くだけなら、きっとライブなんていらない。CDだけでいい。



 けれど、そうじゃない。目の前で、生の演奏で音楽を聴くというのは、そういうことじゃないんだ。

 全身で、その肌で、目で、自分の中にある全てを使って感じるのがきっとライブなのだ。

 踊って、騒いで、目の前で生まれる音楽を直に感じる。それはきっと、データの上の音楽を聴くだけでは感じられない何かがそこにある。

 それこそ、高島くんの言葉じゃないけれど、そこでしか見られないものがそこにある。

 多分それが――……。



『それが、『音楽』だ』



「……でも、ああいう演出をするなら先に言っておいてもらいたかったなぁ……」


 思わず、拗ねた口調で呟きがこぼれた。

 プロジェクターのこともだけど、なにより二曲目のあの曲について、だ。

 頭の中に、あのとき聴いた旋律がよみがえってくる。

 金色の光が舞う中、始まった曲は一曲目とは全く違う、優しく大人しい雰囲気の曲だった。けれど、バラードのようなしんみりとしたものではなく、ほんのりとしたポップな雰囲気もまとっていて、不思議と聴いていると朗らかな気分になってきた。

 けれど、なにより一番に注目すべき点は、歌詞だ。なぜなら、その曲の歌詞はただの歌詞ではなく、物語になっていたからだ。

『私』という少女が主人公のお話。彼女は読めば幸せになれると言われている本を探している。が、なかなか本は見つからない。旅の途中でそんなのは夢物語だと色んな人にバカにされたり、存在するわけがないと言われて諦めかけたり、色々なことがあるがそれでも負けずに立ち上がって、最後に少女はようやくその本に辿り着く。けど、そこにはなにも書かれておらず、少女は悲しみにくれる。

 しかし、そのとい、自分のうしろにいくつもの足跡が残っていることに気がつく。

 本を探さなければ見えなかった景色、出会わなかった人達、嫌なことはあった、悲しいこともあった、けれど、嬉しいことも楽しいこともまたあった、大事な思い出。



 それは、自分だけがtailor《作りだせた》、『Story《幸せ》』だった――。



 実を言うと、あの曲は、私の知らない曲だった。彼らが練習してる姿はなん度も見ているし、演奏の通しだって見た。

 けれど、いつも聴く二曲目は全く違う曲だ。今日聴いた曲はカケラもそこにはなかった。どうやら、私には内緒で練習をしていたらしい。


「えー? だってさー、言ったらSurprise《サプライズ》にならないじゃん?」


 私の呟きを拾ったらしい斎藤さんがケラケラと笑いながら言ってきた。いや、それはそうかもしれないけれど……。でも、まさか本人に知らせる前に公衆面前で発表されるなんて、誰が思うだろうか。

 古賀さん、と高島くんが私の方を振り向いた。


「黙って、て、ごめん……。嫌、だった……?」

「い、嫌ってわけじゃないけど……」


 高島くんが、しゅん、とした様子で肩を落とした。

 うっ、そんな態度を取られたら怒りたくても怒れないというか……。いや、別に怒ってるってわけじゃないんだけど。ないんだけど!


「まっ、確かにあれを公衆の面前で言ったって点は悪かったかもしれないけどさぁ」


 こちらにやって来た斎藤さんが、高島くんの肩に寄りかかるように腕を置いた。斎藤さん、重い、です……、と高島君が不満そうに口にした。


「でも、まなみんはさ、俺らの仲間でもあるけど、同時に、一番俺らの傍にいてくれてるListener《リスナー》でもあるんだ。大事なListenerを喜ばせたいって思うのは、当たり前だろ?」

 な? と、パチン、と斎藤さんがきれいなウィンクをした。


「~~~っ! そう言われると、もう何も言い返せないじゃないですかぁ~っ」


 下手に顔整ってる人がやるウィンクはかっこいいからずるいっ! 

 顔が熱くなる。それがなんだか悔しくって、頬を膨らませながらそっぽを向けば、うひゃひゃひゃ、と斎藤さんがそれを面白がるように笑う。

 そんな斎藤さんの頭を、手ぇ動かせつってんだろおっさん、と掛石くんがうしろを通りざまに叩いていく。なんで俺だけ⁉ と頭を抱える斎藤さんに、高島くんが、ざまぁ、と小さく呟いた。


(はあ、もう、この人達は……)


 全くもっていつも通りの光景に、なんとも言えないため息を口からこぼれ落ちる。これが本当に、さっきまでかっこよくライブをしていた人達の姿だとは思えない。

 でも、それがあまり悪い感じはしないのだから、私も慣れたものだ。


「にしても、たったこんだけの電気の使用でブレーカーが落ちるなんて、一度この学校の設備、見直した方がいいんじゃないですか?」


 自身の楽器の片付けが終わったらしい掛石くんが、ドラムセットの解体取り掛かる。あー、それ、俺も思ったわ、と斎藤さんもその横に座り込んで解体を開始する。

 ギクッと内心がすくんだ。ドッドッドッ、と心臓の鼓動が早くなる。


「オンボロ校舎だってのは昔からわかってたけどよぉ、今日のはさすがにひでぇよ。俺らでまだよかったけど、これ、学生の出しもんでなってたら惨事も大惨事だろ。楽しい思い出が一気にトラウマ案件になるぜ?」

「あのババァに、あとで話しておきましょう。まぁ、あの頭くるくるパーなご老人に、言ってどこまで通じるかわかりませんが」

「頭くるくるパー! 確かに物理的に頭くるくるパーしてっけどな!」


 Purpleの『P』は頭くるくるパーの『P』ってか⁉ と斎藤さんが腹を抱えて笑う。そんな斎藤さんに、掛石くんも珍しく満足げに、ニヤリとその口元を上げる。

 一応、ここまだ学校なんだけどなぁ……。まいっか、本人がいるわけじゃないし。


(……それに、ブレーカーの件もあまり気にしてるわけじゃなさそうだし。よかった、かな?)



 実は、あのブレーカーが落ちた原因を、私は彼らには言っていない。



 理由は二つ。

 一つはあの時、私が見た人影が本当に教頭先生なのかは不明だから。

 暗闇の中での事だったし、もしかしたら暗幕がなにかの拍子に揺れたのがそう見えただけかもしれない。あまりに相手のことを疑心するあまりに見た幻の可能性だってある。

 二つ目は、もし本当に教頭先生だったとして、それを三人に伝えたら、多分本人のところに突撃しに行かねない――特に斎藤さんと掛石くん――と思ったから。

 そりゃあ、問題にすべき点だし、学校側を訴えることだってできるかもしれない。

 でも、それはあくまで、本当に教頭先生がやっていた場合だ。確かな証拠がない現状で言っても、濁されて終わってしまうかもしれない。下手をしたら、せっかく、上手くいったこの場も全てなかったことにされてしまうかもしれない。

 それはまずい。それなら、知らずにいた方がいい。知らぬが仏、だ。


(もし本当にやっていたとしたら、それはそれで見逃したことになるから問題かもしれないけど……)


 でも、それ以前に一つ、どうしても確かめたいことがあった。

 そのためには、できる限り、あまりことを荒げたくない。そしてなるべく、個人的にことを済ませたかった。

 ふいに視線を感じて、そちらに顔を向ける。と、高島くんと目があう。長い前髪越しに、無言で、じっとこちらを見てきている。


「た、高島くん……?」


 もしかして、隠してることに気づいている……? ――なにも言わない視線に、内心ドキドキしつつも、どうかした? となんとかいつも通りの態度で尋ねる。


「……いや」


 なんでも、ない、と高島くんが首を横に振った。そう? と返しつつ、ホッと胸をなでおろす。


(高島くん、ときどき変に鋭いときあるからなぁ)


 さっきの体育館でのことと言い、ときどき、妙に勘づくどころがある、というか……。

 一見、ぼんやりしてるようにしか見えないだけに、こうやってまっすぐに見つめられると、思わずドキッとしてしまう。


(それに、できれば高島くんには一番バレてほしくない……)


 かもしれない、と心の中でそっと呟いた。

 と、そのとき、


(あ)


 ふいに視界の端にある人の存在を確認する。体育館入り口。そこにじっとこちらを見つめるようにして立っている。

 思わずそちらに顔を向ける。と、向こうも私のことに気がついたようで、くるりと踵を返してしまった。そのまま体育館を出ていこうとする。

 その姿に、あわてて私も追いかけようとステージから飛び降りる。


「あ、あの、私、ちょっとお手洗い行ってきますっ」


 そう言えば、いってらー! という陽気な斎藤さんの声が背中にかけられる。

 それとは別に、じっと、相変わらず力強く見つめて来る視線を感じた気がしたけれど、それには気づかぬふりをして、私はその人影がいた方へと向かって走っていった。



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