3

「これ……うちの、バンドメンバー……。こっち、の、オレンジの人が、『斎藤さいとう翔輝しょうき』さん……。こっち、は、『掛石かけいしはじめ』……」

「チョリーッス! 斎藤でぇーす! よろしくぅー!」

「……掛石です」


 相変わらずのぼんやりとした声音の高島君の紹介に合わせる形で、オレンジ髪と黒い髪の少年――斎藤さんと掛石さんが改めて各々に挨拶をしてくれる。


「は、はあ……。よろしくお願い致します……?」


 こちらも頭をさげ返す。相変わらずよくわからない現状だけども、とりあえず目の前の謎の男性二人の正体に関しては、理解することができた。


 あのあと、とりあえず、こっち……、という高島くんの言葉につられるようにして、私達は、第二美術室に入ることとなった。


 初めて入った第二美術室は、『美術室』という単語がつくわりには、普通な造りの教室だった。前方位に見慣れた緑の黒板に、縦長に数列並べられた机と椅子。後ろの方にも、これと言った美術の道具が置かれている――なんてことはなく、掃除用具入れと思しき縦長のロッカーが置かれており、全くもって美術室らしさはかけらもない。


(ここが第二美術室……。軽音部の部室……)


 あ。楽器だ――、ふと、窓際の部分に一本の楽器が立てかけられていたのが目についた。

 形からして、ギターだろうか。深みのある茶色に、淵部分が黒で覆われている。どうやら薄っすらとグラデーションが入っているらしく、黒の淵から茶色へ、違和感なく色が続いている。

 でも、ギターにしては、記憶の中のそれより、少し大きいような気も……。

 隣を見れば、なにやら大きなスピーカーやら小さな箱みたいな機械が、よくわからないコードでごちゃごちゃ繋がっているのも目に飛びこんでくる。練習の準備でもしている最中だったのかな――と、眺めていれば、それ、俺、の……、と、ボソッと高島くんが呟いてきた。


「へ⁉ えっ、こ、これ、高島くん、の……?」

「俺、の、ベース……」

「ベ、ベース……?」


 あ、なるほど。これ、ギターじゃなくって、ベースか。少し大きく感じたのは、そのせいか、と思わず納得する。

 で、でも急に後ろから話しかけられるのは、思わずドキッとすると言いますか、ビクッとしてしまうと言いますか……。そ、そうなんだ、と慌てて言葉を返すものの、うん、と頷き返されるだけで、会話は途切れてしまう。

 そんなどきまぎしている私とは真逆に、斎藤さんと掛石さんは、慣れたように教室内に足を入れると、これまた慣れたようにその辺の席から椅子を引っ張り出してきた。こっちが戸惑う間もなく、瞬時に四人分の椅子を取り出し、教室後方に小さな円を作り出す。

 そうして、気が付いた時には、ささっ、お嬢さん、座って座って! と斎藤さん? に促される形で椅子に座らされていた。


(でもそっか。なにか見覚えがあると思ったら、この人達、昨日サイトで写真見たんだ……)


 あのサイトの写真はどれも顔が少し見えづらい感じの角度で撮られていたので、よくわからなかったけど、でもよく見てみれば、二人共あの写真の面影がある。


「えぇっと……、斎藤さん、は、ドラム……で、一応、うちの部、の、OB……」

「OB……」

「yeah! 一年前に高校卒業しましたー! 今は都内の某大学の英文科にいまーすっ!」


 こん中でいっちばん年上―! と斎藤さんが手を振り上げる。ブンブンと元気よく回すその姿は、なんだかこの中で一番年下と言われても疑われない雰囲気だ。

 ああ、でも、大学生だから私服なんですね……。なるほど。


 ……って、なんで大学生が高校にいるんですか⁉


「んで、こっちの、一、が……ギター……。えっと……。中学、二、年生……」

「中学生⁉」

 予想外の説明に、思わず目を丸くして掛石くんを見てしまう。チッ、と掛石くんが顔を歪めながら盛大な舌打ちをした。


「え、で、でも、その制服、うちの学校のじゃ……」

「あー……、一、は……中高一貫、の、服飾科、がある学校に、いて……」

「こんなクソダサイ、量産型デザインの制服、生地さえあれば誰だって作れます」


 フンッ、と鼻を鳴らしながら掛石くんがそっぽを向く。

 こ、ここの制服。そんなありきたりなデザインだったんだ……。流石都会の制服。可愛いなぁ、って思ってたんだけど……。ブレザー、初めて着るからよくわからなかった……。


「あの、どうして部外者のお二人が、軽音部にいらしてるのでしょうか……」

「え……。練習する、から……だけど……?」


 高島くんが、頭の上に『?』を浮かべながら尋ね返して来る。

 いや、あの、私が尋ねてるんだけど……。


「あーもうっ、お前さんはいっつも説明が足りねぇんだよ! 俺から説明させて貰うぜ、お嬢さん」


 パチンッと、なぜかウィンクつきで斎藤さんが口を開いた。はあ……、と曖昧な返事が私の口からこぼれ落ちるように排出された。


「俺ら、この面子で一年前からバンド組んでんだけどさ、これがまぁー、やってみたら案外ぼちぼちな人気が出て来ちゃってよー。聞いたことない? 流星の如くインディーズバンド界隈に突如現れた期待の新星、from tale begins! ってさ!」

「ないです」


 というか、インディーズバンドってなんだろう。


 私の返しに、あぁそう、と斎藤さんががっくりと笑顔のまま肩を落とす。え、あ、ご、ごめんなさい、と慌てて謝れば、一年ちょいでそこまで有名になれるわけないでしょ、と掛石くんがボソッと呟いた。


 とにもかくにも、斎藤さんからの説明をまとめるとこうだ。


 最初は、単純に人手不足の軽音部の学祭ライブに、当時まだ現役部活生であった斎藤さんが、高島くんとバンドを組むために、後輩兼知人の掛石くんをつれてきたのが始まりだったという。

 そのご、ウマがあった三人は、そのまま一緒にバンド活動を行うようになり、気がつけば現在、サイトまで立ち上げ、外部で活動をするようにまで至った。

 存外ウケも良かったらしく、次第にそこそこのファンもつき出し、なんだかんだと一年、バンド活動を続けてきたらしい。


 が、ここにきて問題が発生した。


 その問題というのが、


「お金、なんだよねぇ」


 斎藤さんが、腕組をしながら大げさな感じに頷く。


「お金、ですか……」

「そうなのよー。楽器のメンテ代や消耗品代は当たり前でしょ? で、そこにLIVE練習をする為の場所を借りる費用――……までは、まあ、いつも通りだったんだけど、外部って活動するってことは、そこそこのCDやGoodsグッズも必要なわけじゃない? ってことは、Recordingレコーディングしなきゃだし、それ用のStudioスタジオ借りなきゃだし、Flierフライヤーとかも制作しなきゃだし、色々重なって、もう懐がパァーンしちゃってさー! 女の子達に貢ぐことすら出来なくなっちゃってお困りよー」

「え、貢ぐって」

「どうせ、ソシャゲの課金でしょうが。二次元の女に貢いでる暇あるなら、その金全部こっちに回せよ、色狂いボケジジィ」


 それでいくら楽になると思ってるんですか、と掛石くんが顔をしかめる。それに対し、なにおーうっ! と斎藤さんが拳をあげた。


「これは彼女達を愛しているという告白と同じ大義名分であってだな、彼女達は俺からの愛を受ける為に日々一心にこの画面の向こうで待っていてくれてだな、そもそも女の子というものに、二次元だの三次元だのという差別をつける事がまずNonsenseナンセンス! というもので――あと、俺はジジィじゃない! 強いて言うなら大きなお友達! それに一ちゃんだってソシャゲやってるじゃん!」

「俺は、どっかのオレンジ変態と違って、女の尻追いかける為にゲームしてるわけじゃあないんで」

「んだとぉー⁉ 可愛いものに釣られて貢いでなにが悪い!」

「あー……。斎藤さん、ちょっと頭、これな人、だから……。気にしなくて、いいよ……」


 くるくると指先を自身の頭横で高島くんが回す。その意味を察して、あは、はは……、とからっからな笑い声が私の口からこぼれ出た。

 確かに。つっこまないでおこう……。


「まあ、とにかくだ。最低限金はなくても練習場所は確保しなくちゃいけない。で、そこでタダで練習できる場所を探して、ここに辿り着いたのだよ」


 そう言って、斎藤さんが床を指さす。

 ここ――、つまり、第二美術室。軽音部の部室。


「俊人が発案してくれてな。この時間帯ならここらに人が寄りつかないのは、俺も知ってたし、万が一にも練習の音が漏れても、軽音部の練習中です、で通せるだろ? まあ、俺と一ちゃんはちょっとここまでくるの大変だけどさ」


 まっ、その辺は隠れ裏道とかって使ってちょちょいとな、と斎藤さんが宙に向かって指先をくるくると回す。隠れ裏道とは、と少し気になったものの、隣にいた掛石くんがゲッソリとした顔をしたのが見えたので、これもあまりつっこまないで置こうと思った。


(でも、なるほど。例の軽音部の怪談話の正体はこれかぁ)


 一人しかいないのにいくつもの楽器の音がする軽音部。それは多分きっと、彼ら二人が混じって練習をしているせいなのだろう。

 まさか、こんなあっけなく、あの怪談話の正体を知れるとは……。

 というより、これ、私知っちゃっていい話なのだろうか。どう見たって、聞いたらいけない話のような気がするんですが。


「で? 結局、この女はなんなんですか、高島さん」


 掛石くんが、私の方を睨みつけてくる。先ほど殺気には溢れてないけれど、相変わらず厳しい目つきだ。

 な、なんかやけに嫌われてる? なにか変なことしちゃったっけ……。先ほどの出来ごとを頭の中で振り返ってみるけれど、心当たりは思い浮かばない。

 ハッ。まさか、見た目のダサさに飽きられているとか? そうだ。その可能性が高い。だって、こんな大都会の服飾科がある学校にいる子なのだ。田舎者の服装なんて、見て呆れるに違いない。髪型ぐらい手を入れろよ、とか思われているかも。ボサボサのごわごわな自身の髪に思わず手を伸ばしながら、ひぇぇ、と心の中で声をあげる。


「ご、ごめんなさい……」

「Hey(コラッ)! だから女の子を睨みつけんじゃないよ、一ちゃん。女の子を泣かす奴は男が廃るぜ?」

「うっさいです、色欲ジジィ。あと、ちゃんづけすんなって言ってんだろ」

「HAHAHA! 最近の中坊はかっかしやすいなぁ~」


 ギッと掛石くんの睨みが、斎藤さんの方に移る。が、当の本人は慣れているのか、どこ吹く風のように両手を上げながら肩を竦めるだけだ。その横で、やはり見慣れた風景なのか、止めることもなく高島くんはぼんやりと見ている。


(な、なんか凄い光景……)


 と、いうよりもこれ、本当にウマがあう仲、なの? 今にでも解散しちゃいそうにしか見えないんだけども……。


「あー……っと、こっちの人、は、俺のクラスメイト、で――……」

「その説明はさっき聞きましたっ。じゃなくって、なんでこんな見知らぬ女が、ここにいるかって訊いてるんですっ!」


 バンッ! と掛石くんが座っている椅子を叩く。足と足の間、まるで殴るように勢いよく手が振り下ろされ、思わずビクッとまた肩がふるえてしまう。

 でも、掛石くんの言うことは正しい。

 いきなりバンドのメンバーから、クラスメイトです、と紹介されただけの部外者の女子生徒が、周囲に隠さなければならない自分達の秘密を知ってしまって、その上、まるで当たり前のようにメンバーと一緒に座らせられているなんて、そんなのおかしい。というか、普通、ありえない。


 ……あれ。待って。もしかして、私、何も悪くない? これ、ただ巻きこまれてるだけ?


 で、でも、なんでも訊いていいって言ってくれたのは高島くんだし……。

 いや、それでも――……。


「た、高島くんを責めないでください……っ!」


 グッと、拳を膝の上で握る。

 急に私が口を挟んだからか、驚いた視線が高島くん達から集まる。他人の視線の中心にいるという、慣れない現状に、思わず心臓がドキドキ脈打ち出す。

 確かに、くれば教えてくれると言ったのは高島くんだった。けれど、必ずこい、とは言われていない。

 秘密を知ったからには、と口止めをされたわけでもない。ただ単純に、私が行こうと、そう思ったのだ。


 私が、自分で、決めて、そうした。

 だって、ここで動き出せば、もしかしたら、

 こんなダメな日々にも少しぐらい、変化が起こるかもしれないと、

 そういうものがあると、何かを教えてくれる人がいるかもしれないと、



「わ、私が、自分からきたんです……っ。高島くんは悪くありません……っ」

 


 そう思ったから――。



「そ、それに私は、その、昨日のことでちょっと高島くんにお話があっただけで……! み、皆さんのことを先生達に言おうなんて、そんなことは一切考えていないというか、本当、このことは今日初めて知ってですね、その、あの、」


「昨日のこと?」


 掛石くんが、眉間のしわを濃くする。

 が、次の瞬間。なぜかハッとした顔になると、まさか……、となにか思い至ったかのように小さく呟いた。


「ま、まさか、コイツが……。こんなちんちくりんなダサ女が、昨日言ってた例の女だって言うんですか⁉」

「え? れ、例の?」


 ビッと指をさしてくる掛石くんに、意味がわからずに目をぱちくりさせる。

 例のって、なにそれ。私、何かそんなに目立つようなことをしてしまったのだろうか――というか今、さりげなく悪口言われたよね? 

 まるで噂の人の様に話されたその言葉に驚愕しながらも、さされた細い指先を見つめる。うわー、爪きれいだなぁー……。艶入ってる……。


「うん。そう」


 相変わらずな抑揚のない声音で、うん、と高島くんが掛石くんに頷き返した。

 その返答に、あんぐりと掛石くんが口を開けたまま固まる。間抜けな顔なのに、それでも美形さは消えていないから、都会のイケメンって凄い。その隣で、ヒュゥ、と斎藤さんが綺麗な口笛を吹いた。

 ……で、あの、それで結局、『例の』とは一体……。


「『古賀まなみ』さん」


 のっそりとした話し方同様に、ゆったりとした動作で、高島くんが椅子から立ちあがる。そうして、私の後ろに回り込んで来て、


「俺等の……、from tale beginsの、新作CD……の、デザインを、務めてくれる……イラストレーターさん、」


 だよ? ――そう言って、私の両肩に、ポン、と手を置いた。



 ……………………え?



「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええっ⁉」



 なにそれぇぇ⁉ と、昨日は言えなかった叫び声が、第二美術室内に響き渡った。

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