3
突然の第三者の乱入に、ギョッとした目で先生達がこちらを見てきた。
高島くん達、三人もそれぞれに驚いた顔で私の方を振り返ってくる。
「チャラけた、とか、遊び、だなんて、それは言い過ぎじゃない、ですか!」
教室に足を踏み入れる。ツカツカと勢いを抑えずに、教頭先生へ詰めよる。
「確かに、将来なにに役立つかって言われたら、わかりませんけど! それだけで食べていけるかって言われたら、それだってわからないけど! でも、だからって遊びでやってる証拠にはなりません! 彼らが、どういうことをやってるかも、ちゃんと知ろうとしないで、どうしてそういうことが言えるんですか! 彼らは、自分の好きなことを、好きだって言ってるだけなのに!」
自分がやりたいことを精一杯やるのが、そんなにいけないことですか!
はあ、はあ、と乱れた私の息が、静かな教室内に響き渡る。
教頭先生も私のことを知っている担任と保先生も、あ然とした顔のまま私を見てくる。うしろからは、斎藤さんや掛石くん達からも同様の視線がつき刺さってくる。
ただ一人、高島君だけが、古賀さん、と私の名前を小さく呟いた。
「な、なんなんですか、アナタは! どこのクラスの生徒ですか!」
教頭先生が叫ぶように声を上げた。その声に、私の方もあがっていた熱が一気に下がり、ハッと我に帰る。
(や、やっちゃったーーーーーーーーーーっ‼)
「い、いえ、その、私は……」
しまった、どうしよう。顔からサーッと血の気が引いていくのがわかる。
混乱しながら、それでもなんとか言葉を紡ぎ出そうとしたそのとき、ふっと目の前が見覚えのある影にさえぎられた。
「あ……」
「教頭、先生……」
高島くん、だった。
先ほどまで、猫背で曲がっていたはずの背中が、真っすぐに伸び、私を先生達から隠すようにその目の前に立つ。
急にヌッと出てきた高島くんに気圧されてか、教頭先生が驚いたようにあとずさった。
な、なんですか、と動揺気味にその口を開く。
「確かに、今回の件、は、俺らに、非が、あり、ます……。処罰、も、受けます……。ですが、せめて、軽音部、廃部だけ、は、訂正して、貰えません、か……」
この部は、まだ、部として、生きて、います……――そうゆっくりと、けれど、強い声音で、高島くんは言葉を続けた。
「なにを言って……。わ、私は、事実を述べただけでっ」
「……それなら、こうしたらどうでしょうか」
困惑と混乱が入り混じったような空気の中、ふいに一つの声があがった。
驚いて、その場にいる声の主以外の全員の視線がそちらに飛ぶ。
皆の視線の真ん中。
そこに立っていたのは、今まで口のくの字も挟まないでいた保先生だった。
「要はそれなりの体裁と理由があればいいのでしょう? ならば、今月末の学祭の後夜祭にて、彼らにライブをやってもらうのはどうですか」
軽音部、としてではなく、外部から招いたゲストという形で――そう、皆からの視線にもろともした様子も見せずに、保先生は言葉を続けた。
「ゲスト出演で? なぜです?」
「名も知らぬバンドの公演など、生徒達は特段興味も持たないでしょう。そんな状態でも、もし彼らが学生達を、否、うちの学校の全校生徒を楽しませることに成功したら、彼らの演技が本物だったということで、その際は軽音部は『保留』の形から『存命』へ。彼らの練習に関しても、新入部員が追加されるまでは、週一程度にて教室の使用許可を出す。失敗したら、軽音部も練習場所も、全てなくしてしまえばいい」
確かに、それでもし成功すれば、文句のつけようもない、のかも。
……でも、もし失敗したら、高島くん達は全てなくしてしまうことになる。練習場所どころか、軽音部、という存在そのものを、全部。
教頭先生も納得したのか、なるほど……、と言ったようにメガネをかけ直す。高島くんも考え込むように、顎に手を当てる。が、それ以外にないと判断したのか、すぐに、それで、いい、です……、とそう口にした。
「わかりました。では、彼らの処遇については、文化祭後に回すとします。ただし! 教室の使用は文化祭まで禁止です! アナタ達はゲストという扱いで出るのですから、練習は外でなさい!」
わかりましたね⁉ そう最後に言い放って、教頭先生が教室を大股で出ていく。待ってください、教頭先生っ、とあわてながら担任がそのあとに続いて出ていき、保先生も無言で出て行った。
(保先生……。どうして、軽音部をフォローするようなことを……)
だって、先生は軽音部のことを嫌いなはずだ。今回のことだって、教頭に報告したのは、先生だったはずで、なのになんで、最後に味方になるようなことを言ってくれたのだろう。
「だあ~~~~っ! つっかれたぁ! あーもうっ、あのPurpleold broad《紫ババァ》、頭ん中まで、Purple《紫》色で染まってんじゃねぇの⁉」
考えが固いんだよ、考えが! 言いながら、それまで正座を続けていた斎藤さんが、足を崩して床の上に投げ出した。全くです、と掛石くんも深いため息をつきながら、正座を崩す。
「ああいう類はさぁ、絶対、自分の言ってることが正しいの! 子供は大人の言うことをきいてればいいの! って最後にHysteric《ヒステリック》化する奴だよなぁ」
「電車の中で子供が泣くと、あからさまに嫌そうに顔をしかめるタイプですね」
「それそれ。お前だって、ションベン漏らしてたガキンチョ時代があっただろってのにさぁ。いやぁ、大人ってこえぇ、こえぇ」
大人になったら、それだけで途端『正しい人』になるとか、んなのありえねぇっつーの、と斎藤さんが肩を竦めながら言った。
その様子に、なにか胸の中にモヤッとした気持ちが生まれた。
斎藤さんの言い分はわかる。確かに教頭先生はちょっと言い過ぎだ。
でも、
「……じゃあ、なんでさっき言い返さなかったんですか」
ぽろりと、言葉が口から飛びだした。
キョトンとした顔つきで二人がこちらを見てくる。その視線にハッと我に帰り、い、いえ、その、と慌てて、手を横に振り返しながら言葉を続ける。
「教頭先生の言い分が、正しくないと思うのなら、なんで言い返さなかったのかと、そう、思って……」
別に文句を言いたいわけじゃない。けど、腑には落ちない。
正しくないことを言われて、自分が嫌だと思うことを言われて、だというのにあの時、三人は言い返そうとする姿勢を見せなかった。それどころか、ただ黙って聞いてるだけだった。
自分達のことが、好きなものが貶されているのに――。
「……俺達も、正しくはないから、かな」
口を開いたのは、斎藤さんだった。
予想外の返しに、え、とパチパチとまばたきをしていれば、苦笑した斎藤さんと目が合った。
「実際のところさー、なんだかんだ言って、あのPurple野郎の言ってることは間違っちゃないんだよ。俺らのやってることなんて、将来性はないし、今だって客がいるって言ったって、それで食ってける程じゃない。そもそも、本当のところ、音楽なんざ、別にやらなくたって俺らは生きていけんだ。別に、やる必要なんかないんだよ、音楽なんて。だから、他人から見れば、俺らのやってることは、間違ったことになんだよ」
「そんなこと……!」
「あるある。だって、まなみんはさ、音楽聴く為に生きてたりするわけじゃないだろ?」
それは――、と言葉が詰まる。
確かに、私自身はそこまで音楽が好きなわけじゃない。高島くん達に出会ってなければ、音楽の『お』の字にも、興味を持たずに生きていったかもしれない。
特に問題もなく、いつも通りに。
そこになんの疑問も、抱くことなく――。
「仕方ないですよ。ああいう風に思う方が普通なんですから。こういうのを本格的にやりたいと思う人の方が少数派なんです。マイノリティはいつどんな時代だって省かれるものでしょう?」
ま、もう慣れましたけど――ため息混じりに掛石くんが、斎藤さんの言葉に続けて言う。その言葉に、斎藤さんが肩をすくめ、高島くんが困ったように頭を掻く。
なんて言葉をかければいいのかわからなかった。私なんかがなにかを言っても、きっと彼らには届かない。
これは彼らにしかわからない。実際にそういう言葉を浴びながらやってきた彼らにしか。
そして、そこから逃げて来た私には、なにも言えない。言われるのが怖くて、逃げた私が、自分の好きだったことをやめた私が、彼らになにかを言うことは、
できない――。
「でもまぁ、」
パンッ! と盛大な音が室内に鳴り響いた。
驚いて音がした方を見れば、斎藤さんが拳で自分の手を殴っていた。笑顔で、にっこりと。けども、その額には確かな青筋が浮いている。
そしてその横では、眉間にしわを寄せた掛石くんが、立ちあがった姿があった。
「『俺達の音楽』にまでイチャもんつけられんのは、」
「やはり、頂けませんね」
(え……?)
ぼう然とする私を前に、いやぁ、あそこでまなみんが来なかったら俺があのババァ殴ってたわ、それこそ問題になるからやめてください、と斎藤さんと掛石くんが会話を続ける。
先ほどのどこか意気消沈と言った様子とは真逆に、意気軒高とする二人に目が点になる。
えぇっと、と目の前の現状についていけずに困惑していると、ぽんっ、と肩に手を置かれた。
「まぁ……。慣れても、さ……。怒りは、わく、よねって、こと」
負けず嫌い、だからさ、俺ら――そう言って、私の肩に手を置きながら、高島くんは、その口の片端を持ちあげた。
「おいっ、俊人っ! 新曲考えっぞ! 完成してないあの曲も含めて、数曲作るっ!」
「えー……。既曲の演奏、で、いい、じゃない、ですか……」
「Jerk(バカッ)! お前っ、相手はこの学校の全生徒なんだぞ⁉」
「そうですよ! 既曲に甘えるような姿勢で、あのクソババァの鼻を明かせられると思ってるんですか! へし折る――、いや、原型失くしてやる勢いでやらないで、どうするんですか!」
げぇー……、と高島くんが頭をかきながら二人の方に混じりにいく。けども、口ぶりのわりには、その口元に浮かぶ笑みは消えない。足取りも、どこか軽快な雰囲気で二人に近寄っていく。
(……ああ、この人達は、)
なんて強いんだろう。
早速と言わんばかりに、三人で輪になって話し合う姿を見ながら、そんなことを思う。
あれだけ言われて、自分達がやってることが普通から見て間違っていると理解していて、
それでもまだ、やりたいと言える。
好きだと言える。
自分の好きなことに、誇りを抱ける。
(羨ましい)
自分は……。私は、そうなれない。
そう、なれなかった。
だけど――……。
「けどよぉ、練習場所どうすんよ。この学校の文化祭って確か十月中頃だろ? まだすげぇ時間あんぜ?」
今が九月の末でってなると、あと二週間近くも時間あるよ? と斎藤さんが口にした懸念に、高島くんが困ったように頭を掻く。それは……、とかろうじて掛石くんが口を開くものの、いい案が思いつかなかったのか、すぐに口を閉じてしまう。
いざとなれば宮崎さんのスタジオを借りる、という手もあるかもしれない。でも、それだって文化祭まで毎日は難しいだろう。特に、彼らの懐事情を考えるなら。
でも、他に大きな音を、しかも楽器の演奏をしていい場所なんて――。
……あ。
「あ、あのっ」
そのことを思いだした途端、はいっ、と思わず手をあげていた。
不思議そうな顔をした三人が、私の方に振り返ってくる。
「れ、練習場所、どうにかなるかもしれません……」
もしかしたら、ですけど……――。そう自信なさげに、けれども確かな決意をもって、私は思いついた案を口にした。
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