夢映画館

叶本 翔

第1夜 宮沢花音

、夢映画館に連れてかれれば良いのに」

「それな~」

 そんなことを喋っている女子たちが肩で私を突き飛ばす。

 誰にも盗られないように大事に抱きかかえた教科書が床に散らばる。その拍子にめくれたページに見えたのは『死ね』『ブス』等の悪口。 

 アイツなんて言い方をしても、そのアイツは私だと誰が見ても分かる。

 きっかけはもう忘れた。とても些細なことだったのだけは覚えている。

 顔立ちが悪く、勉強も運動もできない私は小学校の頃からいじめられていた。それが最初から当たり前のこと過ぎて、小学校に入学したばかりの頃はこれがいじめだと気付かなかったくらいだ。それに気付いたのはたしか、道徳でいじめのビデオを見たときだった気がする。

「1人でも大丈夫。

 むしろ、その方が楽」

 と言えるほど私は強くはないし、かと言って

「この子さえいれば私は満足なんだ」

 そう言える友だちもいない。

 本はよく読むが

「本が大好きです!!」

 と言うほど好きなわけではない。ゲームは長時間やることを禁止されているからすることがこれしかなくて何も考えず、ただボケッと読んでいる……というか眺めているだけ。

 本を持っていれば真面目と思われることもあるし、自己紹介でありっこない趣味を無理やりあることにするのにも役立つ。

 だから私は本を道具として使う。

 そのために、今日も図書室へ向かっていた。司書の先生は優しいし、クラス内でのゴタゴタなんて知る由もないからあそこが1番居心地が良い。

 そんなことを考えながら廊下を背を丸めて歩いているとある会話が耳に入った。

「ねぇ、そういえばさ、この前急に学校来なくなった加須先輩いるでしょ?」

「うん」

「先輩、二股かけてたらしくてさ~。

 元カノに夢映画館に連れてかれたって~」

「え~!?

 怖くない?でも先輩サイテー。連れてかれて当然だよ~」

 彼女たちは怖い、怖いと言いながら楽しんでいるように見える。

 さっきも夢映画館という言葉を聞いたが、これは何なのだろう?

 友だちがろくにいないし、ネットも使っていないためこういう噂話にはとても疎い。

 なので私は司書の先生に聞いてみることにした。





「え?夢映画館?」

「はい。最近流行ってるみたいなんですけどよく知らなくて……」

 私は本の返却を済ませたあとに先生にさり気なく聞いてみた。今日は生徒があまりいないし、好都合だった。

「たしか、私が学生だったときにも流行った都市伝説よ。

 夢の中に映画館があって、そこへ行ってフィルムのある倉庫へ行くの。そして、憎い人の名前をその人のことを思い浮かべながらフィルムに書くと、その人がどこかへ連れて行かれるって話」

「本当に連れて行かれた人っているんですか?」

「分からないわよ」

 先生はふふっと笑う。

「でも私の親友はその噂が流行ったとき、どこかへ行ってしまったわね。

 噂だと夢映画館に……」

 ふ~ん。よくある呪いの話か。しかも夢映画館って考えた人のネーミングセンスが分からん。

 どうせ下らない子ども騙し。

 でも……。

「ちなみに、その夢映画館ってどうやって行くんですか?」

 ちょっと試してみたって、構わないよね。





「これで準備万端」

 私は自分の名前を赤ペンで書き込んだ右手を見たあとに、それと同じペンでいじめっ子の内の1人をマルで囲った学年の集合写真を枕の下に置く。

 これで、噂通りのセッティングだ。

 よし、

「リワガミ ノ シワタ。レダ ハ レソ。

 ケテレツ ツイア。デマ センゲ。

 カキベクオ デサラハミラウ」

 ここまでを一息で言い、胸をなで下ろす。

 これは、先生が教えてくれた話の1部で、これを言わないと呪いは成功しないし、これを言うのに失敗すると自分に呪いが返ってくるらしい。

 これはただの子ども騙し……。

 でも、彼女をどこかへ連れて行ってもらえるなら……。多少は期待してしまう。





「ここ……は?」

 気が付くと、映画館の前にいた。

 映画館と言っても3D映画が上映されていそうな真新しい映画館ではなく、少し古めの映画館。

 ポスターにあるのもタイトルは聞いたことがなかったけど、見ただけで昔上映されていたと分かるものだった。

「お嬢さん、ここに用事かい?」

「えっ!?」

 慌ててポスターから視線を外すと、そこにはおばあさんがいた。

 ニコニコと笑っていて優しそうな雰囲気がある。

「ここは、夢映画館だよ。

 フィルム庫は、中に入って右側に関係者以外立ち入り禁止のドアがある。そのドアから続く階段を降りたところにあるよ。

 ほら、ペン」

 おばあさんは私の右手を取ってペンを握らせた。その手は、とても冷たくて背筋が寒くなった。

 とっさに逃げようと後ろを振り向くと

「ふふふ」

 おばあさんの笑い声が聞こえた。

 おばあさんがいた方を見ると、そこには誰もいなかった。

 怖くはなったがいつも私が学校でされていることを思い出したら、不思議と冷静になった。

「失礼します」

 なので私は、中に入ってみることにした。

 中は少し肌寒く、薄暗くて何だかカビ臭かった。

 ドアから大して歩いてもいない廊下の右側に関係者以外立ち入り禁止のドアがあった。

 深呼吸をして、息を整えてからドアを引く。ギイィという低い音は館内によく響いた。

 コツ、コツ、コツ。

 足音を立てながら階段を降りるとたしかにそこにはフィルム庫があった。

 このドアは引き戸らしく、そろりそろりとゆっくりと引く。

 目の前にはたくさんのフィルムが入った棚がいくつも、いくつも並んでいた。

 その棚の1つから名前の書かれていないフィルムを取り出し、さっきもらったペンで彼女の名前を書いた。

 一画、一画丁寧に。

 書き終えてから確認した字はそこそこ綺麗だった。

 満足した私は『宮沢花音』と書かれたフィルムを棚の近くに置いてあった机の上にのせて映画館を後にした。

(そういえば、机の上にクロユリが飾ってあったな……。

 何でだろう?

 でも、そんなことはどうでもいい。これで私は惨めな思いをしなくて済む。救われたんだ!!)



 このとき、彼女は自分の顔が醜く歪んでいることに気付いていなかった。



      § § § § §



「ここはどこ!?」

 1人の少女は暗闇の中に立っていた。

 彼女は髪を顎の近くで切っていて、それは丸い目や少し膨らんだ赤い唇の“カワイイ”といったイメージにとても合っている。

 そのとき、上から笑い声が聞こえてきた。いや、笑い声が降ってきた。という表現の方が適切かもしれない。

「キャハハハ。

 見た~?昨日の花音の写真」

「あ~。見た見た。イジメの現場撮られたやつでしょ?

 バカだよねぇ~。あんなの撮られるなんてさ。

 でも、少しいい気味かもね。

 花音って、いっつも自分が1番じゃないと気に入らないから前からウザいと思ってたし」

「それな」

「次のイジメさ、ターゲット花音でよくない?」

「アタシ賛成」

「私も~」

 この会話に出てきた花音。まさに彼女がこの少女であった。

「ウ……ソ。

 ねぇ、ウソでしょ!?

 みんな!?ねぇ!!!!答えてよ!!

 ウソだよね!?

 ねぇ!?ねぇ!!!!!!」

 花音は悲鳴に近い声で叫んだ。どんなに叫んでも相手には伝わらないことなんか知らずに。

 ここらで良いだろうか。

 そう思い、僕は椅子から立ち上がる。

 そして、花音に近寄り話しかけた。

「こんなところで何を騒いでいるんだい?」

「何って!!

 っていうか!!アンタ誰!?

 ここは一体どこなのよ!?こんなことして許されると思ってんの!?」

「許されるさ……。

 だってこれは夢だもの」

「はぁ!?アンタ何言ってんの!?

 頭だいじょーぶ!?

 夢って一体──!!」

 喚いているのを聞くのもだんだん鬱陶しくなってきていたので花音の口を僕は右手で押さえる。

「あぁ、夢さ。悪夢だよ悪夢」

 笑いを堪えながら喋っている僕にさすがに恐怖を覚えたのか、花音は抵抗をしようとしたが女子中学生の力なんてたかが知れている。その抵抗は無意味に終わった。

 怯えた目を見ながら僕は

「もちろん、主演は君だよ」

 彼女の耳元で囁いた。





「えーい。

 罰ゲームの時間の始まりでぇす」

 私のの声は私に絶望を与えた。

 さっき聞いた会話が頭をよぎる。

 私は未だに怖く、目を開けられないでいた。

「最初は何する~?」

「やっぱり、落書きでしょ~」

 この声に違和感を覚え、私は目を開いた。

 声が、大きすぎる!!

 だが、もはや後の祭だった。

 なぜかクラスメイトたちが大きくなっていて、私は親友の1人に掴み上げられた。

「ねぇ……苦し…い……よ……!」

 力加減がされていないせいでとても苦しい。全身の骨が悲鳴を上げた。息もろくに吸えない。

 だが、小さな声はクラスメイトたちに届いてはいなかった。

「私から落書きしていい?」

 その一言で落書きが始まり、私の体は黒い文字で真っ黒になった。

 『ブス』『死ね』『女王様気取り』。そんな言葉が書かれているのが辛うじて分かった。

 次の瞬間。

「アッ……ア、アァ……。

 う゛あぁぁぁあ!!

 い、いやあぁぁぁあ!!!!」

 体が燃えている!!そう思った。

 文字が一斉に体に刻まれ出したのだ。誰も何もしていないのに。

 痛みで頭がおかしくなりそうだ。


 痛い……。


 痛い……。


 なんで……?


 熱い。


 苦しい……。


 怖い。


 死にたい。


 死ねない。


 終われ。


 なんで終わらない?


 憎い。


 あいつらが。


 自分が!!


 なんで私はまだ生きている?


 終われ。


 嫌だ。


 分からない。


 もう、何が何?


 今日は何日?


 ここに来て、何日?



      § § § § §



「苦しんでるねぇ……」

 僕は『宮沢花音』のフィルムを見ながらコーヒーを啜る。

 彼女には当然の罰だ。

 彼女はこれからも、永久に終わりの来ない悪夢の主演を務めてもらう。

 被害者は場合によっては一生、その過去に囚われて生きていく。なのに加害者はそんなことをすぐに忘れて自分の人生を生きる。

 そんなの、あんまりだろう?

 被害者がいじめを苦に死ぬことは多いが、加害者がいじめをしていたことを苦に死ぬことは少ない。

 この世界は、きっとどこかおかしい。

 だから強くなくては生きていけない。いじめごときで負けはしない強さを持たなければ、いじめを「いじめ」と言える強さがなければ、最悪の場合、死を選ぶ。

 加害者がそんな行為をしなければ良いだけなのに被害者が強くなくてはいけない理不尽な世界……。

 命を絶つ者たちの気持ちも分からないことはない。

 でも、そんなのは間違っていると僕は信じている。

 だからといって、これが正しいとは言わない。

 でもこれは仕方のないことだから……。

 きっと世界は歪んでいるんだ。歪みすぎて全てが成り立ってしまうほどに。



     § § § § § §



 あの夜から1ヶ月が経とうとしていた。

 あの日の2日後から宮沢花音は原因不明の昏睡状態に陥った。

 呪いは、本当にあったのだろうか?

 もしそうなら、この呪いは成功したということだろう。でも……

「ねぇ、私たちのパン買ってきてもらえる?」

「あ、俺のも頼むわ~」

 笑顔でそう言ってくるクラスメイトたちが怖い。

「でも、お金は……」

「そんなの、アンタがたてかえるに決まってるでしょ?

 それとも何?またイジメられたいの?」

 私はその言葉にビクつきながら教室を出た。後ろからクラスメイトたちの笑い声が追いかけてくる。

 根本的な問題は変わらなかった。宮沢花音が、いじめの主犯格がいなくなっても何も変わらないどころか悪化した!!

 もう、私には無理だよ……。

 最期の復讐として、アイツらが私を直接見ることになるように私は昼休み後の授業で使う教室で首を括った。

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夢映画館 叶本 翔 @Hemurokku

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