Track3、絵、ロックの神様、コンビニ

1


『まなみちゃんは、絵を描くのが好きなのねぇ』


 幼い頃、絵を描いていると、いつの間にか隣にきたおばさんにそう言われた。

 なにを描いているの? と尋ねられて、お花、と返した。花、とは言っても、それは自分の中に想像しているものであって、現実には存在しない、あざやかなグラデーションのかかった花だったのを覚えている。


 昔からそう。なにかを描くときは決まって、自分の中の想像のものを描いた。模写、というものを知ったのは多分、小学校にあがってからだと思う。

 私の亡くなった母は画家だった。イラストレーターや漫画家、ではなく、画家、という肩書で絵を描く仕事をしていた。

 だからというわけではないけれど、物心ついた時には私も絵を描くようになっていた。母がどんな絵を描いていたのか、どんな人だったのかという事は何も知らないけれど、それでも流石は娘といったところだろうか、自然と絵を描くことが当たり前となっていた。

 他人と喋るのは苦手な私だけど、絵ならば誰よりも雄弁に自分の中にあるものを外に出せた。


 それに、絵を描くと、色んな人が褒めてくれるのだ。上手だね、よく描けてるじゃないか、そんな風に言われる度に、胸の内がこそばゆくなった

 それがとても嬉しかった。


 けど、あるとき、気がついた。


 それは別に、褒められてるわけじゃないのだと。

 その言葉にはまだ、続きがあったのだと。そう、気づいてしまった。


『まなみちゃんは、絵が上手ね。――本当、お母さんにそっくり』


 お母さん。


 自分の知らないはずのその存在が、大きな壁になってしまった瞬間だった。



      *******



 高島くんに呼び止められたのは、放課後のことだった。

 帰り支度をし、ああ今日はバイトの日だ、また銅宮先輩と二人っきりかー、とぼんやりと考えていたそのとき、古賀さん、と眠りから覚めたばかりのような喋り方で、私を呼び止めてきた。


「今日、は、バイト……?」


 言いながら、高島くんが耳から小さなイヤフォンを外して、制服のポケットにつっ込む。

 耳につける部分だけを残したような丸い形のイヤフォン。『ワイヤレスイヤフォン』というらしく、ケーブルを必要としないタイプのものらしい。最新のiPhoneはイヤフォンジャックが使えないから、という理由で、携帯の機種替えついでに買った代物らしい。

 パッと見、髪で耳が覆われてしまっている為、音漏れさえしなければ、彼がイヤフォンをつけてることを周囲の人々は気づかない。その為、基本的に高島くんは授業中でもイヤフォンをつけて音楽鑑賞という名のサボリを行っているらしい。

 ちなみに、転入初日、私の挨拶を無視したのは、これをつけていて聞こえなかったからみたいだ。せめて、HRぐらいは外そうよ……。


「う、うん。今日は、バイトだけど……」

「バイト……、って、週なん、なの?」

「二日、だけど……」


 月曜日と水曜日。この二日間が私のバイトに入る曜日だ。つまり、一昨日と今日が今週のバイトへの出勤日。

 本当は週三日ぐらい入りたかったのだが、父に報告したところ、二日にしなさい、と言われてしまった。それで満足ができないならバイトは禁止だ、と続けられれば、こっちはなにも言えない。仕方なく、週二日、で手を打ち、今に至る。


(……やっぱり。お父さんと話すのは苦手だなぁ)


 自分が嫌われてしまっているのはしかたないことだとは言え、こういう普段の会話もままならないのはどうなのだろう。

 でもまあ、なんにせよ、今日からは二日ほど、父は家にはいない。どうやら出張らしく、朝起きると、その旨としばらくはこれで夕飯を食べなさい、ということが書かれた手紙が机の上にあった。茶封筒入りの手紙で、中には一万円札が二枚、入っていた。

 父親からの手紙にしては味気ないけど、しばらくは気を負わないですむと思うと、思わずホッとしてしまうぐらいには、私もひどい娘だ。


「俺、も、一緒に、帰って、いい……?」

「え」


 予想外の言葉に、思わず目を見張る。

 

 一緒に帰る? 

 誰と――、高島くんと? 誰が――、私が?


 理解するのに遅れをとっていると、ダメ……? と高島くんが首を傾げながらこちらの顔を覗きこもうとしてくる。

 ぐっ、とその長い体が折り曲げられ、近づけられた顔に、ハッとして、ダメじゃないっ、とあわてて首を横にふった。


「よかった……」


 あ。笑った。

 ほんのりとホッとしたような声音と共に、その口元がかすかに上がるのが目につく。


(高島くんって、表情がないように見えるけど、そういう人ってわけじゃないんだな)


 多分、表情が薄いのだ。あまり動かないし、見づらい。今だって、これだけ近づいたから多分気づけた。喋り方だって凄くのんびりしているけれど、よく聞けば、小さな差があることに気づける。

 ……まあ、前髪が長いから顔が見えづらいってのも、なきにしもあらずだけども……。


「でも、今日軽音部の活動あるんじゃ?」

「あー……。今日は、休み……。斎藤さん、が、バイトで……。一も、居残り課題、ある、とかで……」


 よっこらせ、と高島くんが席から立ちあがる。ほとんど荷をつめていないような潰れた学生鞄を手に、廊下へと向かって歩きだす。

 私も彼を追いかけて、その横に立ち並ぶ。


「それに、昨日の返事、もまだ、聞けてない、しね……」


 ね? と高島くんが私の方を見てくる。真っ黒く、長くうねった髪の隙間から、その髪と同じ色の瞳が、やんわりとした目元を携えてチラリと一瞬だけ姿を現した。

 昨日――。その言葉に忘れかけていた、というか忘れたままでいたかった記憶がよみがえる。


「……私、断ったよね」

「無理……とは、言われた、けど……。やらない、とは、言われてない……」

「そ、そういう考え方、ずるくないっ⁉」


 思わず声を荒げてから我に帰る。や、やばい、ここまだ廊下だ――。

 周囲からなにごとかと言うような視線がチラホラと集まる。胸の底からわき起こり始める羞恥心に、う~っ、と顔が赤くなっていく。

 手で顔を追いながら隣を歩く高島くんを見る。が、原因である当の本人は、どこいく風と言ったように飄々と歩いている。

 なんだろう、この恥ずかしがってる私の方がいけない感じなのは……。


『俺らの……from tale beginsの、新作CD……の、デザイン、を、務めてくれる……イラストレーターさん』


 だよ? ――そう言った、昨日の高島くんが頭の中に思い出される。


 新作CD?

 デザイン?


 突然の説明に、私が取り乱してしまったのは言うまでもない。けれど、なにそれ、聞いてない! と声をあげる私に、あれ? そう、だっけ……、と高島くんは首を傾げるだけだった。


『じゃあ、今、言った……』

『今言われても困るっ!』


 その後も、ダメ? どうして、も? と言う高島くんと、無理ですっ! 出来ませんっ! と押し問答を何度か繰り返した後、私は逃げるように教室から飛びだした。

 だって、そんな話、聞いてないし、何よりも新作CDのデザインって、そんなの一介の高校生ができるわけもない。


 私はただ、きたら色々教えてくれるって言われたから、きただけなのに――! なんでこんなことに……っ⁉

 

 結局、そのまま家に帰宅した。家でゴロゴロしていても、度々思い出してしまい、変なうなり声をあげてしまった。そのせいで、父からは、ギョッとした顔を向けられた。その視線に耐えられなくなって、いつもより早い時間に自室にこもったけれど、それでも上手く寝られず、気がつけば、朝がやってきていた。

 学校でなにか言われるかもしれない――そう身構えながら登校したのが今朝。

 が、高島くんはなにも言ってこなかった。私が教室に入ってきた時にはすでに席に着いていたけれど、こちらが席に着いてもなにも言われなかった。

 その後も、高島くんから話しかけられることは一切なく、時間は過ぎていった。

 あれ? と拍子抜けしたものの、けれど、なにもないならそれはそれでいい。

 それに、もしかしたら断ったってことでなかったことになったのかもしれないし、こういうのは、下手に掘り返さずに放っておくが吉だ。


 が、しかし、それはどうやら私の勘違いだったようだ。


 どうも彼は狙っていたようだ。

 私と二人っきりで、きちんと話せるタイミングを。


「そんな、に、嫌……?」


 ぽつりと、小さく呟くように、高島くんがそう尋ねてくる。まっすぐにジッとこちらを見下ろしてくるその視線に、少し気圧されかける。


「お金、も、出る、よ……?」

「お、お金……⁉」

「え。だって、描い、て、貰う、んだ、し……」


 流石、に……、タダって、の、は……、と高島くんが言葉を続ける。いや、それはわかるんだけど、でもそれってつまり、裏を返せばお金が動くようなことを私がやるってことだよね⁉ 

 私のような、なんの取り柄もない、一般高校生の絵にそれほどの価値があるとは思わないのですが⁉


 嫌、というか……、と声を静めながら、なんとか口を開く。


「……どうして、私なの」


 CDの作り方、なんてまるっきりわからないけれど、普通はそういうのは専門の業者さんに頼んだり、デザインだってそういう職の人に頼むものじゃないだろうか。

 それを、こんなただの高校生の、しかも一度だって絵を見た事ないだろう相手に頼むだなんて――。ありえない。

 私の質問に、んー……、と高島くんが頭をかく。

 おおざっぱにガシガシとかくその姿を見ながら、ふいにその先にある黒髪に目をやる。

 髪色一つでここまで雰囲気が変わるものなんだなぁ、昨日はそこまできちんと見れなかった――というか、そんな暇なかった――からなぁ、と頭の中の金髪時の彼と今の目の前の彼を比較する。

 髪型、色、それ以外は全く同じ姿の筈の彼。

 でも、黒髪の彼からはモサイ男子高校生、という印象しか受けない。けれど、これが金髪になった途端、かっこいい都会人になる。


(……私も、髪ぐらい染めてみようかな)


『こんなちんちくりんなダサ女』――真っ黒でゴワついた地毛に触れていると、昨日の掛石くんの言葉が頭に横切る。うっ、なんか今、ズシッと重たいものが背中からのしかかってきたような気が……。


「……古賀さん、の好き、だと思った、から……」

「はあ……。⁉ へぇっ⁉」


 ふっと、とうとつな間で、高島くんがそう言葉を続けてきた。


「す、好き、とは……⁉」


 ま、まさか、これは俗に言う告白――⁉ 

 こんなところで⁉ 体育館裏とかでするものじゃないの、こういうのって! こんな学校の片隅の、廊下の、誰が見ているかわからないような、こんなところであっさりとやれちゃうものなの⁉


(それとも、これが都会の常識⁉ そういえば、斎藤さんも急に飛びついてきていいよ、とか言ってきたっけ? 都会の男の子って、ちょっとよくわからない……!)


「あ、あの、そういうのは、ちょっと……」

「? そう、いうの……?」

「だ、だって、私達、まだよく相手のことも理解できてないし……」

「でも、俺は、いつも見て、たよ……? 古賀さんも、でしょ……?」


 見てたのバレてた⁉ ――ギクッと肩が竦む。い、いやでも、けど、それは別にやましい気持ちがあってというわけではなく、自分と同じ人がいるという安心感からであって、変な意味は本当に、一切――……。


「いつも、教室、で……描いてた、じゃん……」

「そりゃあ、確かに描いていたけど……。? 描いて……?」

「? 絵、描いてた、でしょ……?」


 違うの? そう言って高島くんが不思議そうに首をかしげた。

 

 あ、そっちですか。あ、ははは。そっちか。なんだー、そっちかー……。

 

 描いてます……、とガックリと肩を落としながら返す。全く、なんて恥ずかしい勘違いを。大体、こんな地味子好きになる男の人なんているわけないだろうに……。

 が、そんな私とは真逆に、でしょ、となぜか嬉しそうな声音で高島くんはそう言った。


「俺、古賀さんの、絵、見て……、凄い、いいなって……。だから、うちの、CDジャケット、も、古賀さんの絵、がいいな、って……」

「いいなって……。高島くん、もしかしていつも盗み見してたの?」

「だって、言った、ら、見せてくれない、でしょ……?」


 図星をつかれ、うっ、と言葉が詰まる。

 ほらぁ、と高島くんが、また嬉しそうに言った。


「一も、そう、なんだ……。アイツ、も、描いてるもの、は、見せて、くれない」

「掛石くんも?」


 うん、と高島くんが頷く。

 高島くんの話によると、時折、練習の休憩中に掛石くんが、洋服のデザインを描いているときがあるのだという。けど、それを覗きこもうとすると、あわてて隠してしまうのだという。


「できたら見せますからっ、てさ……。途中のもの、は、見られたくない、んだって……。アイツ、プライド高い、から……。自分が、下手って、思ってる内、は、見せたくない、んだって。……まあ、できたら、今度は、嫌が応にも、見せられる……んだけど」


 凄いだろって、ドヤ顔つきで――、と続けられた言葉に、簡単に頭の中でその様子が想像できてしまい、苦笑しかける。確かに、掛石くんってプライド高そうだもんなぁ。


「斎藤さん、も……。作詞、してくれる、んだけど、完成する、まで、は、ずっと一人、でこもってる……。んで、完成、したら、見せてくれる……」

「斎藤さんが歌詞を書いてるんだ」

「うん。あの人、あんなん、だけど、英語、も、できるし……、語彙力は凄い、から……」


 ついで、に、俺は、作曲担当……ね、と高島くんが自分を指さす。ニッ、とほのかに口の片端が持ち上げられた。

 そう言えば、彼らのことは調べたけど、曲は聴かなかったな。動画サイトにでも転がっているだろうか。ちょっと探してみようか。CDの件は置いといて、どんな歌を歌うのかはふつうに気になる。


「なんだか、凄いね。三人とも」


 私の言葉に、そう、かな? と高島くんが首をかしげる。そうだよ、と頷き返す。


「だって、自分の作ったものを誰かに見てもらうって……。なんだか、その、恥ずかしくない?」


 鞄の紐を握る手に力が入る。

 だって、たとえばの話。絵を描いたところで、誰かに褒められるかなんてのはわからない。もしかしたら貶されるかもしれない。自分が自信あるだけで、他人から見たそれはただの傲りかもしれないのだ。

 それを思うと誰かに見てもらおうなんて思えない。

 自分の絵で誰かになにかを言われるぐらいなら、自分一人で引きこもって描いていた方がいい。

 それに、私の絵は――。


『まなみちゃんは、絵が上手ね。――本当、お母さんにそっくり』


 うーん、と高島くんがまた頭をかく。

 そういえば、ずいぶんと乱暴にかくけど、一ミリもズレないなぁ、このカツラ。最近のカツラって凄いなぁ。


「でも……。音楽、って、聴かない、と、始まらない……もの、だし……」

「聴かないと始まらない?」

「だって、聴かない、と……、好きか、嫌い、かも、わからない……でしょ?」


 俺は、わからない、方が、嫌、だなぁー……、とぼんやりとした声で高島くんが言葉を続けた。


「それに、俺、は……、自分の音楽、好き、だから……。皆に、も、好きに、なって、もらいたい」


 古賀さん、は違う? 絵、嫌い? ――高島くんが私の顔を覗くように首を傾げてくる。


「わた、し、は……」


 そりゃあ、嫌い、ではない……。けど、だからと言って、それを誰かに見てもらおうだなんて、そんなことは思えない。

 私の絵ごときで、そこまでおこがましいことはできない。


「……俺、は、好き、だよ……。古賀さんの、絵……」

「え」


 驚いて目を見開く。あ然としていれば、高島くんが顔を近づけてくる。ぐっと、身体を曲げて。先刻よりも、さらに至近距離にやってくる。

 黒い前髪の隙間から、またあの柔らかな眼差しの黒目が、私の姿をまるまると飲みこもうとするかのように、私の瞳を覗きこんでくる。


「俺は……、好きなことに、しか、好きって、言わない、から……ね……」

 だから、古賀さん、は、もっと、自信持っていい、んだよ――。ふんわりと口の端を持ちあげながら、高島くんはそう言った。


「自信……」

「そ。俺が、好きって……。そう、思えた、絵って、自信……」

「あの……、それは、詭弁と言うのでは」

「嘘も、方便って……ね」


 別に、嘘じゃ、ないけどさ……、と高島くんが言葉をつけ足しながら、ニヒルな笑みをその顔に描く。イタズラが成功した子供のような笑みだ。

 そうしてスッと離れると、なんにもなかったかのように颯爽と歩きだしていく高島くんに、はあ、と思わずため息みたいなものが口から飛びでる。


(……高島くんって、もしかして結構子供っぽい?)


 というか、イタズラっ子? こう予想外のことを仕掛けて、それで楽しんでるというか……。

 昇降口にまでたどり着く。互いの下駄箱から靴を取り出し、履き替えて校門まで向かう。


「古賀さん、は、さ……。誰かに、見られる、のが、嫌……なの?」

「えぇっと、まあ、その、はい……」


 厳密に言えば少し違うのだけれど、まあ、そこは言わないでいいか。

 ふぅん、と高島くんが顎をさする。何か思案を始めたらしく、高島くん? と呼びかけても返事がくることはなかった。

 よし、と、しばしの間をあけて高島くんが口を開いた。


「わかった……。これは、うん……。どうにか、する……」


 どうにかするって。なにを?

 キョトンとする私を前に、高島くんはさっさと歩いていってしまう。慌てて追いかれば、なにか良いことでも思いついたのか、どこか機嫌がいい感じに口元を持ちあげている姿が目につく。

 校門まで歩く途中、高島くんといくつか話をした。どうやら、高島くんは電車通学ではないらしい。その為、一緒に帰れるのは校門までのようだった。


「へぇ……。古賀さん、転勤族、だったんだ……」

「うん。まあ、県内でぐるぐるしてただけなんだけどね。でも、皆が知ってるような観光地とかには住んだことなくって」

「あぁ、夢の国……。県民、は、タダ、になる……だっ、け」

「なんで皆、そんな夢の国に夢馳せてるの?」


 タダは無理があるって、どうして皆気づかないのだろう。謎だ。

 他にも、歩きながら色々な会話をする。千葉、って、あと、なにあった、っけ……? と尋ねられて、えぇっと、となんとか思い出す。ドイツ、とアルゼンチン……? と辛うじて言えば、え……、千葉、って、海外だった、の……⁉ と本気で驚かれた。いや、うん、そういう名前の施設があるだけだから。ノット海外。イエス日本。

 というか、そこだけ海外だったら、日本地図崩壊するからね? 高島くんって、もしかしなくても頭悪い……?


(でも、なんだか、初めてだな。誰かとこんな風に、普通に話すの)


 しかも、同年代の男の子とだなんて。昨日までの私だったら、考えられなかった。


「そういえば、高島くんって、どうしてバンドをやってるの?」


 その質問が口から飛び出たのは、校門まであと数歩、といったところだった。ああもう、お別れか、なんだか名残惜しいな――そんなことをぼんやりと考えながら、高島くんにそう尋ねた。

 んー、と高島くんが左右に首を、コキコキと倒す。まるで答えをじらすかのように、そうだなぁ……、とこぼす。

 これでもカツラってズレないんだなぁ……。漫画で描かれるほど、現実のカツラって外れやすくないんだな。


「……ロックの神様……を、探してる、から……」

「はい?」


 え。なにそれ。


 予想もしてなかった返しに、目が点になる。

 しかし、そんな私に、高島くんはまた例の意地の悪い笑みを口元に浮かべると、じゃあまた明日、と軽く手をあげながら背中を向けた。

 そうして、校門を簡単に通り抜け、歩いて行ってしまったのだった。


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