2
八畳程の部屋。
入って左の壁一面が鏡に覆われている事を除けば、廊下同様にシックでシンプルな造りの部屋である。
その部屋の真ん中に、斎藤さんと掛石くんはいた。ギターとドラムを携えて。
「な、なんでお二人が……」
(もしかして、宮崎さんが言ってた『アイツら』って、この二人のこと?)
ハッとした瞬間、うはっ! と斎藤さんが噴きだした。
「うっわー! 俊人、お前本当にその恰好できたのかよ。相変わらずもっさいなぁ、モサトくんは」
「それ、もう、いいです……」
さっき、も、言われました……、とむっすりとした声音で高島くんが返せば、ミヤッさんにか、と斎藤さんがさらに笑う。
はあ、とその隣であきれた様子で掛石くんが額に手を当てながらため息をついた。
「まーなみーんっ! 久しっぶりーっ!」
「ま、まなみん……⁉」
斎藤さんがこちらに向かって大きく手を振ってくる。えっと、まなみんって私のこと……?
目の中に飛びこんでくる斎藤さんは今日もカラフルな色合いを身にまとっていた。胸元に国旗だの動物だの迷彩柄だのと言った缶バッジを携え、上は黄色のチャックを首下まで閉めた緑のジャージで、下はベージュのスキニーパンツ。そして足元には例のカラフルな運動靴。相変わらず凄い色合わせだ。
けど、斎藤さんの周りには、それを超えるようなド派手な黄色のドラムセットが置かれている。一番大きなドラムの部分に『YAMAHA』と見覚えのある大手楽器店の名前が刻まれているのが目に入った。
「……本当に来たんですね」
掛石くんが私を見やりながら、ひとり言のように呟く。その姿は、先日学校で見かけたときとうって変わっての私服だ。
黒とレッドワインカラーのボーダー柄の服に、やけに丈長の黒色の薄手の上着。上着の胸元には銀色のチャック式のポケットがいくつかついており、そこから小さなチェーンが垂れている。わざと大きめのものを履いているらしいだぼっとした黒のズボンは、腰回りに大きな銀の穴がいくつも空いている黒いベルトで締め付けられている。
さらに左耳の耳元に赤色のピン型のピアスが。首下には、黒色の革製のチョーカー。前方一部分が赤色に塗られている以外は特色もないシンプルなそれがつけられている。
そんな彼の手には、ギターが一体。全体的に黒を基調とした服装同様、真黒でシンプルなデザインの、まるい――なんだか、落花生に似ているような……――形をしたギターが握られている。
(お、オシャレさんだ……)
なにか、女子として負けた気がする……――思わず頬をひきつらせれば、こないだはごめんなぁー、と斎藤さんが声をあげた。
「急なことでビビらせちゃっただろ? あとで俊人から聞いたよ。言ってなかったんだってな、CDの件。そりゃあ、驚くわな」
ほんっと、コイツは説明が足りないんだからよー、斎藤さんがドラムの上で頬杖をつきながら言う。
別に……。言い、忘れてた、だけ、じゃない、ですか……、とふてくされたように、高島くんがぽつりと呟きながら、荷物を部屋の隅に置きに行く。
「それがダメなんだっての! お前、今日のはちゃんと説明して来たんだろうな!」
「……お楽しみって、言い、まし、た……」
「してねぇんかい!」
Unbelievable《信じらんねぇ》⁉ しろよ、発案者っ! と、ビシッと斎藤さんが手にしていたスティックを高島くんに向けた。
「仕方ないですよ、高島さんですから。それに、それでついてくるこの女もこの女でしょ」
チラリと掛石くんが私の方を見てくる。斎藤さんとは真逆の冷たい目だ。
「だからもーっ、どうしてそういう言い方しかできないかな、一ちゃんはっ! ほんっと、ごめんね、まなみん、うちの子達が迷惑ばっかかけて!」
「いえ、私は別に……。あの、それよりも、今日は一体……」
「あー、うん。これはね、簡単に言うと、まなみんへの特別LIVEだよ」
「ライブ……?」
って、あのライブ? 音楽を演奏する?
言われた意味が理解できずに、目が点になる。え、ライブって? ここで? しかも、私への特別ライブって――……?
「いやーねぇ、俺達もあのあと、俊人のことは置いといて、いろいろ話し合ったわけよ。どうやったら、まなみんにCDジャケット描いて貰えるかーって。でね、それで、結果、とりあえず俺達のことを知ってもらおうって話になったのよ」
「皆さんのことを知る?」
「
で、俺らを語るならLIVE《これ》が一番てっとり早いってなってな――言いながら、斎藤さんがスティックをくるくると器用に回し始める。
(なるほど。昨日、高島くんが言ってた『なんとかする』ってこういうことだったんだ)
でも、そうならそうと言ってくれれば良かったのに……――不服を込めた視線でチラッと高島くんを見る。一瞬だけ目はあったものの、悪びれた風もなく、サッとそらされた。
ムッ。絶対、私が考えてることに気がついてるな、あれ。
「でも、皆さん、懐の方が大変だったんじゃ……」
先日聞いた話では、確かお金がないから無断で学校を使っているという話だったはずだ。それなのに、こんな私のためだけに、この場所を借りてライブだなんて……。
が、そんな不安ばかりの私とは真逆に、明るい笑顔で斎藤さんは、それは大丈V! とダブルピースをしてきた。
「ミヤッさん――……あ。ここのオーナーの宮崎さんな。あの人とは、俺がドラムを始めた頃からの知り合いでさー。時折、安~くして貰ってスタジオ借りてんだよ。んで、今回もそのよしみで、借りたの。いやぁ、色恋沙汰にはうとい俊人がさ、どうしても見せたい人がいる、大切な人なんだ、とか言うからさ、ミヤッさん、もうノリノリで」
「え。それはどういう、」
「斎藤さん」
ゆったりと、けれども力のこもった声が、高島くんからあがった。
驚いてそちらを見ると、どことなくその周囲を不機嫌な空気が覆っている彼の姿が目に入る。どうやら、それ以上は言うな、ということらしい。
けど、
(『大切な人』って……)
わかってる。特別な意味があるわけじゃないことぐらい。
きっと、ジャケットを描いてくれる大切な人材、という意味で彼は言ったのだ。わかっているけれど、耳に入ってしまった言葉に、顔が熱くならないはずもない。胸元辺りから、ぼわっとした気持ちが蒸気になって、機関車みたいに頭の先から出て行きそうな感覚がする。
……でも、同時に思う。はたして、私は本当に彼が望むような人材なんだろうか。
高島くんは好き、と言ってくれたけれど、それはあくまでも高島くんの意見だ。他の人はどうかはわからない。高島くんが二人にどう伝えて、私が描くことを薦めてくれたのかは想像がつかないけれど、彼らまでもが、本当に私の絵を好きでやってくれていい、と言っているわけではないはずだ。
もしまた、昔のような、それこそ、思っていたものと違う、なんてことを言われてしまったら。
そのときは、どうすれば――……。
「嫌なら帰ってもいいんですよ」
ピシャッと強く言い切られた言葉が、耳に飛びこんできた。
ハッとして我に帰り、声がした方に顔を向ける。すると、ギターの上部にあるネジのようなものをいじっている掛石くんの姿が目に入った。
「おい、一ちゃんっ」
「だって、そうでしょう? こっちは、練習時間削ってまでこんなことしてるってのに、嫌々聴かれたりなんてしたら、たまったもんじゃないですよ。骨折り損もいいところです」
この女が帰ったところで、スタジオライブからスタジオ練習に変わるだけですし。ま、後者の方が俺としては非常にありがたいですけどね――掛石くんが小馬鹿にするような笑みと共に鼻を鳴らす。
(確かに。『嫌』って、先に言ったのは私だけど……)
けれど、なんだろう。この子の物言いは何かがつっかかる。なんとも言えない、ムカムカとしたものが、今まで感じたことのない感覚が胸底からわき起こる。
「そ、そんなのっ。聴いてみないと、わからないじゃないですか……っ」
キッと掛石くんを睨み返す。
誰かを睨むなんて人生初だ。しかも年下の男の子相手にだなんて。気が引けないわけじゃないけど、でも、それよりも胸のムカつきの方が今は上回っている。
「知りもしてないのに、好きか、嫌いか、なんてっ。簡単に判断つけられるもんかっ」
『聴かない、と……、好きか、嫌い、かも、わからない……でしょ?』
先日の高島くんの言葉が思い出される。
別に、それを真似したわけじゃないけれど、口にするならそういうこと。
(大体、そっちだって、私のこと何も知らない癖に……っ)
私がどんな風な絵を描いているかも、どんな気持ちでそれを受けることにしたのかも、なにも知らないじゃん……!
反論されると思ってなかったのか、掛石くんが少しだけその目を丸める。が、すぐにイラッとしたようにその眉を潜めると、ギロリとこちらを睨み返してくる。
うぅ、凄い、目つき怖い。視線だけで殺されそう。で、でもここで押し負けたくない。この子に負けるのは嫌だ。
バチバチ、と見えない火花が私達の間に静かに飛ぶ。
「はい、そこ、まで……」
パンパンパン、と手が叩かれる音が響いた。ハッとして、音がした方に振り返ると、高島くんが立っていた。いつの間に準備をしたのか、すでに見覚えのあるベースが彼の肩から下げられている。
「言い合い、してる方、が、時間の無駄、だよ……? ほら、始めよう……?」
ね? と高島くんが首を傾げる。むむむむ……っ、それは、そうだけど……っ。
不満そうな顔の掛石くんと目があう。と、ムカムカした気分が舞い戻ってくる。その勢いで、ふんっ、と顔をそらせば、同じタイミングで掛石くんも鼻を鳴らしながら顔をそむけた。
「ほら、一も、位置、着く……。古賀さんは、そこ、に、椅子あるから、壁際に、でも、座るか、何かしてて……」
そこ、と指さされた場所を見ると、足長の黒い丸椅子がいくつか置いてあった。頷き返し、椅子を取りに行こうとする。
と、古賀さん、と高島くんが私を呼んだ。
「無理に、連れてきて、ごめん、ね……。聴こうと、してくれ、て……ありがとう」
フッと、高島くんがほのかな笑みをその顔に浮かべた。
「! う、うん……っ!」
ぼふんっ、と顔が熱くなる。なんだか恥ずかしい気持ちになってしまう。それを隠す為、私はあわてて椅子を取りに向かったのだった。
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