第2話

彼女が風呂に溶けた。

そんな馬鹿げたことが起きたのが、昨日。

勿論そんなもの、僕が人から聞かされたところで嘘だと一蹴するだろう。

日中、大学で相談をした友人らは皆、信じるどころか僕を慰めてかかってきた。

つらいことだってないし、励ましを受ける道理もない訳だが。


浴室を満たす湯気。

彼女の香りのする、乳白色の湯船。

帰宅した僕は、やはりこうして浴室で湯船と向かい合う。

荷物を脱衣所の床に放り、湯船を手でかきまわす。

別に何も反応があるわけではない。

気が晴れるわけでも、なかった。


彼女が解けてしまったから、もう間もなく二十時間となる。 人間であれば、さすがに空腹を感じる頃合いだろう。


……彼女も、空腹を感じるだろうか。


何気なくスマートフォンをポケットから取り出し、検索エンジンで調べてみる。


『彼女』

『溶けた』

『食事』


……料理のお悩み相談のページばかりがひっかかり、どうにも役に立ちそうにはない。

それもそうだ。 人が風呂に溶けたなんて聞いたこともない。

そもそも生きているのか?

いや、生きているとも。彼女は強い子だからね。


そうと決まればなんやらは神速を尊ぶので、コンビニへ駆けた。


浴室の床へ袋を置く。

手にはパンケーキと、野菜のスティック。

どう食べさせれば良いのか、と悩んだ果てに、僕は浴室へそれを沈めた。


水分はどうだろうか。 湯船に溶けたなら大丈夫だろうか? ううむ。


ひとしお思い悩み、タピオカ入りのミルクティーを浴槽に流し込んだ。


「どうだ? 美味しいか?」


側から見ようものなら、この行動こそ『不味い』ということはわかるとも。


でも、これで良いと思うわけだ。

なにせ、僕と彼女の人生だからね。

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入浴剤彼女 @Laevel653124710

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