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 時計と開発室の扉を交互に眺める俺が気になるのか、視界の隅ではモニカがもじもじと膝を擦り合わせていた。

 それほど焦っても事態が好転するわけじゃない。

 ラクアへの説明は済んでいるし、開始時間だって昨日の時点で決めてはいなかった。まあ、みんなが集まったら始めるぐらいのつもりでいいだろう。

 そんな風に割り切ろうとしたところで、ようやく扉が開かれた。


「おはようー、ってあれ? もうみんな揃ってるのね」


「もう13時だからな」


 それでも、いつものあかりの出社時間よりは随分早いというのが悲しいところだ。

だが、これで『えいえんソフト』の全スタッフが揃った。

 もしかしたら、ここ最近は全員揃ったことなんてなかったんじゃないだろうかと一瞬思ってしまうが、今は別に考えなければならないことがある。


「早速だが召喚会議をするぞ。モニカ、資料を」


「は、はい……」


 立ち上がったモニカが配っているのは現在の開発状況をまとめたものだ。

 『えいえんソフト』には何が足りていないのか。

 一体、この状況に陥ったのは何が障害になってしまっているからなのか。

 それらの認識をみんなが共有することで、召喚するのに最適な人材を探るのが今回の会議の目的だった。

 そして今、開発室にいるのはスタッフだけではない。


「これっておねえちゃんも見ていいの?」


 シャルロットが受け取った資料をひらひらと振る。

 お昼を差し入れに来てくれたところを無理矢理引き留めていたのだ。


「秘密保持契約に引っかかる部分は載せてないからな。それにシャルロットにも見てもらえると、むしろありがたいんだよ」


「わかった。そういうことなら遠慮なく見させてもらうね」


 シャルロットはそう言って、手元の資料をパラパラとめくり出す。


「アイリスさんもどうぞ……」


「ありがとうモニカ……うう……まだ頭に酔いがちょっとだけ残ってる……」


 危なっかしい手つきでアイリスが資料を受け取る。


「アイ子ってば、よくそれで寝坊せずに来られたわね」


「さすがに今日は寝坊するわけにはいかなかったから、もう前日の晩から泊まり込む作戦をとったのよ」


「さすがだわ、アイ子。それは寝坊するわけないわね」


 そこ感心するポイントか?

 今日から変わるんだと気合いを入れたところを、アルコエーテルのにおいと連日の寝袋で迎えられた俺の気持ちもちょっとは考えてほしかった。


「モニカ、アイリスに水を持ってきてくれるか?」


 言った途端、アイリスが突如立ち上がり、俺から距離を取って震えだした。


「ちょ、ちょっと大丈夫よ! いくら二日酔いだからっつっても、頭から水をかけなくてもいいじゃない! あたしはちゃんと起きてる! 起きてるから! パトリック、アイムウェークアップ!」


「安っぽいバラエティー番組じゃないんだぞ! 水飲んで酔い覚まししろって考えただけだ!!」


 斜め上の反応が来て一瞬戸惑ってしまったが、こいつにはマジで頭からかけるのもアリだなと思ってしまった。



 アイリスは頭からかけられることなく、無事に水を飲み終えることができた。今はすっきりした様子で、静かに資料を読み込んでいる。

 そんな周囲の様子を確認しつつ、俺も手元の資料に目を通していく。

 現状までにかかった費用や延期に伴うスケジュールの再構築などの開発に関わるものから予約状況の推移まで。今、伝えられるものは全て記載済みだ。

 そして、そのどれもが危ないところにあるのは一目瞭然だった。


「これは……大変ねえ」


 開発に直接関わっていないシャルロットがそういった反応を示す。

 それが当然の反応だと思う。


「ええ、かなり……きついです……」


「原画だけでも相当厳しいっすね、かなりペースアップしないと」


 モニカもラクアも、同意を示すようにうんうんと首を縦に振るが、


「小久保くんが焦らせるから、どれだけヤバいのかと思ったらそうでもないのね」


「これなら、しばらくのデスマーチでどうにかなるんじゃないの、パトリック?」


 そういうことを言い出してしまうやつらもいる。

 しばらくのデスマーチを当てにしてしまっている辺り、本当にダメだと思うが、実際にそれでどうにかしてしまうこともあるから厄介なのだ。

 あかりとアイリスの発言にシャルロットは目を丸くする。


「え……トクサン、これで大丈夫なの? どうにかなっちゃうの?」


「どうにかなるならリクルート召喚に手を出そうとは思わないよ」


 リクルート召喚は言ってしまえば博打だ。

 ある程度、どんな人が必要なのかという部分から対象を絞り込むことはできるが、確実にその人が喚べるという保証はない。

 それに喚んだ相手が実際にこちらが望んでいた働きをしてくれるのかという点においても不確定要素が大半を占めてしまう。

 それでも、その手に賭けるしかない。

 そういった状況に俺たちは追い込まれているのだ。


「タイトルやコンセプトはすでに発表されているが、スタッフを含めた情報はまだ完全に出されているわけじゃない。今、予約してくれている人たちはそんな僅かな情報を頼りにこのゲームを楽しみにしてくれてるわけだ。だから、シナリオライターを喚ぶとしてもその根幹を動かすことはできない」


「そこを変えちゃったら完全に別物っすもんね」


 俺の言葉を資料に書き込み終えたラクアが顔を上げる。


「ああ。だから今回は企画に合わせて書くことのできる人を狙う」


「つまり、小久保君は一流サブシナリオライターをリクルート召喚したいってこと?」


「それもありだと思う。ただ、今回はメインをお願いすることになるからな……どちらかといえば、企画を担当してないメインの人を狙いたい」


 企画とメインシナリオのどちらも担当するライターは、自分の創造した世界を表現することに長けている。そして、サブシナリオを担当するライターはメインシナリオの色に合わせて自分の表現を載せていくことに長けている。

 だが、今回はそのどちらにも当たらない。俺たちのこれまでに作ってきた企画に合わせて、メインシナリオを考えてもらう必要がある。

 自分から生まれたわけではない世界に物語をつけていくというのは、実際にやってみるとかなり難しい。

 それに、今回は直近の下請け業務もある。自分の立ち位置をサブでありメインでありと柔軟に変えられる器用さがなければ、この仕事をこなすことは不可能だろう。


「そういったこれまでの実績だったり、人間性だったり、求められる要素は色々ある。けど、何よりも大事なのは面白いものを書いてくれることだって俺は考えてる」


 俺たちはクリエイターだ。

 〆切がやってくればつい火事場の馬鹿力を出してしまいがちだし、面白いものがそこにあれば、つい全力を出してしまう。そういう魔法をかけられているんだ。

 だけど、これから喚ぶ人材については、作品を俯瞰して見ることができてほしい。贅沢な話かもしれないが、だからこそ難しい召喚に手を出すのだ。


「というわけでだいたいの求められる要素は見当をつけてある。他にこういう要素が必要だって思ったら言ってくれ」


 俺はみんなにそう伝えて、改めてこれから喚ぶ人材について思いを馳せていた。

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