1-12
召喚室を出て、俺とあかりは開発室に戻ってきた。
「さーてと大久保くん、今日のわたしの仕事はこれで終わりでいいよねー」
「あ、ああ……」
あかりは言ったそばからネットサーフィンを始めた。
立ち上げっぱなしのブラウザに目を配り、小さな笑みを浮かべる。
「ふふっ。この人、生放送をしてるのに自分の配信の音が入っちゃってるわね。合わせ鏡……無限山びこね」
いいよって答える前からやっちゃうのかよ!
とはいえ、あかりのできることはもう終わった。モップ扱いをするつもりはなかったが、召喚に関しては片付けと掃除ぐらいしか、そもそもやることがないのだ。
ただ、俺の方にも引っかかっていることが少しあった。
「ねえねえ、パトリック」
同じようにあかりの様子を見ていたアイリスが俺の肩をつつき、小声で尋ねてきた。
「あかり、すっごく上機嫌だけど何かあったの?」
「……わからない」
そう、これほどまでに上機嫌かつ協力的なあかりを見るのは初めてだった。
さっき、しれっと大久保くんって呼んできたからな。
「何もなく機嫌が良くなることなんてあり得ないわよ。正直に吐きなさい。ワイロでしょ。あたしにも贈りなさい」
「だから、本当にわからないんだよ。これだけ上機嫌になる方法がわかってたら今までに使ってるって」
まさかモップやガチャの当たり扱いをされて喜ぶとは思わないが。
「それもそっか、パトリックの言う通りね」
アイリスもあっさりうなずいた。それぐらい、あかりの機嫌を取るのは難しいこととスタッフ全員が把握しているのだ。
ともあれ、これだけ上機嫌になっているということは、内心ではやる気をめちゃくちゃ出してくれているのかもしれない。
なんとしてもこの機会に召喚を成功させて、一気に仕事を進めないとな。
◇
「ただいま戻りましたっす!」
「必要な触媒、全部揃ったよー」
4G屋から戻ってきたラクアとシャルロットを迎える。
もうすぐ日が暮れてしまう。そうなればシャルロットは4G屋に戻らざるを得ない。彼女にとっての本番は夕方からだからだ。
「こっちも準備は済んでる。ラクア、すぐに召喚できるか?」
「もちろん大丈夫っす! リクルート召喚ならラクアに任せてくださいっす!」
あかりと掃除した召喚部屋にみんなで集まる。
床には触媒としてよくわからないものや白い粉の山が置かれていた。
「これ、何?」
あかりが白い粉に触れて匂いをかいでいる。
「あ、それ砂糖っす砂糖」
「砂糖? ってまさか、甘々なイチャラブだからって」
「そうっす! 全力で砂糖を吐くっす!! これはセンパイのアイデアっす!」
一瞬あかりがこちらをジト目で見た気がした。おっさんのセンスだ何だと言われようが、俺は知ったこっちゃない。関係ありそうだからいいじゃないか!
「あとは制服にキーボードのエンターキーに……これ、なんで消しゴムだけあるの? シャーペンとか鉛筆は?」
「それもセンパイの案っす! なんか消しゴムを落とすフリして女子のスカートを覗くのが定番だからだそうっす!」
「ラクア、なんでもかんでも説明しなくていいから!」
もう、さっきからあかりの目が全体的にキツい。
せっかく機嫌良くなってきてくれたのに、このままじゃ俺の触媒センスのせいで台無しになってしまいかねない。
あかりはジト目のまま、最後に中央に置かれた雑誌を拾い上げた。
「で、最後はテッ●●ャイアン……これも当然、誰かさんの」
「あ、それだけは最初から、シャルさんが用意してくれてたんです!」
「えっ、そうなの?」
ラクアの言う通り、これだけは最初から用意してあったキーアイテムだった。
人材を喚ぶ際、最もその人材に近いと思われる触媒をメインとして使う。今回は、ライター特集をしていた号のテッ●●ャイアンが最もふさわしいと思い、前からシャルロットにその在庫を確認していたのだけど、運良くそれがすぐ手に入ったのだった。
「この本……中にはどんなことが……」
モニカが少し気にしていたが、彼女には中を見ないように堅く言い聞かせていた。恋愛シーンだけで赤面する彼女だ。この本の中身を見たら全身の血が沸騰しかねない。
「ま、とりあえずこれで全部揃ったってわけね。それで……」
あかりは改めて周りを見回して、
「大久保くん、そういえば床はほとんど掃除しなかったけど大丈夫なの?」
「リクルート召喚は上から来るからな。床はあくまで触媒を置くだけだよ」
「センパイ! 支えてもらっていいっすか! 自分、背伸びするっす!」
「わかった。気をつけろよ」
ラクアからの要求を受け、あかりとの会話を打ち切ると俺は踏み台を支え始めた。その上ではラクアが必死に腕を伸ばし、天井に魔法陣を記していく。
「オセワニナッテオリマス・ジンザイボシュウノゴレンラクトナリマス」
ラクアの口からはそんな呪文が漏れ聞こえる。
初めて聞くあかりが怪訝そうな表情を浮かべているが、そうなって当然だ。俺だってこれが呪文だって言われた時はふざけているのかと思わず確認をとってしまったほとだ。
ただ、これがリクルート召喚における正しい手順だった。
「ヘイシャガモトムモノ・ジツムキカンゴネンイジョウ・チュウケンイジョウノジツリョクシャ」
一方、詠唱を続けながら魔法陣の展開を行っているラクアの表情は真剣そのものだ。召喚によって引き寄せる力を最大限に発揮するためには、天井に魔法陣を展開し、床に触媒を置くことが最も適しているというのが彼女の話だった。
「イチャラブ・タップリ・ジックリ・ハヤクカケルカタ!」
詠唱を終え、ラクアが展開を終える。
天井の魔法陣は朧げな光を放ち、呪文を集めるように球体状にまとまっていく。
光はだんだんと激しくなり、あっと言う間に俺たちの視界を覆い尽くした。
そして、俺たちの目の前に現れたのは、一本の紐をぶら下げた金色のピカピカの球だった。
「……何よ、これ。くす玉?」
それまで黙っていたあかりが口を開いた。
「これがリクルート召喚っす!」
ラクアは踏み台から降り、胸を張って答える。
「……これが?」
「はいっす!」
あかりは無言で頭を抱えた。
わかる、その気持ちは十分にわかる。俺も初めて見たときはやっぱりふざけているのかと思わずここでも確認を取ってしまったほどだ。
「じゃあ、センパイ。後は引いてくださいっす」
「……なあ、ラクア。引くのって俺じゃないとダメなのか?」
「ダメじゃないっすけど……センパイの欲しい人材をリクルート召喚したいなら、やれる範囲で成功の可能性を上げるべきっす。センパイが引いた方が絶対にいいっすから」
「……急に降ってくるから怖いんだよな」
ぽつりと呟く。あかりはバッと顔を上げると、
「待って! もしかしてわたしもくす玉から出てきたの!?」
「そうっすよ」
ラクアが悪気なく答える。
異世界に喚ばれた人間としてはあまり想像もしていない登場パターンだろう。
あかりが来た時はくす玉を確認する余裕なんてなかっただろうしな。
「でも、あかりの時とはちょっと違うよね、パトリック」
「たしかにな。あかりの時はくす玉が虹色だったんだ」
「やっぱりガチャじゃない!?」
あかりが吠えた。
これだけ困惑しているあかりの様子を見るのは初めてだからちょっと新鮮だ。
天井からぶら下がったくす玉は時折、勝手に揺れている。無事、リクルート召喚で誰かを喚び出すことには成功したようだ。
「よし、それじゃあ引くぞ」
近づいていき、手を伸ばす。
……きっと、この中には今の俺たちの現状を打破してくれるだけの力を持った存在がいるはずだ。そう、あかりのように。覚悟を決めて一気に俺は紐を引いた。
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