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『ロックの神様を探している』


 ――……って、誰それ。


 想像していなかった答えは、しばらく私の頭の中で、何度も反芻され続けた。


(ロックの神様……。って、一番ロックが上手い人……ってこと?)


 どんな界隈にも、神様、と呼ばれる人は存在する。たとえば、私が好きな絵の世界にだって、『神』と評される人達はいる。ネットで話題な風に言うなら『神絵師』だし、美術的に言うなら『天才画家』。どちらにせよ、高い技術力を持っていて、それを凄いと崇められるようになった人達が、そう呼ばれる。

 けど、ロックが上手い人を探すためにバンドをやってるって、なにかおかしい気がする。

 バンドを組むために上手い人を探している、というのならわからなくもないけど、上手い人を探すためにバンドを組んでるって、なにか変。


(高島くんって、よくわからない人だなぁ……)


 いつの間にかバイト先に着く。前シフトのバイト店員さんに挨拶をしながら、レジ奥の更衣室に入ろうとすれば、銅宮先輩が向こうから出てきた。


「お、おおお、おはよう、ございます……」

「……おはよう」


 鋭い目つきに、ヒッとあがりそうになる悲鳴を押し殺し、あわててドアの前からどく。その横を、振り返ることなく先輩はサッサと通り抜けながらレジの方へと向かって歩いて行った。


(い、いたんだ、銅宮先輩……)


 ドッドッドッ、と勢いよく脈打つ胸を手で押さえながら、更衣室に入る。いつもはすでにレジにいることが多いから、まさかこんなところですれ違うとは思わなかった。


(……そういえば、銅宮先輩って、いつも早く来るなぁ)


 私が遅刻しそうなことはあっても、先輩が遅刻をしたところは見たことない。むしろ、私が来たときにはすでにレジに入って、他の人の補佐についていたりすることが多い。見た目は、あんな人だけど、仕事はきちっとこなす人なんのだ。

 怖い人だけど、悪い人ではない。それはわかっている。けど、やっぱりちょっとだけ引いてしまう。


(しかたないよ、ね。人には身の丈のあった生き方があるんだから……)


 私はどう頑張っても銅宮先輩のような人とは仲よくなれない。私みたいな地味子と先輩のようなオシャレな人では生きる世界が違うのだから。

 仕事に支障が出なければ問題はない。自分のやるべきことだけやっていれば問題はない。


 でも――……。


「……高島くんとは話せたんだよね」


 バンドなんてやってる人と、あんな私とは住む世界も価値観も全て違うような人と、話せたんだよね。


「自信、かぁ……」


 静かな更衣室内に、私の呟きがこぼれ落ちた。


      *******


 バイト用の制服に着替え、更衣室を出る。すでにレジについて補佐をしている銅宮先輩にならうように、私ももう一人のレジの店員の手伝いに入った。

 そのまましばらくレジが込みあってしまい、ようやく終わったときには数十分が経過していた。前シフトの人達はレジ中に時間が来た為に途中で帰っており、気がついたときには先輩と二人っきり、といういつもの現状になっていた。


「古賀さん」


 やっと途切れたぁ、と心の中で声をあげながら顔から力を抜いた瞬間、銅宮先輩が私の名前を呼んだ。


「は、ひゃいっ!」

「……これ、レジ横の『じゅうき』に並べといて」


 はい、と銅宮先輩がふたの開いた段ボールを差し出してきた。

 え、と思わず声をあげると、なに? と銅宮先輩が振り向いてくる。あ、いや、とあわてて手を横に振りながら、わかりました、と段ボールを受け取って、レジから出る。


(って、受け取っちゃって、どうするの、私……!)


 レジ横へ商品出し――そういったことを、先輩がやっているのはこれまで見たことがある。確か、どこからか小さな棚を出してきて、その上にその日大量にやってきた商品を出すのだ。

 前日に棚が出ていれば、そのまま商品を交換する形で置けばいいだけなのだけど、でも、先日は特に物がなかった為、何も置かれていない。棚そのものもない。


(……と、いうか、じゅうきってなんですか! 初めて聞いた単語なんですが! 重機⁉ でも、うちの店にそんなのないし、むしろ扱えないよ⁉)


 あの、と尋ね直そうとしたその瞬間、お客さんが一人やってきてしまう。すぐさまレジ対応に先輩が入ってしまい、声をかけられずに終わる。

 ど、どうしよう。今はまだ誰も並んでいないけれど、時間帯的にこの時間は数分も開けずにお客さんは次から次にやってくる頃だ。あまりきたら、私もヘルプに入らなきゃだし、質問をするどころじゃなくなってしまう。

 今ならレジに並んでる人もいない。お客さんの対応が終わった隙を見て声をかければ、教えて貰えるかもしれない。でも、それは今この瞬間の話であって、次の瞬間には違うお客さんがきてしまうかもしれない。

 こなくたって、先輩だってレジ以外に仕事があるはずだし……。話しかけたら迷惑なんじゃないか。先輩だってきっと、これぐらいできると思って、頼んできたに違いないし。


(自分で、なんとかしなければ……)


 大丈夫、先輩がやってるところは見たことあるんだから、きっとなんとかなる。

 じゃないと、これぐらいもできない子なのかと思われてしまう。こんな簡単なこともわかからない、初歩的なことすらできない子だと、きっとそう思われる。

 ただでさえ、嫌われてるんだ。できるかぎり、迷惑にならないようにしないと。

 じゃないと、もっと嫌われてしま――。


『古賀さん、は、もっと、自信持っていい、んだよ』


 頭の中に出てきた言葉にハッとする。ギュッと胸辺りが掴まれた感触がする。


(持っていい、のだろうか。そんなもの)


 こんな自分でも話しかけていいのだろうか。この程度のことを聞いても、めんどくさがられないだろうか。大丈夫なんだろうか。

 わからないし、怖い。


 けど――……。

 

 先輩のレジ対応が終わる。その瞬間、ふっと、違うことをする為にか、先輩がレジから離れようとしているのが目につく。

 その姿に、ハッとした次の瞬間、もう声はあがっていた。


「ど……っ! 銅宮、へんぷあいっ!」

「へ」


 あ。噛んだ。


(大事なところでなにやらかしてるの、私ぃ!?)


 目を丸くした銅宮先輩の視線が、こちらに釘差し状態になる。その視線に顔が赤くなっていくのがわかり、思わず顔をうつむかせる。

 うぅ、恥ずかしいぃ……っ。全然、大丈夫じゃなかったよっ、高島くんのバカっ――責任転換だとはわかっていても、止まらない怒りを脳内にいる高島くんにぶつける。

 とにかく、この状況をどうにかしなければ、となんとか頭と口を回そうとしてみる。


 が、次の瞬間、


「ぷっ……。あはははははっ。『へんぷあい』って、アンタ、なにその噛み方っ。どうやってやるのよっ!」


 え、と顔をあげる。と、腹を抱えて笑っている銅宮先輩の姿が目に飛びこんできた。


(わ、笑ってる……?)


 理解のできない光景に、思わず目を白黒させる。


「その、あの、えっと」

「いやー、もうダメだ。限界! 古賀さん、面白すぎっ。あーもう、今まで我慢してたのがバカみたい」

「が、我慢……?」


 あはははははっ、と銅宮先輩の笑い声が店内にこだまする。その声にギョッとしたらしい周囲のお客さん達が、いっせいに視線をこちらに向けてくる。


 えー、これどうすればいいのー……。


 あわあわと困惑していれば、それが目に入ったらしい銅宮先輩の笑いがさらに大きくなったのだった。

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