Track6、物語から始めよう

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 練習場所が確保できたとは言え、仮にも道場。毎日使えるわけでもないし、時間も限られている。

 その為、道場での練習は週に3回だけと決まった。それ以外で練習する場合は、宮崎さんのところを借りてどうにかするということで話はまとまった。


「一応、練習できる日にはなるべく私もいるようにするから、道場の鍵とかは気にしないで! 必要な道具も、言ってくれればできる限り用意するから!」


 というかフロムの生練習、生音源、観たい、めっちゃ聴きたい、と欲望丸出しな銅宮先輩からのありがたい申し出もあり、道場での三人の練習は滞りなく進んでいった。

 ……が、しかし、それはあくまでも場所の確保に関してだけ。


 それ以外、に関して言うのならば問題は発生していた。


「ああああああああもうっ‼ うっせぇ‼  斎藤さん、ハイハットの音量どうにかなんないんですか! 耳がバカになる!」

「No《できっか》!? これ以上、小さくしたら、他のにも影響出るから無理っ‼ こっちだってぎりぎりでやってんの! それよか、弦組の方こそどうにかなんないの! NO more echo《反響やめて》!」

「いや……。ここ、道場、だから……。それこそ、どうにも、なんない、ですって……」


 あーだこーだ、と半ば怒鳴りあいのような会話が道場内に木霊する。それこそ、練習中の音量に負けないぐらいに反響してる。

 広い道場内。防音対策には優れているものの、しかし、あくまでも外に漏れないように作られているだけで、響きに関して言うのならその轟音具合はきっとライブハウスも顔負けだ。広々とした道場は、一度軽く弦を触るだけでその音を何倍もの激しい震動にして室内に響き返してくる。

 その為、どうも思った音を出すことができないらしい。練習の最中に何度も、今のような言い合いが繰り返されている現状だ。

 しかし、それでも次第に練習していく内に耳が慣れてきたらしい。最近では少しずつ文句の言い合いが減ってきたように感じる。


 それよりも、一番の問題は他にある――、新曲作り、だ。


 練習が終わった後、高島くん達は近くのファミレスに寄るようになった。どうやら、そこで新曲についての会議をしているらしい。練習の前日に斎藤さんが考えて来た歌詞を三人で見て話し合い、できたものから順々に、高島くんがそれにあわせた曲を作り、再び三人で話し合っているらしい。


 なぜ、『らしい』なのかというと、私は参加していないからだ。


 いくら、CDジャケットを描く立場だとは言え、私はバンドメンバーじゃない。流石に、その場にいるのは場違いだ。

 そもそも、皆の曲作りに意見なんて出せるわけもないのだ。道場に顔を出しているのだって、実質、CDジャケットの発想の元になるかもしれないから、と無理を言ってその場にいさせてもらっているだけ。本当なら、練習そのものに私はいなくてもいい存在なのだ。

 だから、これはしかたない。


 けど、それでも、もどかしいと思う。

 皆の役に立てないことが。


(でも、だからこそ、私も私だけしかやれないことをやらなくちゃいけない)


 帰宅後、白い紙の上にいくつもの線を描き出しながら、CDジャケットの案を何度も練り直す。

 これじゃない、あれじゃない、と一人で頭を悩ませ、燃やすごみをどんどん増やしていく。

 今、こんなことをしても彼らの手助けになるわけでもないことはわかっている。ただそれでも、自分にはこれしかない。

 以前のような不安が消えたわけじゃないし、本当にできるのかもわからない。けど決めたのだ。今度こそ、自分のやりたいことをやる、と。


(皆が頑張ってるんだ。私だってやらないで、どうするの……!)


 けれどもなにかしらの結果を生み出すこともなく、時間ばかりが過ぎていく。

 そうして、気がつけば、問題が山積みなまま、

 文化祭まで残り一日にまで迫っていた。


      *******


「よーしっ! 最終練習終わりーっ! あとは明日に備えて、各自帰宅して寝ることー! 集合時間は朝八時だからなー! 時間間違えるなよー⁉」


 OK⁉ と斎藤さんの明朗な声が道場内に響き渡る。へぇーい……、とどこか疲れ気味な声で高島くんが答え、なんでそんなに元気があるんですか……、と呆れたように掛石くんが頭を振った。


 時刻は二十一時を過ぎた頃。


 いつもなら十九時で練習は終わるのだけど、文化祭前最終練習日ということもあり、今日ばかりはと銅宮先輩がご両親に頼んで時間を延ばしてくれたのだ。まあ、今日は道場の使用もない日だったしね、と笑いながら言ってくれた先輩には、本当に頭があがらない。

 三人が楽器の片付けを開始する。練習中は散々室内を動き回ったりしているせいか、道場床の上には楽器からアンプなどの機械に向かって伸びるコードが、知恵の輪のように難解な絡まり方をして広がっている。しかし、三人には特に問題がないらしく、手慣れた様子で回収していく。

 三人が帰宅準備を始めたのに合わせて、私も帰宅準備を始める。床の上に置いていた鞄を引っ張ってたぐりよせ、手にしていた文房具やクロッキー帳、スケッチブックをしまう。


(本当は、お手伝いとかしたいんだけど……)


 実のところ、一度、手伝いを申し出たことがあったのだけれど、専門的な機械があったりするからと、やんわりと断られてしまった。けど、この光景を見ていると、確かにこれで良かったのかもしれないと思う。だって私じゃ、この難かいなパズルは解けそうにない。


(結局、こっちはなにも思いつかなかったなぁ)


 手にしたスケッチブックの表紙を撫でる。

 別に、この新作CDを文化祭で発表するわけではないのだから、なんの問題もないのだけど……。でも、目の前でこんなに頑張ってた人達がいたのに、なにも思いつかなかったという事実がショックだ。

 はあ……、とため息が出る。と、その時、目の端に金色の光が見えた。


「古賀さん……。大、丈夫?」

「え、あ、た、高島くん」


 どうやらため息が聞こえてしまったらしい。いつの間にかこちらにやって来ていた高島くんが、床の上に座る私にあわせてしゃがみ込んでくる。


「遅く、なちゃって、ごめん、ね……。疲れた、でしょ……?」

「う、ううん! そんなことないよ!」


 そう? と尋ね返される。うんっ、と頷き返す。


「それ……」


 ふっと高島くんの目が私の手元にあるスケッチブックに目が向いた。ハッとして、あわてて鞄の中にしまうものの、ジャケット? と尋ねられてしまった。


「いつも、考えてくれてる、もんね……」

「うん……」


 でも、とぽろりと小さな言葉が出る。思わずこぼしそうになった胸の不安にハッとし、あわてて、なんでもないっ、と続ける。

 けども、ん? と高島くんは私の目を見つめてくる。どうやら、言葉の続きを待っているらしい。

 無言の空気が流れる。けれど、ジッとまっすぐにこちらを見てくる彼に私が敵うはずもない。

 あーあ、と心の中で苦笑しながら、観念して改めて口を開いた。


「……考えてる、だけだよ」


 鞄を見ながら、呟くように口にする。


 考えてるだけ。考えて、あれじゃない、これじゃない、と一人で悩んで捨ててしまうだけ。


 どこかで見たことがあるような構図の絵。平凡的な色使いの絵。凡庸的でありきたりな、誰もが描けるようなデザイン――。そんなものばかりが紙の上に生まれては捨てられていく。

 こんなんじゃダメだ。せっかく、自分が頼まれたのだ。自分にしかできない、自分だから描けるものを描かないと。

 けどそう思えば思う程に、それがわからなくなる。自分だから描けるものってなんなんだろう。


 私の絵だから生まれるものって――、一体なんなんだろう。


「私、ずっとなにも考えて、描いて来なかったんだなぁって。ただただ、描いてただけなんだって、そう気づかされたの」

「? それは、そういうもの、じゃない、の……?」


 俺だって、絵、描くのに、頭なんて、使わない、よ……、と高島くんが言葉を続けながら、私の隣のスペースにやってきて腰をおろす。サラリと、彼の長い金色の前髪が、その動きにあわせて揺れた。


(高島くんのこの姿も見慣れたなぁ)


 最初は気が引けちゃってたのに。いつの間に、こんな至近距離で話せるようになったのだろうか。


(ううん。高島くんだけじゃない。斎藤さんや、掛石くんだってそうだ)


 銅宮先輩も、宮崎さんも、以前の私ならきっと関わることのなかった人達だ。いや、正確には関わろうともしなかった、人達だ。

 だって、人が違うのだから、好みも価値観も、全部。自分とは全く違う世界の人なのだから、と線を引いて終わってしまっていた。

 考えもしなかった。ううん、知ろうともしていなかったのだ。

 彼らにも彼らなりの悩みがあって、立ち位置があって、自分と本当は何も変わらない人達なんだということ。


 知らずに、なにも考えずに、私はいたんだ。

 ずっと。


「……私のお母さん、ね。画家だったの」


 気がつけば、するりとそう口にしていた。

 自然と口から出てきたそれは、今まで自分からは誰にもしたことがなかったお話。

 きっとこのことを言えば、だから絵が上手いんだね、と言われると思ったから。お母さんもだからなんだね、と。

 実際にそう言われたことは何度もあった。それこそ、可哀相に、と母がいないことに同情されるのと同じぐらいに。


 けど、きっと高島くんなら大丈夫。


 この人は、私の話にきちんと、耳をかたむけてくれる――。


「凄く絵が上手い人だったんだって。そんなに有名だったわけじゃないけど、知る人ぞ知る、みたいな感じで、その世界の人達の間では知られた人だったんだって。お仕事の依頼もいっぱいあって、お父さんとお母さんが出会ったのも、そのお仕事がきっかけだったんだって」


 詳しいことは知らないけど、とつけ足せば、そうなんだ、と高島くんがゆったりと頷き返してくる。

 とうとつな話にも驚くこともなく、それで? と言った風に私を見返してくれる。


「でも、死んじゃった。私を生んで」

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