Track4、MIYAZAKI INSTRUMENT STORE

1

 古賀さん、と高島くんに再び呼ばれたのは、HRが終わった直後だった。

 あれ、なんかこれ、昨日も見た光景だな? と思いつつ、高島くんの方へふり返った。


「帰る準備……、終わっ、た……?」

「うん。終わった、よ……? え、た、高島くん、それ……」


 目に飛びこんできた高島くんの姿――、というより、正確には、その肩のうしろから見えているものに、思わず目を見張りながら指をさす。

 そんな私に高島くんはちょっと首を傾げたものの、察しがついたらしく、ああ、これ? とくるりと回って、私に背中をむけた。


 それは、黒いギターケース――いや、高島くんの楽器はベースだから、多分ベースケース? ――だった。


 布製のもので、大きな面の前方に小さなふたつきのポケットが二つ、上部の細長い部分に横長のふたつきポケットが一つ、ついている。


(これ、あのスクランブル交差点で見た、ケースだ……)


「HR前、に、部室から、持って、きた……。これから、使う、から……」

「つ、使う?」


 軽音部で? でも、それなら部室から持ってくる必要はない。

 どこで、どうやって使うというのだろう。

 よいしょ、と高島くんがケースと鞄を担ぎ直し、困惑する私を置いて、教室を出ていく。あわてて私も鞄を持ってそのあとを追いかける。


「どこに行くの?」

「……お楽しみ」


 ニッと高島くんが口の端を持ちあげる。昨日も見たその笑みに、ため息が出る。

 多分、こういう風に笑う時はなにを訊いても答えてくれないんだろうなぁ。それぐらいのことは、察しがつけるようになった。うん、あまり嬉しくない。

 高島くんのあとをついていく形で学校を出る。そのまま、駅前の大通りの方へと向かう。昨日は別れた筈の道を二人で歩くのは、なんだか不思議な感じがする。

 しかし、昨日の私とは違い、駅横を素通りして高島くんはどんどん歩いていく。有名な犬の像や、廃電が置かれている広場を無視し、そのまままっすぐに広場の改札口とは反対にある西口改札がある方へと足を運んでいく。

 開けてにぎやかなハチ公口前よりも、狭く、建物が密集した西口側の風景。進めば進む程に建物の密集度が濃くなっていく。


「ここ……」


 しばらく道なりに歩いたところで、高島くんが足を止めた。私も足を止めて、彼の横に立ち並ぶ。そうして目の前の建物を見あげる。


「楽器屋さん?」


 小さな楽器屋だった。小さい、と言ってもボロいというわけじゃなく、小ぢんまりとしている、という意味である。

 ビルとビルの間の小さな二階建ての建物。二階部分は縦長の看板で覆われている。一階部分がお店らしく、店先のショーウィンドウに、何本かのギター――赤や黒色のシンプルなものから、なんだか悪魔の羽の様な形をしているギターまである――が置かれてある。その横のドアには、至るところにドクロや怖いフォントで英語が書かれているステッカーなどが貼られている。

 どう見ても、高校生風情が入っていいお店じゃない気がする。


(【MIYAZAKI INSTRUMENT STORE】……。『ミヤザキ楽器店』?)


 看板に書いてある文字を心の中で読む。

 あれ、ミヤザキって、なにか聞き覚えがあるような……。

 高島くんがドアを開けて店内に入っていく。ハッとして、あわてて私もその後を追った。チリンチリンと、よく耳にするベルの音が、店内に足を踏みいれると同時に鳴り響いた。

 足を踏みいれた店内は、これまた小ぢんまりとしたものだった。

 窮屈な店内に、ところ狭しと楽器が並べられている。主にギターばかりみたいだけども、よく見るとベースもあるし、壁際にはガラスのケースにいれられて、トランペットやサックス達が金色や銀色に光ながら設置されている。

 音楽雑誌なども置いてあるようで、本棚や平積みにされている雑誌が並ぶスペースも存在している。


(楽器屋さんって、こんな風になってるんだ……)


 実を言うと、楽器屋に入るのって初めて。だって、こういうお店って、用事もないのに入るのはためらわれる。楽器のがの字にも触れたことのない私には縁もないお店だ。


(な、なんだか、ドキドキしてきた……)


 というか、どうして高島くんはこんなところに私をつれてきたんだろう? 

 高まる疑問に首を傾げた、そのとき、


「おー、来たか、シュント」


 店内の奥の方から、誰かが高島くんに話しかけてきた。

 声がした方を見る。店奥、レジに一人の男性が立っていた。黒色の布にMIYAZAKIと胸元辺りに白字で書かれたエプロンをつけている。この店の店員のようだ。

 スキンヘッドに、右頬に走る大きな傷と、明らかに一般人風ではない風貌が、また驚くほどに店内の雰囲気とマッチしている。


(……って、あ、あれ⁉)


 あの人、この間のコンビニで高島くんと一緒にいた人じゃ……⁉


 驚きで体が固まる。が、そんな私をよそに、高島くんはなんでもない風に手をあげながら、どうも……、と男の人へ挨拶をする。


「アイツらもう来てんぞ。にしても、お前。本当にその恰好で来たのか。久々に見たなぁ、『モサト』くん」

「それ、やめてくれ、ます……?」


 別に、好きで、モサい恰好、してるんじゃ、ない、んで……――言いながら、高島くんが不満そうに唇をつきだす。その様子が面白かったのか、へいへい、悪かったな、と男の人がケラケラと笑った。


「ん? その嬢ちゃんが、言ってた子か?」


 ヒッ! 気づかれた⁉ ――高島くんの後ろにこっそりと立っていた私の存在に気がついた男の人が、こちらに顔を向けてくる。


「ん? ありゃ? 嬢ちゃん、もしかしてこの間のコンビニの子か?」


 気づかれたーっ! 急激に顔が熱くなり、同時に引いていく感覚に襲われる。

 ど、どうしよう――。居ても立っても居られない気持ちになりながら、あわあわと高島くんを見上げれば、それに気がついてくれた高島くんが、古賀さん、と落ち着いた声音で私を呼び返してきた。


「この人、ここのオーナー、の、宮崎さん……」

「オーナー、さん?」


 ってことは、店長さん⁉ 


 さらなる驚愕事実に、目を丸めて男の人――宮崎さんを見返す。

 ヤ、ヤのつく人じゃ、なかったんだ……。


「いやぁー、この間は悪かったなぁ。顔のことはわかってたんだけどよ、まさか泣かしちまうとは思わなくてなぁ」

「い、いえっ! 私の方こそ、す、すみませんでしたっ!」


 あわあわと頭を下げれば、いいっていいって、と宮崎さんが笑いながらヒラヒラと手を振り返してくれた。どうやら外見とは裏腹に、朗らかな雰囲気の人みたい。


「にしても、この子がねぇ……。へぇ、ほー、ふぅん……?」


 宮崎さんがニヤニヤとしながら私を見てくる。はい? と首を傾げ返せば、高島くんが宮崎さんから私を隠すように前に立った。

 ほう? となぜか楽しげな宮崎さんの声があがる。


「……なん、スか」

「ん? なんも?」


 いやぁ、青春してんなぁー、と宮崎さんが笑う。と、高島くんがムッとしたような雰囲気になる。

 え、えーっと、どういう意味だろう? 高島くんの後ろから顔を出して、宮崎さんと彼を交互に見る。なぜか、カッカッカッ! と宮崎さんの笑い声が大きくなった。


「とりあえず、アイツら二階で待ってっから。さっさと行ってやんな」


 二階? キョトンとする私を前に、クイッと親指で、店の奥を宮崎さんが指さす。

 気づかなかったけれど、どうやら二階に続く階段が設置されているみたいだ。少し急な角度のコンクリートの階段が目についた。

 高島くんが、頭を掻きながら階段の方へ向かう。あわてて私もあとを追いかける。

 レジ横を通り過ぎる際、宮崎さんに頭を下げれば、楽しんできな、と手を振られた。


 楽しんできな、とは?


「高島くん。二階になにがあるの?」

「ん……? あー……スタジオ……」

「スタジオ?」

「ここ、一階で、楽器店、やって、て……。二階で、スタジオやってる、んだ……」


 階段を上ると、細長い通路が現れる。コンクリ床だった足元がフローリングに変わり、ごちゃごちゃだった一階とは違い、全体的にシンプルでシックな造りの場所になる。通路の壁際には等間隔で重たそうな鉄の扉がついている。


(ここが、スタジオ……?)


 こっち……、と高島くんが階段から一番近い位置にあったドアを開ける。ギィッ、と見た目同様の重たそうな音と共にゆっくりとドアが開かれた。


 すると――、


「おー! やっと来たーっ!」

「やっとですか。遅いですよ」

「え? あ、あれ……」


 斎藤さんと掛石くん? ――ドアを開けた先にいたのは、昨日の彼らだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る